短編 | ナノ
月島さんとサイレントナイト

『もしも、』
「お繋ぎ出来ません。ピーという発信音の後にお名前とご用件をお伝えください。ピー。」
『…もしもし』
「…………」
『どこにいるんだ。』
「…………」
『南口か?西口か?』
「…………」
『言わんと本当に知らんぞ。』
「…言いたくない。」
『何でだよ』
「…2時間も遅刻する人に言いたくない。もうクリスマス終わっちゃったよ。」
『…………すまん』
「いやだ」
『…………』
「…………」

時刻は0時を少し回ったところだ。袖を少し捲って見えた手首には薄桃色の文字盤にそう表示されていて思わずため息を吐く。そうすればスマートホンの向こう側の彼も少しだけ息を吐いて、それからコホ、と小さく咳を一つした。終電はとっくに過ぎている。寄り掛かっていたガードレールから体を離すとトボトボと人の波の中へと入っていく。新宿東口にいる人々は終電を逃して途方にくれる様子もなく、まるで夜はこれからなのだと言わんばかりに何処へ行くのか、行く当てはあるのかそれでも歩みを止める気配はない。すれ違うたびにどんどんと持っている紙袋が他人の足が当たってボコボコと歪んでいく。しかしそんなことなど気にも留めず前へと進んでいく。行く当てはない。耳に当てたスマートホンからは同じような雑踏の音が僅かに聞こえてくる。街に流れているBGMはすでにクリスマスソングはいつの間にやら消えていて、代わりに流行りの洋楽が流れてきている。まるでシンデレラの魔法が解けてしまったかのようにクリスマスが消えていくようで悲しかった。道行く人々も別段名残惜しそうにも見えないし、まるで今まで見ていた赤や緑色の美しい装飾の方が嘘だったのだというように何事もなかったかのように、誰も疑問を呈することなく進んでいく。何だか納得が行かなくて、巻いていたマフラーを口元まであげて歪んだ口元を隠した。マフラーの繊維がすっかりカサついてしまった唇に当たって歯がゆい。大きく咳きこめば電話の向こう側で彼が眉を潜めたのがわかった。

『飯食ったのか』
「食べてない」
『何処にいるんだ。』
「知らない」
『…遅れたのは謝る。頼むから教えてくれ。じゃないと埒があかんだろう。』
「今一生懸命心の整理をしてるから待って。」
『お前、一体何処で待ってたんだ?』
「いつものところって、言われたから…」
『まさか、こんな寒いのに外で待ってたのか!?』
「だって、いつものところって言ったから…」
『中で待ってろって、言っただろう…』
「すぐ来るって思ってた」
『悪かった…。だが、子供じゃないんだから中で待つことくらい出来たんじゃないか。』
「もういいよ。今日はやめよ。疲れたし、お腹ペコペコだし、寒いし、帰りたい。」

もう1人でもいい。そう吐き捨てるように言えば不思議と視界が霞んでいくのが分かった。グズグズする鼻を隠そうとマフラーを上げれば明らかに不審者のように見えたが、今はもう何もかもがどうでも良くて気にも留めなかった。



『ああ。帰るぞ。一緒にな。』

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テーマ「人外ファンタジー」
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