短編 | ナノ
ついったお題vol.1(サボ)

◎サボ兄やん

「名前、お前本当は貴族のだったって本当か?」
「ええ、まあ。」

いつもにこにこしている彼が今日はどこか真剣な面持ちで目の前に座っている。こんな夜更けに珍しい来客だと先ほど部屋に彼がやってきたときは驚いて直様部屋に入れたはいいが、よもやこのような話をしにわざわざ来たのか。淹れたばかりの紅茶に口をつけることなう手持ち無沙汰気味になる私とは対照的に彼はどこか落ち着いた様子でカップをソーサーから話それを口に運ぶ。前から思っていたけれど彼はほかの男どもとは違ってどこか動作に気品があるというか、洗練されている。破天荒なところもあるけれど、育ちの良さを感じさせるフシがあった。私よりもよほど上級な生まれのようである。

「外腹の子ですけどね。母が幼い頃に死んで引き取られましたが、その家ではいじめられてばかりでした。もうこの年齢になってようやく自分の意思でここにきましたが、結構ツラかったです。」
「……そうだったのか。」

貴族のこと言っても結局外腹の子は世間に見せたくないという外聞を考えた父とその妻は私をよほどのことがない限り外に出さなかったし、最低限の教育は施しても本当の子供のように扱うことはなかった。それこそ雑務等はやらされるし皆がイライラしているときは鬱憤紛れに殴られることもしばしばだった。今でも右肩には酒瓶を投げられてその破片が当たった痕がある。そんなひどいことをされても逃げ出さなかったのは、行く宛がなかったのもそうだし、自分に自信がなかったせいもある。今はもうこの年になったのだから、多少判断力はあるので、後悔はしていない。むしろ私のような境遇をしている子供たちの身を案じ、権力に屈するマイノリティの力になりたい、とまとまりのない私の話をサボさんは静かにでも時折適度な相槌を忘れずに聞いてくれた。気がつけばもう夜中の零時を回っていて、彼もそろそろ暇するのではと視線を下げ気味に手持ち無沙汰になった手を動かす。

「痛いか?」
「え。あ、いいえ。癖です、ごめんなさい。お見苦しいところを」

キャミソールのあいだから見える肩の傷に無意識にやんわり触れていたらしく、彼に指摘されて初めて気がついた。恥ずかしい癖だし、傷を目立たせるのでやめたいとは思っているのだがどうしても治らない。

「名前、」
「はい、」

そろそろお部屋から出るのかと思って視線を上げれば、テーブルをはさんでソファに座っていたはずの彼が、気がつけば私の目の前まで来ていて、思わず肩が震えた。彼は座る私を見下ろしていたかと思えば、私の視線まで腰を下げて、そして突然私に手を伸ばした。

「うひゃあ、サボさん、どうしたんですか…」
「どうもしねえ。」
「(めちゃくちゃ真顔だ)」
「けど、」
「…?」
「少しこのままでいいか。」

いいか、という一応こちらの同意を伺うような言葉に聞こえるかもしれないが、そこにはたしかに今の状況に有無など言わせぬという語気が孕んでいた。それどころか彼は無言でその表情を崩すことなく肩を寄せたまま私の背中に回した腕を解く気配も感じられない。このままでは心臓が持たない。乳酸が出すぎて過呼吸になりそうだ。一体この人は今日に限りどうしてこのような行動をとっているのだろうか。同じ組織の人間とはいえ、No.2の人間が入ったばかりの新人に一体どんな心境でこのような行動に至ったのか、是非とも教えていただきたいものである。それとも何か、これが組織の挨拶というか通例なのか。


「あの、大変恐縮ですが私の心臓が持ちませんのでそろそろ話していただけると幸いです。」
「それはできない相談だな。」
「乳酸出すぎて死にそうです。」
「痩せちまうな。」
「ええもう小枝ぐらいになる勢いです。」
「それは困るな。俺は少し肉感的な方が好みだ。」
「別に知りたくなかったです……」

なんでこの人今日はこうもしつこいんだろう。

「俺もお前と同じだよ。」
「えっ」
「貴族だったんだ。」

腕の力が心なしか強まった気がした。彼の目は、どこか遠い昔を見ているようだった。


(2015.10.05.サボ「真顔で」「肩を寄せる」、キーワード「回想」、あれ、思ってたのと違う仕上がりに……。)
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -