短編 | ナノ
リップクリームはいらない系男子サボ

「サボ、これあげる。」
「ん。」

はい、と彼女のもみじのような小さな手が差し出されたので反射的に自分の手のひらを差し出す。そうすれば自分の手の内にはころんと小さな筒状のものが転がっていた。

「口紅?」
「リップクリーム。」
「え、俺使わないよ?」
「男の人でも塗るよ。」
「俺使わないよ?(二度目)」
「うーん、私は暗にこれ塗って唇を常にプルプルにしておきなさいと言っているのだよ、サボ兄さん。君の唇はたまにカサカサしておる。」
「暗にっつうか完全に俺の唇がカサカサだって言ってるけどね。」
「塗ったらキスする時きもちいよ。」

何事もなかったかのように名前はそう言って新聞をめくる様子に思わずポカンとした。先に行っておくがここは自室でなければ彼女の部屋でもない。公共の場所なんだがと思わず苦笑いを浮かべ頭が痛くなった。目のあったコアラが自分と同じように苦笑いをしているのが視界に入って思わずため息を吐く。

「ふたりっきりの時に言って欲しかったな。」
「構わんよ。」
「こっちが構うんだけど。」
「私は構わんよ。」

ポケットに入れたら溶けるからね、一言そう言うと名前は「あーめっちゃトイレー」と言いながら鼻歌交じりで俺の肩をぽんと叩いて部屋をあとにした。

「…なんで俺あの娘と付き合ってんだろうな。」

俺が苦笑しながら一言そういえば、その場にいた全員がうんうんと頷いた。とはいえそんな彼女に自ら告白し、目に入れても痛くないほど彼女を愛しいと思っているのだから、恋とは実に恐ろしいものである。とりあえずもらったリップクリームは胸ポケットにそっと忍ばせた。







「で、リップクリームは塗ったの?お兄さん。」
「ああ、そういえば」

塗ってないや、と笑えば名前ははあ、とため息をついてその親指で唇をなぞった。とはいえ今さっきまで酒を飲んでいたし潤ってるはずなんだけどな、息は酒臭いかもだけどとぼんやり思いながら名前を見下ろし、戯れで片方の手を彼女の乳房に這わせる。お風呂上がりで生乾きの髪からは絶えずいい匂いがする。名前の唇がいつも柔らかくてツヤツヤなのはリップクリーム塗ってたからなんだなあと彼女の唇を見てぼんやり思った。そう思っておれば彼女は突然むくりと起き上がったので自分も自然と座る形となる。

「あれ、どこー」
「?」

彼女は俺のズボンのポケットをまさぐり始めたので何事かと思ったが、やがて俺の胸ポケットに手を突っ込むとああ、と合点が言ったように何かを取り出した。手には今朝もらったリップクリームがある。そういえば俺胸ポケットに入れっぱなしだった。

「ほんと未使用だわ。」
「嘘つかないよ。」
「もったいない、いいやつあげたのに。」

彼女はそう言うとそれを自分の唇に塗る。見る間につやつやになった唇を挑発的にちゅっと鳴らして見せた。色も匂いもないタイプだ。そしてリップクリームを律儀にまた俺の胸ポケにしまった。

「つやつやでしょ?」
「舐めれば平気だ。」
「舐めると余計にカサカサになるって聞いた。」
「さあどうかな?」

にたりと笑うとぺろりと唇を舐める。そして彼女の唇にそのままぶつけた。むちゅ、というやわらかさが伝わってくる。ついばむようなキスを何度か繰り返しておれば、やがて名前は自分の腕を俺の首に回し、膝の上に乗ってきた。とりあえずバランスを崩さぬよう彼女の背中に腕を回す。なめらかなリップクリームの感触がより濃厚に唇に伝わってくる。もはやリップクリームが自分の唇にも塗られていくような感覚だ。

「ね、いらないだろ?」

かちりと視線をあわせて笑ってそういえば、名前は「よだれはちょっとな、」と苦笑いした。

「まあでもたしかにベロチューすれば関係ないか。」
「そうそう。」

密着したまま再び布団の上に沈んで今度は深いキスをする。この分だと結局リップクリーム溶けるだろうな。


2015.09.24.
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