短編 | ナノ
土曜日の野間くん

「…ん」

ゴシゴシ目をこすって息を吐き出せば自分とは違う柔軟剤の匂いが鼻孔を掠めた。おでこに暖かすぎるくらいの人肌を感じて瞼をゆっくりと開けば、まだ見慣れない肌色が見えて一瞬目を見開いたが、次の瞬間には昨夜の色々の事が頭を過って今度は安堵の息を吐いた。ゆっくりと身体を起こせばシングルサイズのベッドはギシリと小さく軋んだ。閉じられたカーテンからは僅かに開かれた隙間から光が差し込んでいて、もうお昼近い頃合いだろうと予想した。横に落ちていたブラジャーとパンツにそっと手を伸ばそうとすれば、突然それまで静かに寝息を立てて熊のように横たわっていたそれはむくりと動いて、それから伸ばした私の手首をがしりと掴んだ。

「お、おはようございます…?」
「…んん」

寝ぼけているのかぼんやりと瞼を開くとぼうっとした目で数秒静止したのち、むくりと私の方に視線を寄越すと最初はじっと見ていた癖に突然バッと目を見開くと焦ったような顔を見せた。それから私と同じく昨夜のあんなことやこんなことを思い出したのかちょっと目を泳がせて、それでも掴んだ私の手首は離さなかった。

「おはよう…」
「おはようございます。」
「…もう、行くのか」
「いや、その、今日は何もないですけど、私は。とりあえず、下着着ようかな…」

なあんて、と言いながらいそいそと布団を胸元まで隠せば野間さんはじっとそんな私の様子を見たまま暫く何かを考えている様子だった。そして何を考えついたのか再び私と視線を交わすと突然掴んだ手をぐいと引っ張り再び自分の方に私を引き寄せた。

「の、野間さん?」
「じゃあ、もう少し、いいか」
「私は別に、でも、野間さん今日予定が、」
「あ。…そうか、」

思い出したかのようにそう言って徐に野間さんは手を伸ばすとベッドの脇に置いてあったスマホに手を伸ばしてさっさと慣れたように画面を操作したかと思えばそのまま再びスマホを置いてしまった。そして私の方に顔を向けると小さく口角を上げて、「俺も暇になった」とだけ一言のたまった。驚いて今度は私が目を見開けば、その隙にそのままするりと野間さんの腕が背中に回ってきてぎゅっと抱きしめられた上に足が上に乗ってきて、これでは身動きが取れない。困惑しつつもこの雰囲気に飲まれて私も両の手を彼の胸に付いてみればほんのり暖かくて女性の肌とは違って少しざらついているような、肌触りのいいような、男性の硬さを感じた。緊張してぎこちなく視線をやや上にあげれば見覚えのある眉の太い三白眼が私を見つめていて顔から火が出そうになる。
野間さんも最初こそは私と同じくらい緊張していたらしいが、流石にこの年齢とも慣ればこういうことも慣れているのかしれないけど、私よりも幾分かは落ち着いていて、いつもの何を考えているか分からない「野間さん」の顔になっていた。じっと見つめていれば彼の黒目がちな目に自分が小さく写っていてまるでどっかで見た陳腐なラブロマンス映画のようだと思う。お互い別に何も言わなくても自然にゆっくりと瞼を閉じてそのまま唇を近づければ静かに唇と唇が押し当てられた。仄かに昨夜のアルコールの香りが掠めて腹の奥が疼いた気がした。瞼をゆっくり開けば、すでに両の目をしっかりと開いてこっちをじっと見つめている野間さんが見えて思わずぷっと笑ってしまった。すごくキョトンとされた。

「寒くないか」
「うん。野間さん、体温意外に高いんですね」
「ああ。起きたばっかだからな。」
「でも本当によかったんですか?サバゲー、趣味なのに。」
「自分の彼女を置いていくほど俺は冷たい男でもないぞ。見てくれで判断するなよ。」
「ふふ。じゃあ、『野間さんの彼女』は安心ですね。」
「ああ。よかったな。」
「あ、今何時ですか?」
「11時過ぎ。」
「もうそんな時間か…でもお腹あんまり空いてませんね。ビール飲んでたからかな。」
「俺は結構空いた。」
「元気ですね。」

正午近くの日差しはすごく柔らかくて、カーテンの向こう側からこの薄暗い部屋に光を届けてくれる。ボールドの匂いがほんのり其処此処に感じられて、仄かな暖かさが相まってだんだん再び瞼が重くなってくる。息を吐いておでこを彼の方にくっつけて見た。彼は黙ったまま同じように目を伏せて眠そうに目をしぱしぱさせていて子供みたいでかわいいなと不意に思う。彼の胸においていた右手をそのまま滑らせるように動かすと今度は野間さんの頬に寄せてみた。彼の頬に刻まれた怪我をするりと撫でる。いつだったか、学生時代にこの怪我の事を質問したのにその理由を忘れてしまった。最初は目立つので顔が綺麗なのに気の毒だなと思っていたけれど、今はもうそんな事も思わない程に自分の中で馴染んで愛しささえ覚えてくる。「痛くないの?」と小さく問えば「全然」と小さく低い声で返ってきた。窓の外からは車の通る音や、時折子供の声、鳥の声が聞こえてくる。窓一枚隔てた向こう側は現実世界で、こっち側はまるで二人だけの時間が止まった世界のように感じた。

「何食べたいですか。冷蔵庫の中、何にもないですもんね。」
「…カレー食いたい」
「カレーか。カレーなら作れる。」
「料理苦手なんだっけか。」
「人並みには。でも、そんなに得意じゃないかも。野間さんの彼女失格?」
「いや。カレーとハンバーグさえ美味けりゃそれでいい。」

私がそれはよかった、と笑えば彼もふ、と小さく笑った。買い物にも行かなきゃだろうし、そろそろ起きようかな、と思ってクアッと伸びをすれば、それまで静かにしていた彼の腕がすっと動いた。そしてあっという間に私の胸の方に寄せられた。反射的に驚いてわっと声をあげて彼の手に自分の手を乗せて剥がそうとしたが、もちろんビクともしないし、何ならフニフニと甘える猫ちゃん宜しく両の手で乳房を弄び始めたのであっと変な声が出てしまった。

「く、すぐったい。野間さん、もう起きないと、」
「…もう少し」
「お腹すいたって言ったのに、」
「その前に、いいか?」
「ちょ、こんな明るい時間に、ひゃっ、」
「明るいからいいんだよ。」

昨日はよく見えなかったしな。不敵な笑みを見せると、そのまま胸を揉みしだいたまま噛みつくように唇を奪われた。逃げようにも片方の腕ががしりと私の肩を抱いて離さない。

「んっ、ん、ふ」
「あと一回だけ、」
「っ、」
「ダメか。」
「……ぃ、一回だけ。そのあとは絶対、起きるの、」
「ああ。腹も空いてるしな。」

満足げに口角をあげると、野間さんは私が吐息を吐いたタイミングを見計らって生暖かい舌を無遠慮にねじ込んできた。すっかり固くなってしまった私の胸の頂をくねくねと優しく片っぽの大きな手で捏ねながら、もう片方の手をそっと静かに、私のお腹に這わせて下の方下の方に伸ばしていく。気恥ずかしさに耐えてぎゅっと目を瞑りながらも、私も負けじと恐る恐る彼の下の方に、既にもう嫌という程主張しているそこに、そっと手を伸ばした。

2019.1.20.
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