短編 | ナノ
暑い時に暑さを増す武田家の人々

「夏休みだからって、だらけすぎてない?」
「んー」
「課題はもうやったの?」
「んー」
「昔々あるところにだらだらと働かない名前という自宅警備員がおりました。」
「なにそれ。」
「なんだ、話聞いてたの。」

そう言っておかんはテーブルに氷の入った麦茶のグラスを一つ置くと、ため息交じりに台所に消えてしまった。ぶーんと回転する扇風機と、外の雑木林でめい一杯泣き叫ぶ蝉の声がひっきりなしに聞こえる。先ほどから馨るのは畳の青いいい香り。座布団を枕代わりにごろりと転がる。だだっ広い座敷を見渡す。まるで武家屋敷のような作りで(実際そうなんだが)、奥にはこの家に伝わる鎧やら掛け軸やらが見えた。昔何となく聞いた話だが、どうやらあれは武田家の家宝らしい。旧家で土地も財産も難でもある家と、自分のように単なる庶民と比べたら虚しくなった。とはいえこの家は幼いころから着ているのでもはや実家同然である故このような振る舞いも許されている。真夏とはいえ雑木林の傍にあるこの屋敷は昼間でも涼しく、そして風が吹けば非常に心地よい。ちりんちりんと、風が吹けば風鈴がなるのもなかなか風情がある。ごろり。寝転がって視線を庭に移す。蔀と廊下を隔てた向こうには中庭がある。そこには有名な日本庭園のように石庭が見える。よくこの屋敷に初めてくるものは此処を見てまず驚くのだ。ここも私のお気に入りの場所ではあるが、一番のお気に入りは門までの道のりである。この屋敷に通ずる未知の両端は畑であり、夏場は向日葵が長い距離道に沿って生えている。ここに来るたびに必ず通るので、私は小さいころからこの季節が一等好きであった。

「うおおおやかたさまああああ!」
「ゆきむらあああああああああ!」
「…………。」

微睡の中を行き来しておれば、風鈴の音時混じって間遠に雄叫びのような声が聞こえてくる。普通であれば何事かと慌てふためくであろうが、もう慣れているせいか別段何も感じない。

「まったくもう、目を離すとすぐ寝ようとするんだから。」
「だってやることないんだもん。」
「じゃあ手伝ってよね!俺様だって暇じゃないんだからさあ。」

それから目をうっすら閉じておれば、何時の間に来たのやら、すぐ傍には大量の洗濯物をかごいっぱいに持った佐助が座っていて、アイロンがけ何ぞやっていた。ちゃっかりテーブルの上の麦茶のグラスが二つに増えている。仕方がないとでもいう風によっこらせと起き上がると、アイロンのすんだらしい洗濯物をせっせと畳み始めた。佐助は黙々とアイロンをかけていたけど、私と何度か目が合うとふわりと笑って熱いねえ、なんていった。私もねえ、と言った。ふんわりとしたタオルからはいい香りがした。佐助は家事を不服に思いながらもとてもまめな男なので洗濯物には柔軟剤は必ず入れるし、御飯は必ず手作りでスーパー等のお惣菜は出来るだけ出さず手作りだし、おやつのお団子はいつも水の瀬(商店街で一番有名な和菓子屋)のお団子を買ってきてくれる。

「さすけえええ!」
「はいはいとりあえず汗だくの胴着脱いでねー。それからおやつにするから。」
「ああ。名前殿も共に八時にいたしましょう!」
「さんせーい」

突然どたばたと廊下からあわただしい足音がしたと思ったら汗だくの上傷だらけの幸村が視界に現れた。それから佐助に言われるがまま座敷を後にした。サスケもアイロンがひと段落したらしく、おやつを取りに台所へと向かって行った。居取り残された私はそのまま未だ畳まれていない選択を黙々と畳んでゆく。

「名前か。」
「あ、信玄さん。御邪魔してます。精が出ますねー、こんな暑い中。」
「うむ。名前も今度道場に来て儂らと共に滝なる汗を流そうぞ。」
「あははー、え、遠慮しておきます。」

私がそう言えば信玄さんはん?という具合に頭の上にはてなマークを浮かべている。そうしてどっかりと私がすかさず差し出した座布団の上に座ると、新しいタオルで汗御w拭った。最近は体の調子が悪いと聞いていたけれどこんな暑い中元気に汗かいている様子を見ているとどうにも病人には見えないし、最近まで入院していたなんて俄かに信じがたい。退院してから数週間経つが佐助に安静にしていろという制止もそこそこ聞かないで日々こうして相変わらずなぐり合っているらしい。まったく元気な人だと思う。

「名前!親方様の仰る通り、偶には某と共に鍛錬を積みましょうぞ!」
「はいはい、大将も旦那もそれぐらいにしといてやりなよ。嫁入り前だってのに怪我なんてさせたら名前ちゃんかわいそうだよ。」

おやつとお茶の湯呑を乗せた盆を持って佐助がそう言えば二人とも顔を見合わせてなんで、みたいな顔をした。もう駄目だこの二人。今度は私と佐助が顔を合わせて苦笑いした。

「さあ、水の瀬のみたらし団子と水羊羹だよ。はい、これ大将のお茶。」
「うむ。」
「私水羊羹がいい。」
「はいよ。」
「今日はみたらしか!」
「うん。はい、これ旦那の。」

ひんやり冷たい水羊羹は太陽の日差しを浴びて透明に綺麗に光って綺麗だと思った。遠くから雑木林のさわさわした音が聞こえてくる。風はとても懐かしくて心地よい香りがした。グラスの中の氷はとうの昔に溶けてなくなっていた。

2012.08.12.
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -