短編 | ナノ
過保護な猿飛と朝から元気な真田

視界に映る早朝の都会は一日の中で一番静かだった。薄ら明るい青い空の中で吸う空気は相変わらず不味かった。気まぐれに庭で育てていた朝顔はもう枯れて種がなっていた。珍しく早朝に目が覚めた。一人暮らしをしてからというもの不摂生で不規則な生活をるづけているせいか一限から授業のない日は朝の九時過ぎに起きることが多い。夏休みに入ったらならばなおのこと。血縁関係のある学校長の名を借りて少し学校から離れているものの、一人暮らしには十分すぎる賃貸マンションに住んでいる。たまに生存確認にお市ちゃんと長政先輩が見に来るのでとりあえず生きている。今日はバイトじゃないが昼ごろからサークルのミーティングだったっけ。生ぬるい風はチェックのパジャマの袖から入り込みそしてパジャマを翻した。そうしてあくび交じりにリビングに戻る。とりあえず冷蔵庫を開けてみる。

「………食べるラー油。」

あとはミネラルウォーターと、カレーの固形ルーと、賞味期限切れの福神漬け。何これ。分かってはいるけれど炊飯器を開けてみる。勿論その中には出来たてのご飯、なんて入ってやしない。もういいや。諦めて今度はソファに座るとノートパソコンを開いた。空腹はニコニコしながら紛らわそうと考えた。時計を見ればちょうど六時回ったところだ。こんな時間に生放送してる奴居るんだろうか。案の定ほとんどいなかった。

「……つまらん。」

キーボードの練習でもしようかなあ、なんて思ったけどこんな時間からじゃあ近隣に迷惑なのでやめた。ギターなんてもってのほかだ。テレビをつけた。いいニュースは無かった。専ら最近はニュースなど見ない。私はくだらない持論があるから見ないのだと思う。ニュースばかり見ているから今の人間は調べようとしない、ニュースがすべて真実だと思っている、くだらない。と勝手に思えて、それから見なくなった。気になれば自分からとことん調べる。サークルには毛利先輩等のインテリもいるし大概のことはその人たちに聞いている。だから朝のテレビなんてつまらないだけ。とりあえずテレ東に回してみる。まだおはスタやってたんだ。なんだか無性に嬉しかった。でも虚しくてさびしい気もした。

『……で、俺様にわざわざ電話しちゃったわけ。』
『うん。だってこんな時間に起きてるの佐助しかいないもん。』
『………。』

沈黙の後に聞こえた溜息はなんだか優しさを孕んでいるようだった。お母さんのそれと全く変わらない。今にも頬を掻きながら呆れる佐助の姿が浮かぶようだ。

『まあもう毎日の習慣みたいに身に付いちゃってるから。朝ごはんは食べたの?こないだ二三日前に掃除しに行ったときに冷蔵庫覗いたら食べるラー油しか入ってなかった記憶があるんだけど。』
『………。』
『ちょっと待って何この沈黙。』

て、てへぺろ、と朝の低いテンションで言えば再び盛大なため息が聞こえた。そしてその次にはお叱りの言葉が耳に届く。

『全く名前ちゃんは昔からそうなんだから!』
『うう……。』
『ちゃんとご飯は食べなきゃだめだよー。め!』
『何それうざかわいい。』
『うわあ俺様傷つくわ。兎に角、朝ごはんは食べなきゃダメだよ。じゃないと将来元気な赤ちゃん産めなくなっちゃうよ?』
『うわあ、セクハラ。』
『は、破廉恥!!』

私が一言いうや否や電話の向こう側から断末魔のような朝に似つかわしくない叫び声が聞こえた。なんだ、幸村起きてたんだ。電話の向こうで佐助が懸命に幸村を宥める一部始終を黙ったまま聞いた後、再び佐助の声が聞こえた。

『仕方がないから、とりあえず名前ちゃんはすぐにパジャマ着替えて家にご飯を食べに来なさい。』
『まじ?』
『まじ。大まじ。旦那迎えに行かせるから。大将には俺様言っておくし、そうしな。』
『はーい。』
『名前!某が迎えに行く故しばし待たれよ。』
『あいよー。』

そう言って電話を切った。眩しさを覚えて横を向けばもう目映いばかりのお日様がのっぽの電波塔の間から顔を出している。テーブルに置いた朝顔の種が朝日に照らされて光る。ころり、小指で転がしてみる。これを佐助と幸村にも分けてあげようと思った。

2012.08.09.
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