短編 | ナノ
ついったセリフお題vol.2(エース)

◎エース→「セクハラじゃねえ、スキンシップだ。」といいます。


「名前ー、どこだよ名前ー!」

ああ、やばいキタ!と思わず顔を下に向ける。薄暗く狭い子の場所で縮こまったままの体勢を保つのはなかなかキツイが今は致し方がない。ここは静かに彼が気づかずに通り過ぎることを祈るしかあるまい。

「(早く行かないかなあ…)」
「名前ー、俺が悪かった。なあ、許して出てきてくれよー!」
「………。」

一瞬、その人の良さそうなそばかす顔をしょんぼりさせてそう宣っている場面が頭を過ぎる。次の瞬間には、やはり許してしまおうかと思ったが、いやいや、と思い切り首を振って考えを改める。いつもその手に引っかかって観念して出てしまい、彼の思う壺にはまってしまっているのだ、今日こそは騙されんぞと自分を奮い立たせる。今日こそ捕まらないぞ。

「名前ー……――」
「………。」

自分のいるところを通り過ぎ、だんだんと声が小さくなってくるのを確認すると、速まっていた鼓動がそれと同時におとなしくなっていくのがわかった。本当にスリリングなかくれんぼである。この年にもなってこんなことは本当はごめん被りたいのだが、どうにもここいいる兄たちはそうさせてはくれない。おかげで私は心休まる時間があまりなく、それが悩みの種である。いい人たちだし、大好きなんだけどなあ。ちょっと問題がありすぎるのだ。

「(そろそろ出てもいいかな……)」

念には念をと暫時待ってからようやくここから抜け出そうかなと体をかすかに動かした刹那、ぎしり、と明らかに自分が立てた音とは違う床が軋む音がして思わず体が硬直する。恐る恐る視線を上に向ける。視線の先にはうす暗い中に木目が見えるだけだ。先ほどとは明らかに違う嫌な静寂があたりを包む。

「………っ!」

かと思えば突然頭上がガタガタっと慌ただしい音をし出し、そして真っ暗闇だったはずの世界は突然まばゆいばかりに明るい世界へと変貌を遂げた。

「……眩しい。」

突然の光に思わず目を閉じ手で顔を覆う。指の隙間から見えた笑顔のそばかすがしょぼしょぼする世界で唯一くっきり見えた。それはつまり私の敗北と逃亡失敗を意味するのである。

「見っけた☆」

私を見下げながらめいいっぱいの笑顔を貼り付け、語尾に星を引っ付けながらそう言うと、鼻歌交じりに私をひょいっと抱き上げた。私はもはやこれまでと観念したようにため息をついた。男は私を抱き上げ下ろすかと思いきや、そのままぎゅうっと抱きしめたかと思えばほっぺたをすりすりと擦り付け始めたので、流石に私も抵抗を見せる。というか年頃の女の子になんというハレンチを働くのだこの男は!こっちは生娘なんだぞ!

「エース隊長、離してください!」
「だが断る!」
「こっちがやですよ!き、筋肉が当たってます!服着てください!」
「だが断る!」
「だ、大胸筋と上腕二頭筋があたってっ…ああ…」

なんとも悩ましい。私が暴れれば暴れるほど腕の力はこもり、ぐりぐりと頬を擦り付ける男基エース隊長はむしろそれを楽しんでいるのだった。先ほどの謝罪はやはり私をおびき寄せる罠だったんだ、だって全然反省してないもの。なんとお恐ろしい、いたいけな娘を笑顔で騙そうとは……イケメン恐るべし。

「離してー!」
「悪ィがごめん被る。だって離したらお前また逃げるだろ。」
「セクハラを働く輩から逃げるのは至極当然だと思います!」
「セクハラじゃねえ、スキンシップだ。」
「何がスキンシップですか!どこがスキンシップですか!これはただのセクハラです!犯罪ですよ!いいんですか、犯罪者になって!」
「まあ海賊だから既に犯罪者だけどな。」
「あ、確かに。」

じゃなかった。本当にこの兄は困ったものだ。その美しい筋肉をいつも惜しげもなくさらすだけには飽き足らず、このように妹分の私に押し付けるだなんて…。この人の腕から逃れるのは至難の業だ。ここは頭を働かせるんだ、このまま好き勝手にされるのは私とてごめん被りたい。

「本当にお前はかっわいいなあ。」
「………(何しろ二番隊の隊長はるぐらいだから、腕力では到底勝ち目はない。)」
「なあ、お兄ちゃん大好きって言ってみろよ。」
「………(一瞬でもいいから隙を作ろう、逃げ足ならこの船で一番早いもの、私。)」
「なあ、名前ー、なんで黙ってんだよ。お兄ちゃん好きって言ってみろって、ほれ。」
「わっ」

先程から考え事をしていたので全然構わずにいたし、エース隊長の声はスルーしてたので、突然視界が変わり声が出てしまう。突然目の前に三白眼が現れて驚きのあまり息が止まりかける。先程は頬をグリグリさせられていたが視界はそこまで刺激的なものを移していなかったが、目の前にどどーんとイケメンが現れるとなると話は別だ。

「ほら、お兄ちゃん大好きって言ってみろって!」
「ひえええ!なにいってんですか!」

顔が近いので思わず視線をしたに向けてみたがそれもまずかった。美しい線を描いた鎖骨、胸板はもちろん腹筋に腹斜筋と名だたる筋肉オンパレードに思わずめまいがした。ゆでだこのように耳まで真っ赤に染める私を見てエース隊長は大いに楽しんでいるらしく、くつくつとそのセクシーな喉仏を揺らして笑っていらっしゃる。挙げ句の果てに今度はおでことおでこをくっつけてグリグリし始める始末である。

「は、はなしてください…」
「大好きって言ったらな。」
「うう……」

もうこれ以上は我慢の限界である。本当はこの手は使いたくなかった、こんな変態シスコンでも大好きな兄には変わりないのだ。もしこの技を使えば、確実に彼は命の危険に危ぶまれる。本当に最後のてなのだ。そう、バスターコール並みに禁忌である。しかしこれ以上生娘にセクハラを働くのであれば、致し方がない。少々痛い目を見てもらおう。この人なら強いから死なないだろう、たぶん。

「(半殺しにはなるかもだが)……ちゃん、」
「ん?」
「……お兄ちゃん、」
「おっそうだそうだ、その調子で…」
「マルコお兄ちゃん助けてーーーーー!!!セクハラされてるのー!!!」
「!?」








直後、鬼の形相を浮かべた不死鳥がマッハで廊下を滑空する姿が目撃されたという。


2015/10/25/執筆
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