短編 | ナノ

やばい、と思って目を開けばそこは見慣れない天井だった。こういうことは正直もう何度か体験しているが、ここまで頭がガンガンするのは初めてかもしれない。もぞもぞと肌触りのいいブランケットの中で動いて、眉間を抑えながら深呼吸をする。とてもいいにおいがする。卸したての心地いいシーツのような肌触りなのに、香りは洗いたての高級ホテルで使われる洗剤のような匂いだ。気持ちよすぎて、今一度瞼が重くなっていくのを感じたが、ぶんぶんと頭を振って意識をもう一度覚醒させていく。朝だということは瞼を照らす一筋の光で知ることができた。天井の上にはビルトインのエアコンがあるので、絶対にこんないいグレードの家は私の部屋じゃないし、かといってラブホテルでもなさそうだ。

恐る恐る横を向けばそこには誰も居なくて、代わりに先ほどまで誰かがいた様な形跡があった。視線の先にベランダへと続く窓があり、カーテンの僅かな隙間からは朝の都会の景色が見えた。かなり高い場所に位置しているのか、私はやや驚いて漸く体を起こした。よく見れば自分は何も纏っておらず、うわあと自分にドン引きしつつきょろきょろと辺りを見回せば何故か枕下のサイドテーブルに綺麗に下着が並べられていた。何だか恥ずかしさでまた頭が痛くなった。

「起きたのか?」
「わっ…!お、音之進君……」

下着を纏いスリッパを拝借してベランダの方に行こうと恐る恐る足を進めていれば、突然背後から名前を呼ばれたので思わずみっともない声がでて出てしまった。声の主は昨日散々楽しく会話をしたかの声で、気まずく思いながらもゆっくりと振り返れば、案の定、浅黒い肌をした貴公子がベッドの向こう側で同じく少しだけ気まずそうにしながらも真っすぐこちらを見ていた。いくら下着を身にまとったとはいえ、流石に下着なのであれやこれやが見えてしまって、とはいえ身の回りに隠すものもなく、とりあえずブランケットを被ってみた。そんな私を見て音之進君ははっとしたような顔をすると、慌てて部屋を出たかと思えば間もなくまた戻ってきた。彼の手には一枚の薄手のバスローブがあり、それを私に差し出した。

「すまん、気が付かなかった。」
「ううん、いや、全然。ありがとう…」

私がローブに手を通している間に音之進君は私のいるベッドまで来るとそこに腰を掛けた。彼は腰にバスタオルを巻き、髪はしっとり濡れていた。シーツとは違うとてもいいにおいがする。ちょっと気まずい空気が流れたのち、先にその静寂を打ち破ったのは音之進君の方だった。

「…昨夜のこと覚えているか?」
「…うん。断片的に、だけど。」
「そうか。」

頬を赤く染めながらもこちらを見て真剣に聞いてくるものだから正直に答えれば彼は少し安心したように口角を上げた。昨日はお酒が入っていたからあまり覚えていなかったのだが、見れば見るほど素晴らしい肉体美だなあと思わず感心してしまった。剣道やってたし、きっと今も鍛えているのだろう。音之進君は私の手を取りつづけた。

「昨日は酒が入っていたので念の為に言わせてくれ。好きだ。ずっと昔から好きだった。」
「…え、そうなの?」
「やっぱい覚えちょらんか…。」
「…ごめんね。まさか、私のことなんて、」
「昔から好きだと伝えていたのにか?」
「小さいころだったから、単純に好かれてるんだと思ってたんだもの…。」
「……そうか」
「でも、その、今も私の事好きでいてくれてたなんて、なんて言うか、本当にうれしいよ。ありがとう。でも、何で今なんだろうとは思ったけれど。今まで全然連絡とってくれてなかったじゃない。」

そう言えば彼はばっと顔を上げて再び真っすぐ私を見ると、握っていた手方の手を再びぎゅっと握って口を開いた。

「おばさんから聞いたんじゃ。彼氏がおって…。じゃっで、我慢しちょった。」
「うん…」
「じゃっどん昨日会うてやっぱい我慢できらんかった。『好いちょっ』って思い切っていったや、『私も』ってゆたで、我慢ができらんで…」
「そ、そっか(やべえ覚えてねえ)。」
「よくろうちょる(酔っ払っている)んな分かっちょったんだ、じゃっで怒ってくれて構わん。じゃっどん、好きなんじゃ。もし、少しでもまだおいんこっを好きなら、一緒に居てほしか、やっせんなら…#name#が風呂入り終わったや家まで送る…。」

そう言って肩を落としつつも私を真っすぐ見据える瞳にまさかあほな冗談なんて飛ばす余力もなかった。私もじっと音之進君を見て、それから息を吸う。まるで吸い込まれそうだと思った。早口の薩摩弁が久々でちょっと面食らったが言いたい事はだいたい理解できる。目の前のイケメンが、あの可愛いふくふくほっぺで「好っじゃあ〜!」って笑顔でぎゅうっとしてくれたあの小さかった男の子が、もう十年以上経て居るというのに。成長して私以外の女の子のことをきっと知ったというのに、ずっと私を好きでいてくれたなんて。そう思うとなんだか嬉しくて切なくて、どうすればいいか分からなくて、ひたすら彼を見詰めて口を微かに動かしては言葉を飲み込むことで精いっぱいだった。こんな都会暮らしの長い寂れた心を持った女にこんなことが起ころうとは、一体誰が予想できただろう。

「音君、私は…、」

意を決して、答えを言おうとすれば、突然軽快なコール音が寝室に響き渡った。音量最大限らしく、無視できないくらいガンガン鳴っている。しかも切れる気配もない。

「……ごめん、ちょっと出ていいかな?」
「、ああ。」

優しい音之進君はそう言って握っていた掌を解いた。ソファに落ち着いていた鞄の中のスマホを手に取ると、画面を改める。案の定予想通りの名前でホッとしつつも、この状況でこの電話は出るべきか少しだけ悩ましかった。「出ないのか?」という音之進君の声に背中を向けたまま、出る、と一言言うと、そのまま画面を操作した。

「もしもし……」
『…どこに居るんだよ。昨日出掛けるだなんて言われてないぞ。朝ご飯作っちゃったんだぞ。』
「ごめんね。終電逃しちゃって、その、泊めてもらったの。」
『誰に…?彼氏いねえんじゃなかったのかよ。…まさか、変な男に連れられて…』
「違うってば、」

「…誰なんだ?」

電話でやんやとやり取りをしていれば、流石に不審に思ったらしい音之進君が心配そうにこちらに来てしまった。音之進君は私の肩に手を置くと聞きこむように耳を私のスマホにくっつけた。男の声が聞えるとなるとばばっと肩を震わせて、それからじっと私を見た。恐らく誤った解釈をしていることは、音之進君もこの電話口でがみがみ説教してくる男も共通しているのだと思うと間に挟まれて胃が痛い。

「『男か!?』」
「……当たらずとも遠からず」

2人の屈強な男に挟まれて思わずうめき声のようにそう言えば目の前の音之進君も、電話口の向こうの男基、杉元佐一(実兄)も少しキョトンとしたらしく、宇宙猫の様な顔で暫く黙った。

2018.07.17.
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -