短編 | ナノ
ダメ女と優男マルコ

確か今日は予報では雨で、確かに朝から空気は少し湿っぽい。窓の外を見れば、なるほど確かにちらほら分厚そうな白い雲が浮いていて、覆うほどではないが集まれば立派な雨雲にはなりそうだ。そろそろムシムシしてくるだろう。最近は蒸しっぽくていけない。
 つけっぱなしのテレビからは最近人気急上昇中のお笑い芸人が、生放送らしいお昼の番組の一コーナーに出ている。それから何か言ったらしく、どっとスタジオが笑いに包まれる。私は代りにフン、と鼻を鳴らす。まだかわかないらしい塗りたてのマネキュアを乾かそうとブンブン腕を振ってみる。そのたびにぎしりぎしりとソファっが軋む。ごろりと寝返りを打てばソファは低くうめくような軋む音を出した。別段面白いとも思わないけれど、如何せん、マネキュアが乾ききらない手でリモコンをいじるのは危ない。
『うそつけ!』
 テレビの中の芸人が突っ込んで、またドッと笑いが起きる。そう、本当は嘘。チャンネルを変えずに死ぬほど面白くもないあんたのネタを流してるのは、ただ単に私が物臭でチャンネルを変えないからだ。ちらりとテレビを見る。画面の左上には12:34の表示。
「どうしよっかなー」
 わざと大きい声を出して見る。じっとりとした風がカーテンを揺らした。約束の時間がこくこく迫っている。真面目な彼は、とっくに電車に乗って約束の場所に向かっているだろうに。こんな雨が降りそうで、ジメジメしてて、でも傘持って。いや、彼の場合はああいう性格なのだから、きっと折りたたみ傘だ。あのこの間見た、黒くてスリムで嵩張らないヤツ。コンビニとかじゃなくて、百貨店とかで売ってそうな上等な折りたたみ傘。私の使い古して少し錆び付いたビニール傘なんかとは比べ物にならないな。
 今日は蒸し暑いから、半袖かな。この間までは肌寒い日が続いたもんだから、彼はきっちりアイロンがかったシャツを(もちろん首筋周りや腕首のあたりに汚い赤なんかついてやしないシミ一つない清潔な)、第一ボタンまでかっちりつけていた。私がいつか、男のスーツやシャツが好きだと、アオキだか小中だかのCMが流れている時にぼんやり行ったことがあるのだが、どうやら彼は健気にそれを意識しているらしかった。いや、偶然かもしれないけれど、そんなことは実はどうでもいい、私は男のシャツが好きなんだ。相変わらず馬鹿ね、自分自身に思わず苦笑して、ああ、気がつけば36分。私はシャツどころか、キャミソールにショーツ。辛うじて化粧はしてるけど、もう間に合わないだろう。おまけに急ぎたいのに、何しろマネキュアが乾かない。
「『うそつけ!』、」
 先ほどのちっとも面白くない芸人の口ぶりを真似する。そう、嘘つきは私だ。マネキュアなんて、とっくに乾いてるくせに。ただ雨だからって天気に感化されて、勝手に鬱々とした気分になったからって準備もしないで。本当に罪な女。ドラマとか漫画の中では、こういうタイプの女が最終的にヤな思いして、ボロボロにされて、辛酸舐め尽くして、そのくせ報われなくて、いつの間にか忘れ去られるんだ。それで、騙された優しくてかっこよくて、ちょっと可愛い男は、もっと可愛い女とくっついちゃうの!
「っと、」
 勢いをつけてソファから起き上がる。もう56分、もう絶望的だわ。もう約束の時間まで4分しかない。無理ゲーってやつだ。ばちり、テーブルの上にある写真の中の彼と目が合う。相変わらず人の良さそうな笑みを浮かべて、こっちを見てる。いい、私みたいな女とは最初から見合わないんだっての。
「バーンっ」
 片手でピストルを作って彼を撃つ。携帯が小刻みに震えだしたのは、その直後だった。
『もしもし』
「……しもしも」
『まだ家なんだね。』
「………違うよ。」
『嘘つくなよ、三浦アナの声聞こえるけど。』
「(クソ、このムチムチアナめ!)……いま準備してたの。」
『(三浦アナのむちむちは関係ないの)いいよ、もう。』
 はあ、仕方がないなという落胆混じりの彼のため息を、私はあと何百回聞けばいいのだろうな。これで彼は私に対して何度目の失望をしたんだろう。もう嫌いになった?なんて、聞けないし、てゆうか自業自得すぎて聞けない。こんな思いするぐらいだったら雨が降ろうが槍がふろうが早めに準備しとけば良かったな、なんて思って、
『いま、そっち行くから』
「……うん。ごめん。」
『いいよ。ちゃんと服着とけよ?』
「……うん。」
 とかなんとかで、いつも甘えてばかりなんだ。だから本当に嫌なのは、そうやって約束すっぽかして、家で裸同然でぶらぶらしてる馬鹿な女を許してくれる、気の優しい男が、本当は一番ダメなのよ。優しい男が一番罪なんだ。「マルコの馬鹿。」そう言って、少しだけ泣きそうになって、とりあえず、いい加減ズボン履かなきゃって思った。テレビでは相変わらずお笑い芸人がネタを見せて、自分のネタで笑ってた。


2014.05.30.
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