短編 | ナノ
新書用

「あれ…あの俳優さん、ちょっと痩せました?」
「ん?…あーあ、まあ、少し痩せたかもな」
「大丈夫かな、病気?…癌??」
「何でもかんでも病気にしたら失礼だろう。」

蜜柑の白い筋を極限まで綺麗に取ろうと躍起になっていれば、横の月島さんにそれを見られて鼻で笑われた。何だかムカついて肘で小突いて見たが、案の定、ビクともしないので白い筋を極限まで剥くのも月島さんを揺さぶるのも諦めて息を吐いた。こんなにだらだらしていいのだろうか。蜜柑を咀嚼しながら思いつつも、この暖かい炬燵から出ることが出来なくて、こうして月島さんの筋肉に身を寄せてひたすらぬくぬくしていた。こういうお正月も悪くないだろうと思う。ふと視線を横にすればビールを飲みながらぼんやりテレビを見ている月島さんの横顔が見える。彼の横顔越しに見えた時計はすでに夕方を知らせており、カーテンの開いた窓からは橙色の柔らかい日差しが差し込んで炬燵のテーブルを照らしている。テーブルの上の無規則に並んだ蜜柑が日差しに当たるとキラキラ光っているように思えた。とても短い間だけど、この時間の世界は本当に美しいと思う。隣の月島さんはよっこらせと重たい腰をあげて炬燵から出るとキッチンへと向かった。

「あ、タンマ」

その背中に向かって言った直後「烏龍茶も取ってください」といえば自分でとれよな、と言う言葉をくれながらも戻ってきた彼の手には烏龍茶のペットボトルとビールの缶があったので静かに口角を上げた。

「こうして今年もだらだらしちゃうのかなあ」
「せめて目標くらい立てたらどうだ。今年の抱負を決めておけ。」
「抱負か。痩せる。」
「それ去年も言ってたろ。」

耳が痛いな、と思いながら烏龍茶をグラスに注ぐ。そういえば、昨年の年始も「痩せる」と決意して一緒に行こうと無理矢理彼が通っているジムに足を踏み入れその日のうちに入会したが、久しく行っていない。結局、生理だからとか、もう年末で忙しいからとかで理由をつけてしまってやめてしまった。とはいえ、続けていることもある。貯金は意外にできた。月島さんが無駄遣いしない人だから自然と自分もそうなっているのだろうと思う。逆に、月島さんは性格的に少しずつ丸くなっていっている気がする。同棲したての頃なんかは私が年下だからと言って舐めてたし、怒ると説教じみてくるけど(それは今もか)、最近は私の頼みごとを割にすんなり受け入れてくれるようになっている気がする。絆されてますね、と同じ職場の尾形さんに揶揄われて不機嫌だったけど、確かにそう思う。角がまあるくなったと言うか。一緒に住むと知らない間に影響し合うようだ。不思議だと思う。

「今年はー、そうですね、痩せる、ですね。」
「同じだな。どうせ来年も再来年も同じこと言ってるだろう。」
「そんなの分かりませんよ」
「分かる」

ふん、とバカにしたように鼻で笑うと月島さんはもう何本目かも分からないビールを流し込んでいく。もうさっきっからほんのり酔っ払っているようだったけど、そろそろもう夕飯もあるし止めようかなとぼんやりしていれば、月島さんはちらりと視線を私に寄越した。眠そうな目が橙色の日差しが当たって、普段はよく見えない虹彩が綺麗に浮かび上がっている。月島さんがその見てくれに似合わずとても美しい目の持ち主であることは、キスを幾度となく重ねてきた私がよく知っていた。西洋絵画でよく描かれる美しい湖や、海のブルーと水草の深い緑が混ざったような、絶妙な瞳を持っているのだ。付き合いたてにこの美しい色の名前を知りたくて調べてみたことがあったが、ヘーゼルでもアンバーでも、ただ単にグリーンと言うわけでもない色で、結局分からず終いだった。彼の色、としか言いようがない、そう思っている。強いて言えば、今年も彼のこの美しい目を側で見れれば、それでいいと思っている。まさか今年の抱負はそれ、なんて言えないけれど。

「月島さんの今年の抱負は?」
「ん…」

問いかければ私をじっと見つめたまま、暫し真面目に考えているらしかった。去年は確か『現状維持』(仕事においても恋愛においても、幅広い意味を含んでいるらしかった)だった気がするが、今年はどうするんだろうか。去年は彼の所属する鶴見部長の部署はなかなかの好成績で、今年は鶴見部長の海外出張が増えるのではないかと聞いている。その際には必ず月島さんも連れて行くはずだ。月島さんはお給料も上がったし、ボーナスも例年より弾んでもらってたから、きっとこれまで以上に仕事に力をいれたいはずだ。彼もまだ若いから、これまで以上に残業も増えるんだろうな。なんとなくそう思いながら手持ち無沙汰で結局蜜柑に手を伸ばし再び綺麗に剥いていれば、暫く黙っていた月島さんが再びビールに口をつけてそれからふう、と息を吐いた。

「結婚」

暫く私も脳の中での処理が追いつかず暫く黙ってしまった。たっぷり数十秒かけて脳内で今の彼の言葉の意味を咀嚼し何とか理解が追いつくと、思わず蜜柑を落としてしまった。慌ててそれを拾ってテーブルに置くと再び視線を彼に戻す。月島さんは黙ったままテレビを見ているが、ほんのりと耳と頬が赤い。こんな彼を見るのは初めてのエッチの時以来だと思う。顔赤いですね、と思わずいつもの調子で言えばようやく月島さんがこちらに顔を向けた。

「あの、えと、も、もう一回言ってもらって、いいですか」
「結婚。結婚するか」
「あ、…はい」
「ふ、即答か」

緊張した面持ちから一変、私が呆けた顔で言っていたからなのか、一頻り月島さんは顔を抑えて笑った。どう反応すればいいのか、正解は何なのか分からず蜜柑を持ったままワタワタしていれば、その手をすっと彼に握られて、蜜柑を退かされたかと思えば手のひらに何か託されて彼の手によって握らされた。そのまま手を解放されて恐る恐る掌を開けば、案の定、銀色の輪っかが小さく収まっていた。橙の日差しを浴びて一等綺麗に輝いている。

「薬指につけて欲しかったです…」
「我儘だな、ほら」
「…わあ、すご。…てか、いつ!?いつ持ってきたんですか!?」
「さっき」
「…そうですか」
「今更タンマとか言うなよ」
「言いませんよ!てか言えませんし。あの、」
「ん?」
「よ、よろしくお願いします。」
「ああ。宜しく。今年から忙しくなるぞ。」

だらだらさせないからな、そう言った直後ふ、と口角を上げる彼が何だか癪だ。うわ、めっちゃきざ、とか、ぶっきらぼうに寄越さないだけましか、とか、そういうコメントの一つや二つ、いつものように言ってやりたいのに、不思議と霞んでいく視界にそれさえままならなかった。
どうやら私の今年の抱負はもう、叶ってしまったらしい。

2019.1.10.
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -