短編 | ナノ
発情期石田とそれを見守る大谷徳川

「名前か。此方に来い。いや、嫁に来い。拒否は認めない。」
「あはは、今日も今日とて通常運転ですね。」

一時的に死んでいたクーラーが治ったと聞いて真っ先にボックス(部室)に行けばそこには銀糸の男と、車椅子の男がいるではないか。銀糸の男性は私を見るなりその不健康そうな腕を伸ばし私を掴むと何故か自身の膝に乗せた。何この状況、とぼんやり思って車椅子の男に視線を向ければ、男はぷいっという具合に視線を反らし、笑みを堪えるように肩を震わせた。何これむかつく。

「ちょっと刑部さん、笑ってないで助けて下さいよ。」
「はて、何のことやら。我にはてんで解らぬ、ワカラヌ。」
「じゃあなんで湯呑を持つ手が震えてる上に口元隠すんですか。」

しかしながら私は一切抵抗しない。もうすでに無意味であることは十分に承知している。何しろこの銀糸の男、石田三成はごぼうのように細いくせして力が強い。そして逃げようものなら瞬時で捕えられてしまう。いつもはまともに物を口にせず倒れることも少なくないこの不健康代表の病人に一体そんな力が何所から湧いて出来るのやら。銀糸の男はまるで大型犬を相手するかの如く私のお腹に手を回して、机の上にお菓子を並べる。しかも私が好きな奴ばかりだ。餌付けというやつだろうか。この人たちが自分たちが食べるために買ったとは到底思えない。クーラーの効いた部屋は実に快適でるが、こう密着されては暑い。

「三成先輩お願いだからもう少し距離を置きましょう、あと嫁には行きません。」
「貴様、私を裏切るのか!」
「裏切る以前の問題だと思います。こんな真夏に密着するなんておかしいです熱いですから!」

じたばた慌ててみるがやはり無理だし何しろここまでたどり着くのに暑い中を歩いてきたため体力の消費でもうどうでもよくなってくる。好きとか嫌いとかの前にもはや無関心だ。と思って自分って結構薄情な奴だなあと客観的に思った。こうなればどうにでもなれと目の前に広げられたお菓子の袋を開ける。勿論三成先輩も刑部先輩自分から食べようなどという仕草は見せない。こういうことにはもう多少慣れてしまっている。しかしながら私は最初からこの三成先輩にいたく気に入られていたわけではない。自分でもよく解らないところで彼が勝手にフラグが立ち、そしてそれからというもの刑部先輩の入れ知恵を駆使し毎回あの手この手で私を取り込もうとする。そうするうちに私の暴飲暴食の癖に目を付けた刑部さんの指示のもとこの得ずけ作戦が幾度となく行われている。まあしかし悪い気はしない。ただでお菓子が食べられるのだから。私を膝に乗せて三成さんはいつも満足なのか否か分からない相変わらずの仏頂面でいる。本当に私のこと好きなのかさえ分からない。もう謎である。でもイケメンに構ってもらえるだけありがたいもんだと思うことにした。

「酸っぱいのを食べると、甘いのを食べたくなりませんか?」
「知らん。もとより私はポテトチップスなど好んで食わん。」
「えー。それ人生の半分以上損してますよ。」

傍にあったトッポの箱を開けながら、そう言えば三成先輩はフン、と鼻を鳴らした。刑部先輩はわれ関せずという具合にサークルの帳簿らしきものを見ていてまるでこちらに興味がない。三成先輩は自分から私を引き寄せておいて落ち着かないようで、始終お腹に回した手を組み替えたり、私の頭や肩にあごを乗せたりしている。それが意外にも痛い。つけっぱなしのアイポッドからは今度のコピバンでやる曲が幽かにイヤホンから洩れている。器械的なクーラーの音と、それだけが聞こえた。

「……っしゅん。」

汗が冷えたのか寒くてくしゃみを一つすれば、さらされた腕に粟粒が出来た。それを見た三成先輩は両の手で私の腕をさすってやるとクーラーを切ろうとしたのでそれを止めた。

「何故止める。」
「温度上げれば平気です。」
「貴様は馬鹿か。かぜをひくぞ。」
「ひきませんよ、こんなに栄養取ってるんだから。それよりも三成先輩こそちゃんと食べた方がいいですよ。顔色はいつも悪い上に今だって手がすごく冷たかったです。」
「な、」
「刑部さんも、二人ともちゃんと摂生して下さいね。」

そう言えば三成先輩は少しだけ何か言いたげに釣り目を細めて口を紡いだがもういい、と呟いて何故かふてくされた。刑部先輩は小さくヒッヒッと笑った。

「刑部!」
「我は何も言うておらなんだが。」

とりあえずよく解らなかったので無視してポッキーを咀嚼した。一口論を終えると三成先輩はまた黙った。この人は怒るとうるさいが基本的に寡黙な人だ。ぽりぽりポッキーを食べる咀嚼音に交じってまた再び音楽が幽かに聞こえてくる。

「……練習はしているのか。」
「はい。まだスコア覚えてないけれど。」
「そうか。」
「みんな頑張ってますよ。特に政宗はギターボーカルで、」
「政宗……?」
「えっと、伊達君です。」
「……誰だそれは。」
「……先輩。」

とりあえず少しばかり遠い目をして彼を見上げた。しかしながら彼は本当に分からないようすだったのでもう何も言うまいと思った。刑部先輩に一応視線を送ってみたがまたしてもぷいっと視線を反らされてしまった。この人はとことん私をいじめたいらしい。

「三成先輩のバンドはどうですか。今回はいえや、」
「言うな、貴様がその名を口にすると考えただけで虫唾が…!!」
「ワシがどうかしたのか?」
「あ、いえや、「いえやすうううううううううう!!!」

タイミングよくがらりと扉が開いたかと思えば、額に少し汗をにじませたさわやかな好青年、家康先輩が居た。現れた途端に叫んでそうわなわな震えだす三成先輩。素早くそれをあらかじめ察知した私は、第一に至近距離での三成先輩の叫びに耐えるべく、鼓膜の保護として耳を人差し指で押さえた。そして実際正解であった。怒りに打ち震える三成先輩を余所に、家康先輩は眩しい笑顔でニコニコ笑って部室に入ってきた。

「相変わらずだな、三成。名前も元気そうで何よりだ。」
「五月蠅い、去ね!私と名前の間に貴様など不要だ!」
「お疲れ様です。言わずとも先輩たちのバンド連がどれほどすさまじいかよく解りました。」
「はっはっはっ。ああ、だがそれなりに楽しいぞ!練習を重ねるごとにメンバーとの絆が深まる!」
「楽しいものか!ふざけるな!!」
「家康先輩と三成先輩が楽しそうで何よりです。ね、刑部先輩?」
「我に振るな。」
「もう刑部先輩ったら冷たいなー。」

ぽりぽり。三成先輩の叫び声と家康先輩の笑い声でかき消されて、クーラーの音も、アイポッドの音も聞こえなかった。


2012.08.09.
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