短編 | ナノ
透き通るまであと少し

山猫は、実に注文の多い生き物だ。

「靴、どこに行ったか覚えてない…。」
「どっかその辺に転がってるだろ。あとで後ろ見とけ。」
「………」

薄っすらと、玉葱の薄皮のような雲が空に掛かっていた。頭の上の空は群青色をして、空には白い月が遠くに見える。まるで絵に描いたような細い三日月だ。空はとても高くて、キンとした空気が漂っている。車の走行音に掻き消されてよくは聞こえないが、冬の早朝は、ごおおおという世界の音が聴こえる。風の音と、どこからともなく聞こえてくる、よく分からない雑音が混ざり合ったような音を、私は世界の音と名付けていた。小さい頃は不思議で、なんだか徐々に明るく白くなっていく視界と、地響きにも似たその“世界の音”が合間って、何となく、好きだった。早起きは大嫌いだったけれど。

「靴見つからないんですけど」
「知らん」
「知らんて」

自分の足元をもう一度見たが、やはり見つけられなかった。今は走行中だし、助手席から身を乗り出して後ろを探すのは得策ではない。仕方がなく、はあ、と涙交じりに欠伸を一つすると大人しく前方を向いた。運転席の男は驚くほど冷静に沈黙を貫いたまま運転をしていた。自分は確か数時間前まで恵比寿に居たはずだ。恵比寿ガーデンプレイスに午後八時に集合の合コンに参加していたはずだった。ところがどうだ、此処は明らかに恵比寿ではない。何処までも永遠に無機質な防音の壁に、時折見える大きな山の峰々、山間の小さな街並みを見るに、恐らく、と言うよりも間違いなく高速道路であった。一体いつから私はこの不思議なドライブに付き合わされていたのか。ワインが未だ抜け切らない頭で考えようとするとやや頭痛を来した。だが、この運転席の妙ちくりんな眉をした怪しげな男の事は、忘れたくともよく覚えていたので、どうやら自分がロクでもない事に巻き込まれていることだけは容易に理解できた。

「御殿場って、一体何処に連れ出すつもりなの?まさか、樹海とか、勘弁してよ」
「別に樹海なんて言ってねえだろう」
「だって“尾形さん”は樹海がお似合いなんですもの」
「ちょうど良かったじゃねえか。靴も無くしたし、ちょうど良いんじゃねえか。裸足のまま行けば、そう見つからねえだろうよ。」
「冗談に聞こえないからやめて下さい」
「お前から樹海って言ったんだろうが」

はは、と目元をピクリとも動かさず男はそう乾いた笑いを漏らした。










「」




山端から徐々に白んで行きのが分かって、今の時刻を
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