短編 | ナノ
教えて菊田先生

「ひ、人が多い、は、肌色が多い…」
「そりゃそうだろう、ナイトプールだからな。来たことねえのか?」
「ええ、こう言うとこは性分に合わないと言うか、縁遠くて…」

私がそう言えば彼は私を横目で見てふふ、と笑い、それから目を細めた。彼の手に持つブルーハワイ色のグラスは可愛らしい小さなパラソルが付いていて、強面風の彼が持つとアンバランスもいい所だ。生まれてこの方、所謂陽キャと言われる種類の人間達がしている事などしたことの無い、生粋のインドアの申し子である私が何故このような事に巻き込まれているのかはつい数日前に遡る。端的に言えば会社の同僚に誘われたのが事の発端だった。ナイトプールナイトプールと世間は騒いでいるが、実際どうなのかと言うのを見に行こうと言う企画の元、面白がって色々な人を誘い、その中に偶々私がいた。仕事終わりの金曜日なら都合がいいだろうと言う事で、何時もの飲み会よりも違う趣旨で面白がってか意外にも人は集まった(てしまった)らしい。いつもは忙しいからと飲み会に余り顔を出さない彼を始め、男性陣も面白がって参加する人が多かった。普段であればきっと怖気付いて参加できないからここぞとばかりに参加したのだろう(これを口実に若い女の子の水着をたくさん見れるからね)。

「あの、室長は泳がれないんですか?」
「あ?」
「菊田さんは泳がれないんですか?」

どんどこと言う音楽と人々の雑踏でなかなか聞こえなかったのか今一度彼に近づいて耳元でそう問いかければ彼はああ、とようやく分かったようで私を見て再び口角を上げた。

「俺は綺麗好きなんでね。」
「あはは、成る程…」
「そういう自分は泳がなくていいのか?」
「わ、私も同じ理由です」
「まあ、ホテルのプールだが油断はしないほうがいい。どさくさに紛れて触ってくるやつだって居るっちゃいるからな。」

そう言って彼は伸びをすると、腰掛けた長椅子に背中を預けた。私もその隣にちょこんと腰をかけると、彼と同じように寝そべってみた。空を見上げれば東京の星のない真っ暗な空にポッカリと月だけが浮かんでいるように見える。すぐ側では実に刺激的なレーザーのような照明が其処此処に当てられていてそれもまた幻想的なんだが、ずっとみていると目が痛くなる。そのせいか彼は寝そべって早々、ハンドタオルを顔に掛けていた。多分眩しいんだろうと思う。あとこれは邪推だが、変な女性に声をかけられないようにするためだと思う。さっきも入り口付近で数人の女性に声をかけられていたが華麗にかわしていた。分からなくもない、菊田さんって何処と無くかの有名な洋画俳優さんに似ているからかっこいいし、ちょっとそんでる風にも見えるから声をかければ遊んでくれそうにも見えるから。この辺にいる女性は実に勇気があるのか平気で声をかけてくるのだ(その勇気が羨ましくも思ったりする)。まあ、綺麗好きらしいからそうでもないかもしれないけれど。

「ディズニーランドみたいですね」
「随分夢のないディズニーだな」
「でもキャストさんみたいに可愛い女の子ばっかりですよ。水着も大胆だし…。きっとこの日の為にジム行ったりして鍛えてんだろうなあ。」
「その水着だって似合ってるだろう、肌色ばかりだとこっちも萎えるんだ。チラリズムってヤツをさっきの娘達に教えてやりたいくらいだ。」
「あはは…。私は田舎もんなので…。」

私がそう言えばタオル越しにふふと小さく笑う声が聞こえた。遠くでわあきゃあ言っているのが聞こえたかと思えば、宇佐美主任が大きなビーチボールを有古さんにぶつけて遊んでいた。頼むから出禁になる前に収拾して欲しいと願った刹那、ばしゃあんと別方向から水が掛かって見事に濡れた。ひいひい言いながら顔を拭いていれば、タオルをばさっと頭上から掛けられた。

「」



「菊田室長はよくこの辺で遊ぶんですか?」
「まさか。麻布の方ではよく飲むけどな。流石にもう燥ぐほどの歳でもねえから、もう少し落ち着いて遊んでるとは思うがな。」
「へえ」
「遊ぶといってもそんあ派手にはやらねえよ。飲んで食ってタクシーで帰る。最近は面倒で部下を誘っても来やしねえ。深追いもしねえけど。最近は有古くらいしか相手にしてくれねえよ。健全だろ?」
「ふふ、そうですね。羨ましい」
「お前だって金曜くらい友達誘って飲みに行くだろう」
「同僚や先輩が誘ってくれれば行きますが…、基本は家に居ます。」
「家で何やるんだよ」
「うーん…寝たり、漫画読んだり、ゲームしたり…」
「中学生みたいだな。」

そう言って隣の彼はくつくつと喉を鳴らすと、顔にかけていたタオルを取っ払ってまでして私を見た。そんなに変なことを言ってしまっただろうかと不安になったが、意に反して彼は何故かご機嫌そうな表情で口を開いた。

「麻布で飲んだ事ねえのか?」
「まあ、はい、会社の飲み会以外は…」
「可愛いな。でも家この辺だろ?」
「三田の方です。麻布は流石に高いから…」
「ほぼ麻布だろ。なんだ、早く家よな。」

そう言うと菊田さんは
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