短編 | ナノ
鯉登少尉と看板娘

「とても綺麗な姿勢をされてるんですね」
「…あ?」
「背筋がピンとされていて綺麗だなって思って…、すみません余計なことを」
「いや、そうじゃない、その、急に言われたので少し驚いただけだ……です。」

気にしないでください。どこかぎこちなくそういうと、目の前の青年は少し視線を逸らすと何処か金魚が水槽を泳ぐように視線を泳がせて、それからこほんと咳払いを一つなさった。その様子が何だか可笑しくて、しかしながらここでニヤニヤと笑うのも大変失礼なのは承知で口角を隠しつつ彼の隣にいつものように皿と湯呑みを綺麗に差し出すと、彼はん、とそれを受け入れるといつものようにまずはゆっくりと湯呑みのお茶を一口飲んでからホッと息を吐いて、それからお皿の上の団子に手を伸ばした。ふと視線を上げれば目の前の店はもちろん道ゆく女性が彼を見てはそわそわとした表情を浮かべて口元を隠しながら耳や頬を赤く染めている。本当に、色男というのは罪なものだなと感心しつつ、女将(母親)に呼ばれて一つ返事を返すと店に引っ込んだ。彼が店先で団子を嗜んでいる間、中では彼の注文をしたお団子を個数分包むので忙しいのだ。彼はいつも2、3日に一度我が店にやってきてはいつも決まった個数分、決まったお団子を注文する。それはどうやら彼のではなく他の誰かに渡すものらしいことは、彼と以前何度か一緒に来ている年上の軍人さんである「月島様」よりお聞きしていた。月島さんとは以前より面識があり、もう軽く世間話をするくらいの仲ではあるのだが、この今いらっしゃっている「鯉登少尉」とはまだまだ出会って間もない。彼は数ヶ月ほど前からこの店に月島さんと一緒に現れて、それからというものちょこちょこと1人で、あるいは従者を連れて現れるようになった(多くの場合は月島さんだ)。彼はお若いしお顔も整ってらっしゃるし、聞くところによるとお父様も海軍少将でいらっしゃる上に将来は指揮官を約束された優秀な方であるから、この街の娘たちの話題のマトになるのはそう難しいことではなかった。お陰で周りの店や近所の娘たちに彼は一体いつ来るのかと尋ねられることが多くなり困り果てていたくらいである。モテる男は大変だなあと思いつつ、平穏を愛する自分にはあまりにも住む世界が違う方だなあとぼんやり思う方であった。いつものように出来上がったお持ち帰り用のお団子を包みと一緒に持って来れば、彼はやや口角をあげて、それからそれを受け取ると大層大事に膝に乗せた。出来立てホカホカなのでほんのりと暖かく、まるで猫をお膝に乗せているような心地になるはずだ。彼のお膝は固そうだ。

「…剣道を、少し嗜んでいます。」
「はい?…ああ、それで姿勢がまっすぐなのですね。剣道には流派があると聞きますが、鯉登様は何という流派なのでしょうか。」
「示現流というものです。九州の方では少し名が知れております。」
「そうですか。武道を嗜む方は姿勢はもちろん精神も鍛えられているとお聞きしますから、きっと心もお強くてまっすぐなんでしょうね。私もそんな風に立派にならなければならないのに、見ての通りです。見習わなければ。」
「そんなことはない、私からすれば、あなたは既に立派だ。こうして母上と父上の家業の手伝いをしているではないですか。」
「そうするように言われているからですよ。私なんて、要領の悪い娘ですから、これくらいしかできなくて。器量良しの姉はさっさと嫁ぎましたが、見ての通り、私は売れ残りの、カピカピで硬くなったお団子みたいなものです。」

ふふっと冗談めかしく笑えば、自分の予想と反して目の前の青年はかぶりを振ると何やら神妙な面持ちで団子を持ったまま視線を落とした。彼の腰には立派な軍刀が刺さっていて、彼の言うようにいざとなればその「示現流」とやらを駆使して人を切るのだろうなあと他人事にぼんやり思いつつ、軍人さんは大変だとしみじみ思った。

「月島から聞きました。」
「はい?」
「このお団子屋さんには姉上と貴女しかおらず、今は姉上が嫁がれてこの家を切り盛りできるのが自分しかいないから、父上と母上の役に立てるように貴女はこうして奉公していると。」
「何だ、月島様ったらそんなことを。あれはお話の流れで冗談で申し上げたのに…。」

先ほど後にされた別のお客さんの後片付けをしておれば突然背中に声を掛けられてふと振り向けば、先ほどと同じように神妙な顔つきで私を見てくる見目麗しい青年将校様と目があった。傾き始めた午後の昼下がるの日が浅黒く傷ひとつない美しい頬をほんのり照らす。ふふ、と笑えば彼は少しだけ眉をひそめて、それから首を捻られた。

「そういえば、最近、月島さんはいらっしゃらないんですね、お元気ですか?」
「…月島軍曹はいつも元気です。心配には及ばない。」
「そうですか。最近は鯉登様がいらして下さるので母は大変喜んでおりますが、月島様もお元気かどうか申していたんですよ。月島様は前々から本当によくしてくださいますから。」
「そうか…」
「もちろん、鯉登様にも大変感謝しておりますよ。あなた様がいらっしゃると特に女性のお客様が来て下さるので大助かりです。看板娘の私なんぞより鯉登様の方が商売の神様に好かれていらっしゃるみたい。羨ましいですわ。」
「そんなことはない。貴女だって十分に神に愛されているではありませんか。貴女のように健気で美しい女(ひと)を、私は未だ知らない。」
「う、美しい…?」

私がギョッとしたような表情で彼に視線を向けたからだろうか、彼は私と目が合うと「きえっ」と一瞬声をあげて、それからそわそわしたように私から視線を逸らした。お育ちの良い方だと言うことは重々承知していたが、まさかこんなことをさらりと素直に口にされる方だとは思わなくて、それどころか御生れが薩摩だとお聞きした時点で、九州男児の、例の硬派で女性に厳しそうだという先入観があったのだが、本当に今の一言には驚いてしまった。が、それと同時に嬉しさが込み上げてきて、珍しく耳が熱くなるのを感じた。お世辞だということも勿論理解していたが、こういう方に言ってもらえるお世辞はご近所のおじさんに言われるのとでは訳が違うのだ。

「嬉しいです!鯉登様に言っていただいたと、後で皆に自慢していいですか?多分信じてもらえないかもしれないけれど。」
「そ、それは、少し勘弁してくれないか。」
「あ…そうですよね。ごめんなさい私、ただのお世辞なのに調子に乗ってしまって。」
「いや、誤解はするな、お世辞ではなくてだな。ただ、噂になって、もし、あの方の耳にでも入ったら…私はきっと二度と此処へは、」
「鯉登少尉殿、まだこちらにいらしたんですか?」
「月島軍曹!」

パッと視線を上げればどこか疲れたような表情を浮かべた月島様がいらっしゃって頭を下げた。彼は私には口角をあげたが、次に鯉登様をご覧になるとはあ、と小さくため息を吐かれたようだった。

「鯉登少尉、もうそろそろお帰りにならないといけません。遅いので迎えにきたのです。」
「月島様、申し訳ありません。私が鯉登少尉殿を引き止めてしまったのです。」
「いや、気にするなこちらのことだ。」
「そ、そうですか…」





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