短編 | ナノ
幼馴染の音之進君に出会う1

故郷を離れて会社に就職するため上京して早5年。それなりの役職を与えられて先輩にも後輩にも恵まれて、むかつくクライアントに当たることもあって、それなりに悩んだり落ち込んだりしつつも毎日せわしなくこの都会のど真ん中で生きてきて、5年。この間、彼氏がいたりいなかったり、時にはおセンチな気持ちになってワンナイトラブを経験したのも本気の失恋をしたのもこの東京だった。余り親に言えないようなことも初めて経験したのもこの東京だった。兎に角、私はこの5年間、必死に毎日働いてそれなりに傷つき、それなりに成長を遂げて居るのだろう。彼氏がいなくて久しいが、それでも東京に友達は多かったし、一人でも楽しく過ごす分には都会は決して暇ではない。一人でも平気な街、コンクリートジャングル東京。こんな何でもあるようで何にもない街で私は今日も今日とて、当たり前のようで当たり前じゃない一日を過ごしている。


「杉元さん、」
「えっ」

声を掛けて振り返ればそこには若い男性が立っていた。決して強い力で肩を掴まれたわけではなかったが、思わず声がでてしまったのは思わず現れた目の前の男性があまりにも美形だったからだ。視界がバグを起こしてしまったのかもしれないと首をひねったが、やはり現実だった。目の前の男は浅黒い肌にびしっと着こなしたスーツの似合う長身の若い男の子だった。男の子というとやや失礼に思われるかもしれないが、その顔から恐らく私より年下であろうことが予想ができた。スーツに負けじとびしりと揃えられた七三分けも目を見張る。オーダーメイドスーツなのか寸分たがわず体のラインが美しく浮き上がり彼の魅力をなお一層の事引き立たせている。わざわざ追いかけて来たと見えて、彼は少しだけ息を乱していたが、私と眼が合うなり嬉しそうに目を細めた。

「名字●●さん、ですか?」
「え、ええ。そうですが…その、失礼ですが…」
「忘れたんか…」
「ええっと………音之進君?」

じいーと見詰めてようやく思いだした名前を口にすれば(かなり思考回路が疲れで使い物にならなかったのだが、よく見れば特徴的な眉毛の形をしていたのでそれで瞬時に思いだした)、彼はしゅんとした顔を一転、ぱあっと明るくして私を再び見た。子犬のようなこの態度といい表情と言い、間違いない。彼は鯉登音之進君であった。まさかこんな都会のど真ん中で出会うとは。気が付けばもう信号は赤になりかけていて慌てて彼の手を引こうとすれば、その役目は先に手をがしりと掴んで歩きだした鯉登君に取られてしまった。慌てて横断歩道を渡りきると、いつもと同じように六本木交差点は車の海に飲み込まれた。仕事終わりでドンキに寄ってから帰ろうと思ったのだが、まさかこんなところで会うとは。それは彼も同じく思っていたようでいまだに掴んだ手を離さないまま、きらきらとした眩しい視線で私を見下ろしていた。

「鯉登君、元気だった?こんなに大きくなって…。」
「そっちも綺麗になったな…驚いた。」
「はは、君もお世辞を言うようになったんだね。」
「お世辞じゃなか…。」

音之進君はそういって真っすぐ私を見詰めてくるから思わず面食らってあはは、と頬をかいた。私の実家のすぐ隣に住んでいた、近所でも有名なお坊ちゃま君だった。家が隣だったし、特に彼のお母さんと私の母はスポーツジムが一緒だったのかかなり交流があった。元々鹿児島の人で、友達も少なかったらしく、未だに音之進君のお母さんとは親交があるようだ。流石に実家を離れた今では鯉登君とは全然会わなくなってしまった。この子が幼稚園から小中に至るまではよーく覚えている。彼の広大な庭に招かれて飼っていた犬とフリスビーをしたり、時には宿題を教えたりもした(彼の場合優秀な家庭教師がいたので正直不要にも思えたが)。
小学校は同じ学区ではなく幼稚園からの名門私立校に通い中学の頃から全寮制となり、週末にしか帰らなくなり、気が付けば家が至近だというのに疎遠になっていた。なので、私の中では彼の記憶は中学にまだ入ったばかりの、剣道に一生懸命なふくふくほっぺの可愛い音之進君で止まっていたのだ。もともと顔立ちはいいのだが、まさかここまでいい男になるだなんてと思わず感心してしまった。母親情報では海外に留学して今はいい会社に就職も果たしてばりばり働いていると聞いていたので、なるほど、と一人で納得できた。

「私よりも、音之進君の方が随分成長したように見えるけれど…お母さん鼻が高いだろうな。」
「いや、そう言うわけでもないが。それより、今から帰るのか?」
「うん。音之進君もこのあたりで働いているの?」
「ああ。本社がここに移ったんだ。そうか…この辺りで働いているのか…」

なぜかとても嬉しそうにそう言って彼はほうっと何やら物思いにふけっていたが、すぐにはっと再び視線を私に移すと辺りを見回した。

「時間がもしあるなら、夕飯を食べないか?」
「いいね。久々に音之進君に会えたし、色々近況報告したいね。」
「良かった。決まりだな!」

懐かしくなって、ドンキなんていつでも行けるしと気が付けば私は快諾していた。既に彼はゆっくりと歩きだし(なぜか未だに私の手を握って)どこで食べようかと話題が移っていた。六本木ならばいくらでもいいところはあるし、私も多少は知っているのでどこにしようかと思案していれば、彼はあっという間にどこかに電話をして予約を取ってしまった。

「知ってるお店?」
「ああ。接待でよく使う店がある。#name#の大好きなだしの利いた卵焼きが美味いんだ。きっと気に入ってくれるはずだ。」
「あはは、よく覚えてたね。」
「良く昼飯に作ってくれただろう。覚えてる。」

あれは本当にうまかった…と言って彼はさも嬉しそうに笑ったので思わず苦笑いしてしまった。昔私が作った料理なんてとても食べられたものじゃ無かったろうに。きっと思い出が美化しているのだろう。確かに、お休みの日には私の家で彼はよくお昼を一緒に食べていた。三つ上の兄と一緒に皆でカレーやオムライス、簡単な野菜炒めやお味噌汁、卵焼きなどを作って食べたのが懐かしい。

「どこのお店なの?私も行ったことあるかな…卵焼きの美味しいお店だよね?」

彼のおすすめのお店が一体何処なのか気になったのでそのように問いかければ、彼はすぐそこだと案内してくれた。

「すぐそこの『●●亭』だ。もしかすると行ったことあるかもしれんが…」
「うん、大丈夫。一般人はなかなか入れないお店だからいったことないよ(あそこ単価一人3万はくだらないけど大丈夫かしら…)。」
「そうか、よかった!」
「音之進君は相変わらずセレブなのね…」
「そうでもないが…嫌だったか?」
「ううん、むしろ超行きたい。お酒も飲みたい。」
「分かった!」

とりあえずいざという時にカードを切る心の準備をすると、週末だし、久々の再開だしとちょっとだけ気を大きくして、随分大きくなってしまった背中を追いかけ足を進めるのだった。


2018.07.16.
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