短編 | ナノ
天使がうたう音がする

彼はとても優しく良識ある男性で滅多な事で怒ったりするような人では無かった。だからまさかあんな風に分かりやすくムッとして怒るとは思わなかったのだ。

「あの、怒ってます?」
「…逆に質問しますけど、怒ってないように見えますか?」
「いえ(ちゃんと怒ってるな)」

ちらりと伺うように視線を右斜め上にすれば、むすっとしたお顔の整った美丈夫がそこに居た。金曜日の六本木は既に多くの線路が終電を過ぎているが、それでも人々の群は絶えず、赤信号で止まった六本木交差点では日本人は勿論だが色んな国の人々が楽しそうにわあきゃあしているので一瞬ここは日本だったっけと思う程だ。何はともあれ、御坊ちゃまな彼には似合わない街には違いない。先程から芋洗坂を遡ってきて歩いてきたのだが、その間彼は私の手首をがっちりホールドして離す事は無かった。離してくれとも言い難い雰囲気で、彼にしては珍しくその間黙ったまま、談笑をすることも無かったし、いつもなら必ずすみませんと言って人の良さそうな顔を浮かべて断るお店のキャッチのお兄さんにも無視を決め込んでいた。こんな怒っている勇作さんを見たのは初めてだった。あの聖人君主の塊の様な彼が怒っていると言ったら、きっと殆どの人が笑って信じないだろう。実の親でも信じないんじゃなかろうか。でも実際そうなのだ。そしてその原因は間違いなく私にあった。

「勇作さん、」
「何ですか」
「…ごめんなさい。」
「それは何に対する謝罪ですか」
「ええっと、嘘ついて危ないところに行ったことですか?」
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