短編 | ナノ
世界が変わってくれないのなら、僕たちが変わっていけばいい

「遺伝子ってすごいね」
「は」
「お兄ちゃんと似てる」
「おいより“よかにせ”じゃろ」
「確かに。でも音くんだってイケメンだよ。」
「フン」
「ドヤ顔がすごい。お兄さんは九州にいるんだっけ?」
「ああ。こっち(東京)に来たり帰ったり」

上に兄がいると言うことは出会って間も無く彼の口から聞いていたが、こうも似ているとは思わなかった(主に眉毛が)。「忙しいんだ、」そう言う彼の目はどこかキラキラした優しい眼差しでそのアルバムの写真を見る。写真の中で彼は学蘭を着て、凛々しい表情にも何処か誇らしそうで嬉しそうな表情で写っている。その隣には、“よかにせの兄さあ”がいて、同じくまっすぐと此方を見て、口元に品の良い笑顔を見せている。いつの写真かと問えば、高校入学式と言うから驚いた。この頃は兄さあよりも小さく華奢で、背もそこまで大きくはない。しかし今はすっかり大人になって、喉仏もひょっこりと出ていて、腕や足も逞しく、大人の男の色気を醸し出し始めた美しい青年になっているのだから、人間の成長と言うものは本当に神秘だ。「懐かしか、」隣の青年はそう呟くと私の手からアルバムを取り、そのまま収まっていた本棚に閉まってしまうかと思いきや、私の手を引いてソファに再び腰を掛けた。

「おいに似ちょらんじゃろう」
「似てるよ、普通に(特に眉毛が)」
「いや、似ちょらん」
「そうかな」
「兄さあはおっかんに似ちょっど。肌が白かじゃろう?」
「確かに。じゃあ音くんはお父さん似かな?」
「ああ。」

ソファに腰掛けた彼の膝の中に座るように手を引かれたので彼の膝にすっぽりと大人しく収まった(足の長い彼のことだから一応不便や不自由はないしこう言う恋人っぽいことをすると彼はとても喜ぶ)。次男坊らしくマイペースでわがままでボンボンで甘えん坊で、本当に振り回されることも多いが、次男坊特有の性質なのか、時折こうして私の手を引いてやったり、大人ぶってリードしたり、私の世話を焼きたがるのはきっと自分に兄が居たからなんだろう。ペラペラとアルバムのページを捲る毎に「良いとこの坊ちゃん」感が前面に押し出された写真ばかり出てくるので、思わず笑ってしまった。こんなボンボンでわがままの音くんをよくこのお兄さんは面倒を見てきたなあとぼんやり感嘆していれば、そんな私の心の中を察知されたのか不機嫌そうな顔を下げた彼が私の頭に顎を乗せて遊び始めた。

「音くん友達少なかったでしょう。」
「いっに決まっちょっじゃろう!…一人や二人くれは居たはずだ。」
「(かわいそうな子…)」
「そげん目で見らんで良か。そうゆわいは友達多かったんか?」
「居たよ。少なくとも音くんより多いはずだよ。」
「せからしか」

そう言ってふん、と鼻を鳴らすと今度はもっと小さい頃の写真が出てきた。とても綺麗な女性が色黒の赤ちゃんを抱いていて、その周りに厳格そうな男性と色白の美少年が此方を見ている。赤ちゃんはむすっとしていて目が見えているのかも分からない。不思議とすでに顔が完成されているのは気のせいだろうか。「お母さん綺麗だね」とそう言えば頭上から嬉しそうに「ああ」と返事が帰ってきた。テレビでは平成終わりのカウントダウンが始まっていて、令和が着々と迫っている雰囲気を感じた。

先ほど音くんと食べた夕飯のお寿司を胃が一生懸命消化しているのかぼんやりしているとうっかり眠ってしまいそうになる。平成最後の晩餐は豪勢にしようと彼が言ったので有名なお寿司屋さんでわざわざテイクアウトしてきた。日本酒も飲んだし、お腹もいっぱいだし、あとは令和になるのを見届けて、いつものように一緒のベッドで眠るだけだった。そんな中で何となく彼の部屋の本棚を物色していたら見つけてしまったのがこのアルバムだった。彼とは東京で出会ったので鹿児島での彼はもちろん知らない。

「眠いの?」
「いや、」
「歯磨いてから寝なよ」
「わいはおっかんか」

先ほどまで私を自分の膝の中にすっぽり納めてせわしなく私のお腹に回した手でぎゅうぎゅうと物珍しそうにお肉を挟んだりしていた彼も、だんだんと呼吸がゆっくりになってその腕があったかくなってきた。アルバムも見終わったのでテーブルに乗せて歯を磨こうと彼の腕をどかそうとすれば瞬時に力が入って容易に抜け出せなかった。うおおおと唸りながら全力で抗おうとしたが、彼の力の前にはか弱い私などビクともしない。アルバムでもいくつも載っていたが、彼はその昔剣道をしていて県大会どころか高校生の頃には全国大会でも名を轟かせていたと言うのだから勝てるわけがない。

「筋肉ゴリラじゃん。」
「そんた月島や」
「うわあ、休み明けに月島課長に言っちゃお」
「別に構わん」

うわあ、とドン引きするが彼は引く様子もなく意地悪い笑みを見せると、アルバムの方を見た。すっかり覚醒してしまったらしい。テレビがあと1時間ほどで令和になると伝えると、もうそんな時間か、と呟いて、私の足に自分の足を絡めていよいよ拘束した。本当にトイレに行きたくなったらどうするつもりなのか。諦めてリモコンを片手にチャンネルを回していれば、音くんが相変わらず頭上に顎を乗っけて話し始めた。

「今度はわいんアルバムを見せてくれ」
「ええ…」
「ええじゃなか、おいばっかいずりじゃろう」
「誰かさんみたいにお金持ちでも何でもないし…つまんないよ」
「詰まらなっなか」
「だいたいアルバムは実家にあるし」
「じゃあ実家に行けばよかじゃろう」
「そんな簡単に…。実家に行くって意味わかってんの」

ブツブツと文句を垂れながら口を尖らせて、それから諦めてリモコンをテーブルに置いた。もうどこのテレビも似たようなニュースしかしてない。あと一時間ほどで世界の何かが変わるわけでもあるまいし。ましてや自分たちの何かが変わるわけでもあるまい。「つまんない」そう呟いてテーブルの上の麦茶の入ったグラスに手を伸ばそうとすれば、音くんが一際低い声で口を開いた。

「わかっちょ」
「ん」
「わいん実家に行っ意味くれ、分かっちょ」
「…音く」
「わいん実家に行ってちゃんとご両親に挨拶して、それからアルバムを見せてくれ。そいでよかじゃろう?」
「………」

ふと後ろを向けば先ほどの眠そうな顔とは打って変わって、真面目に此方を見つめる“よかにせ”の薩摩隼人が見えた。彼のお母さんとお兄さんとは全然違う、浅黒くて滑らかで、すっとした顔の青年が瞬きすら惜しいように私を見ている。容易に言葉を発することが躊躇われるような空気が流れ、それから思わずグラスに伸ばそうとした手を引っ込めた。

「そん代わり、わいもかごんまに来て、兄さあたちに会うてくれ」
「………」
「………」
「……別に、」
「………」
「いいけど、」

伏し目がちにそう言えば目の前の彼はきらきらした目を下げたので思わずふ、と吹けばお腹をぎゅっとつねられた。反撃してやろうと思ったが、彼のこの無邪気な笑顔が写真の頃の少年の顔のそれとあまりにも変わらないので怒りが萎んでしまった。代わりにんっと唇を尖らせて頭を後ろを向ければ、何も言わずに暖かくて薄い唇が私の唇に吸い付いた。


2019.04.30.
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