短編 | ナノ
不穏なヤクザ鶴見さんとお嬢さん

最近、夢を見る。大きな、そして美しい青い竜と目が合う夢だ。

「名字さん、大丈夫?」
「はい?…ああ。大丈夫です。」
「そう、ならいいいんだけど。ほら、今日…色々あったから。」
「お気遣いありがとうございます、お疲れ様です。」

30代の女性主任に笑顔でそう言われ口角を上げる。差し支えない様に丁寧に会釈をして早々にその場を後にした。そのままエレベーターから吐き出されるように降り、エントランスを抜けていく。会社を出て目の前の大通りを見回せば、見慣れた黒光りする車を見かけて思わず足が止まった。

「お疲れ様です、」
「ああ、お疲れ。今日もいい1日だったか?」
「まあまあです…」
「そうか。食事でもしながらゆっくり聞くよ。肉と魚、何がいい?」
「鶴見さんの好きな方でいいです。」
「そうだな…西麻布に知り合いのビストロがある。よかったらそこにしないか?」

肉が美味いんだ、そう言いながら鶴見さんは私が助手席でシートベルトをするのを確認すると流れるようなて手つきで車のエンジンをつけた。あっという間に車を走らせると、彼は目的の店へと案内した。東京カレンダーにも載らないような完全予約制というのがこの店の売りらしい。鶴見さんの言う通りお肉が美味しく、趣味のいいお店ですっかり気に入った。どんどん出てくる料理に目を回しながらも目の前の彼は慣れた様にロイヤルブルーティーのダージリンラジャをワイングラスで嗜み、そして綺麗にナイフとフォークを駆使してキラキラ輝くソースのかかったお肉を切っていく。私もそれに倣って肉を口に運ぶのだが、今日一日の出来事を思い出すと手が上手く動かせず、誤魔化す様に何度かワインをお代わりした。しかしそんな私を目敏い彼が見逃すわけがなかった。私と目を合わせると彼が目を細めて、それから冷たいミネラルウォーターをウェイターに頼んだ。

「平気か?」
「ええ。ちょっと酔いが回って来たみたいです。少し水を飲めば平気です。」
「そうか。ぜひデザートまで楽しんでほしいが、無理はしない方がいいだろう。食事がおわったら夜景を楽しもうかと思ったが、今日は早めに帰ろうか。…何かあったのか?」
「…実は今日、会社に警察が来まして、色々皆聞かれたりしたんですよ。…ここで話す内容じゃありませんね。」
「…いいや、気にするな。私が聞いたことだ。何か事件があったんだな。」
「わかりませんけれど、例の、営業の男性が数日前に失踪して、昨日、遺体で発見されたそうです。警察は事件と事故の両方で捜査しているらしいですが。」
「そうか…。君にストーカーをしていた加害者が、被害者になったのか…。いずれにせよ、犯人が早く見つかるといいな。」

鶴見さんの目が細められて私もそれを見据えながら小さく頷く。なんとかデザートまでたどり着き、コーヒーも飲み干すとシェフに世間並みの世辞と礼を述べて店を後にすると宣言通りそのまま家路に着いた。鶴見さんの気遣いで先にお風呂に浸かり身体を休める。湯船の中で自分の白身魚の様な陽に当たらない白い腹を見てなんとなく抓ってみれば鶴見さんの肌と違い締まりが無くて少し落ち込んだ。

「失礼、入っていいかな。」
「ど、どうぞ、」

浴室の扉の向こう側で衣擦れが聞こえて来たかと思えば、聞き慣れた低い声が耳に届いて思わずばしゃりとお湯を波立たせてしまった。先ほどまでリビングから聞こえてくるテレビの音に耳を傾けていて彼はリビングにいるものだと思っていたので、ここに来るとは思わなかった。自分の肌をこう明るい下で晒すのはやはり少し恥ずかしい。そうこうしているうちに彼は何事もなかったかの様に浴室に現れるとシャワーを浴び始めた。反射的に目を逸らしてしまったが、ここからだと鶴見さんの美しい身体を正面から眺めてしまえるので、此方が恥ずかしくなる程だ(彼はそんなことなど微塵も感じていない様だが)。意識を他のことに集中させようと瞼を閉じれば、シャワーの音の隙間から間遠にテレビの漏れる音が聞こえて来た。最近メインキャスターが男性から女性になったニュース番組だ。いつもの様に車の事故だの、海外で起きたテロだののニュースを延々と流し続けている。毎日、似た様な事件の繰り返しだと思う。シャワーの合間に鶴見さんと目があって、にこりと彼が笑った。

「たまにはいいニュースを聞きたいものだな。」
「ええ。…完全犯罪というものは、ニュースに上がらないものなのかしら」
「この世の中にはニュースに上がらない事件の方が多い。それに、ニュースに上がっても結局犯人が捕まらずに終わるケースも多い。」
「どうして。」
「さあ。ただ単純に捕まらないケースや、あとは意図的に警察が手を引くこともあるんだろうな。」
「意図的に。」
「色々事情があるんだろう。あまり深く掘り下げない方がいい事件も世の中にはある。若いからまだ納得いかんだろうが、知らない方がいいことがこの世の中には沢山あるんだよ。」
「…あのね、鶴見さん。私の勘違いかもしれないんですけど、」
「ん?」

シャワーの音がなり、静寂が浴室を支配し水音が大げさに耳の裏に届く。視線を上げれば静かにこちらを見下ろす彼と目があった。バスタブに向かってきた彼に手を伸ばせば彼は静かにその手を差し出した。優しく私の手を包み込むその手はいつもの様に冷たい手ではなく、仄かにお湯に当たって温度を帯びている。そのまま引き寄せられて思わずあ、と声を漏らせば彼はそのまま私を抱きしめて、それからお互い裸のままキスをした。驚いたと同時に何だか滑稽だな、と思いつつも、ゆっくりと瞼を閉じる。そのまま手を胸につけば濡れた肌が手のひらに吸い付く様に感じた。唇が離れて瞼をゆっくり開けば二重の美しい双眼が見えた。視線を下にすれば、湯気の薄く白い膜の向こう側に美しい龍が見えた。鶴見さんと同じ、美しい目をした青い龍だ。夢を見ている様だと思う。

「綺麗。」
「お前が望めば天にも登り地にも堕ちる龍だ。」
「…私にはそんな価値があるのかしら。」
「それは私にしか分かるまい。いや…」

分からな無い方がいい。そうきっぱりと言うと再び口角を上げて鶴見さんは慈しむ様に微笑んだ。ぎゅうと抱きしめられて、自然と龍に顔を埋める。湯気と熱い湯に包まれているとまるで龍に全身を巻きつかれた様だ。思考を止める様に瞼を閉じて間遠に聞こえるテレビの音に耳を傾けながら、そのまま暫くうっすら見える美しい青い龍が地を這う光景を頭の中でぼんやり想像した。

次のニュースです。昨夜未明、港区海岸の工場内で会社員の●●●さん(35)が玄関先で血を流して倒れているのを、巡回中の工場警備職員の男性が見つけました。●●さんは数日前から行方が分からなくなっており……ーーーー

2018.11.25.
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