短編 | ナノ

「あ、宇佐美さん」と声をあげるや否や、彼はこちらに近づいて来た。往来の人の多さは毎度のこととはいえ、酷暑のそれと合間って異様な空気を生み出していた。

「宇佐美さん、浴衣…」
「首のここ、虫刺されてますよ。」
「あ本当だ。」
「そういえば、蚊が寄ってくる要因の一つにその人の足の細菌が関連してるってこの間ニュースでやってたな。細菌が多ければ多いほど刺されやすいんだって。」
「…場を弁えない有益な情報アリガトウゴザイマス」
「如何いたしまして。」
「(とんでもない人だな)」

ご要望通り浴衣で着たと言うのに彼は開口涼しい顔でそう言ってのけると何事も無かったかのように私の手を引いて行き先も告げずに歩き出してしまった。いつも待ち合わせにしているオスロコーヒーの辺りは既に同じく待ち合わせの人々の波で埋め尽くされていたので早くこの場を離れようとしているようだった。かく言う宇佐美さんも今日は浴衣を着てくれていた。これが予想以上にオシャレに着こなしていて、明らかにきちんと前々から選んで着て来たような拵えであった。

グレー地に大きく白い縞模様が入った上質な綿麻浴衣で、触れればひんやりとして気持ちがいい。昨日はラインで最後まで浴衣なんぞ着ていくのが面倒だ何だのと色々言っていたが、きっと私に合わせてくれたのだろう。そう思うと何だか我ながら読めない人だなあと思う。こうして幾度となくデートを重ねて来てはいるのだが、この人が何を感じどう考えているかなど皆目見当がつかなかった。そして、どうして私はこの変な人を好きになってしまったのだろうとも我ながら不思議で仕方がなかった。

「宇佐美さん、何か屋台で食べましょうよ。あ、あそこにタピオカある!削りイチゴも良いなあ…。あの阿部ちゃんの焼き鳥も食べたいなあ!」
「とりあえず人のいない場所に行きたいんだけど…。」
「それじゃあもう帰ることになるじゃないですか…。じゃあ、綱代公園の方に行きましょうか。」

からからとお互い下駄を鳴らしながら煉瓦敷きの道を歩いていけばいつもは子供たちしかいない小さな公園にも今日という今日は随分多くの人が集まっていた。とはいえ、商店街の方よりかはそれているせいか人混みは緩和されていて、地元の子供たちが夏休みだからか集まってはしゃいでいた。この辺りでもたくさんのお店が出店していたので取り敢えず適当にその辺のお店からビールを手にいれた。宇佐美さんが見つけてくれた座れる場所に(公園の塀のわずかなスペース)袋を敷いてくれたのでそこに腰をかけて乾杯するとゴクゴクと今日一日目のビールを飲み込んだ。ハタハタと宇佐美さんが扇子を仰ぐたびに風が頬にあたり少しだけ涼しい。暑いのが苦手なせいか女子である私よりもやや色白の彼だが、それも今日ですぐに黒くなってしまいそうな勢いだ。もう夕方16時を過ぎていると言うのに日差しが強い。橙色の日差しが宇佐美さんがつけているピアスに反射して余計に眩しかった。

「今年も半端ないな…」
「だからやめたほうが良いって言ったんですよ。やばい奴らしかいないし。」
「でも雰囲気だけでも楽しみたいじゃないですか…。宇佐美さん、なかなかお休み被らないし…。」
「…あべちゃん行きますか?」

わあいと言えば彼はやれやれと言った風に苦笑いすると再び手を引いて歩き始めた。こうして手は繋がないけど私の手首を握って歩く。前にディズニーランドや海ほたるに行った時に見事に迷子になってからは、こうして歩くことが癖になってしまったようだ。側から見るとあまり仲が良いのか不安になるかもしれないが、これもまたある意味で彼の配慮であった(ちなみに、以前に一度だけ気になって手を握れば良いんじゃないかと提案したことがあったが、その際には「だってずっと握ってると誰かさんの手汗があれなんで」と言う彼の一言によってそれ以降は私も何も言わなくなった。と言うよりも言えなくなった)。

ご要望通り宇佐美さんは人をかき分けて進んでいくとあべちゃんでお目当の焼き鳥と、その近くにあった削りイチゴを買ってくれた。金魚すくいや射的など古風な屋台からシャンパン屋さんや屋台でフォアグラが食べれたりとするのがこの麻布十番納涼祭の面白いところだろう。宇佐美さんとは職場が近いのでよく十番には来るのだが、こうして歩くとまた違ったお祭りならではの楽しさがある。

「どいつもこいつもインスタだの何だので道塞ぎやがって…」
「まあまあ、怒らないでくださいよ。」
「ただでさえ人が多いってのに頭おかしいだろう。だいたいタピオカなんてここじゃなくたってあんだろうが。」
「まあそれはそうなんですけどね。」
「そんなにタピオカが好きならこいつらの身体中の穴という穴にタピオカ詰めてやるよもう。それで満足なんでしょう?ん?」
「独特なサディスト発揮するのやめてあげてください。あと、かくいう私もあとで写真撮りたいなあ、なんて(せっかく浴衣着たし)」
「ミーハーだなあ…」
「えへへ」

イライラしている宇佐美さんを宥めつつ十番商店街を練り歩いていく。商店街は言うほど長くはないし、お店は確かに色々あるけれど商店街が古くて厳しいためか、そう遅い時間までは営業を許されておらず、普段は以外にも早くしまってしまうお店も多い(ちょっと外れた隠れ家的なお店はそうでもないのだけれど)。でも今日明日の納涼祭は別だ。街全体がお祭り騒ぎで楽しい二日間となる。これだけの人数がいるからこの辺に住んでいる人は勿論遠方からの人も多い。なので知り合いと遭遇、なんてこともこのお祭りではざらだ。

「あ、月島課長だ」
「本当だ。鯉登さんもいる」
「げ」
「げって」

私がそう言えば分かりやすく隣の宇佐美さんが口を曲げたのがわかった。同じ会社の月島さんを発見しそう声を上げたかと思えば数歩先にいた彼らが気づいたようで手を上げた。その横にいるそう、何を隠そう鯉登さんと宇佐美さんはライバル同士であるため争いが普段から耐えないらしい。


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