短編 | ナノ
エースと始まりエースと終わる

小学生の頃から、新しいノートに書き込むときは、記念すべき一ページ目はきちんと書こうと思って緊張する質だった。それは今でも変わらない。服を新調した時は本当に新鮮な気持ちで、きちんと丁寧に使うし、手入れもきちんと施す。でもどれこもこれも、使っていくうちに、あるのが普通というか、当たり前になって新しみもなくなっていくと同時にどんどん粗雑な扱いになっていく。多分これは人間関係にも当てはまるだろう。気の置けぬ人との会話はだいたい砕けているし、とくに別段気も遣わないしブラックなジョークでも別段気にも止めず笑って流せる。
その存在が当たり前で気の置けないからこそ、粗雑になるというか、悪口だって冗談だって言えるのだ。私はもとより大金持ちの令嬢でもなければジーニアスでもないのでまあ暴言は吐くわ、やりたい放題だわで、自分でも驚く程に親しい人の間では本当に女のくせに荒くて適当な人間なのである。
それは家族や友人、親友は勿論、愛すべき恋人に対しても変わらない(態度はコロコロ変えず一様なのである意味平等である)。そんな感じで、何年もいると愛すべき恋人であろうがなんだろうが、最早親しき仲にも礼儀などなく、例のごとく長年連れ添った夫婦よろしく初々しい空気など流れるはずもなかった。だが、それがまさかアダとなるとは、今までの私は知る由もなかったのである。





「やばい、本当に、やばい。」

大事なので二回アナウンスを繰り返す。目の前の人物たちは一様に知らぬ存ぜぬといった冷たい態度を貫いている。これだけ人が顔色を悪くして申しているというのに実に薄情な野郎どもである。タバコを蒸す者、目の前の肉をしゃぶしゃぶするのに忙しい者、スマホをいじる者、いやはや個性の暴走とは恐ろしいものである。

「てか話聞けよ!」
「聞いてるよい。お前の言うやばいは大概やばくねえからな。」
「今回は本当にやばいんだって!」
「なんでだよい。」
「本当にこれはガチ。」

思わず興奮気味にそう言えば目の前のパイナップルは怪訝そうな顔をしてタバコを灰皿に押し付けた。そしてグラスに貼ったロックの焼酎を煽る。その一連の行動は実年齢よりも遥におっさん感を引き立たせている。それを言ったら、脚をげしげし蹴られた。恐ろしいパイナップルである。

「どうせまたただの痴話喧嘩だろ。喧嘩するほどなんとやらって言うだろう。」

そう言ったのはスマホをいじっていた顔に傷のある男である。彼はすでにスマホをポケットに終い、隣でダイ○ン並にしゃぶしゃぶの肉を吸引しまくる実の弟の加勢をし出し、お肉だのをそれこそ弟に負けず劣らずの吸引を始めた。人のことを言えた義理ではないが、コイツも大概適当な人間でなのである。

「俺と違ってエースは素直じゃねえところがあるからな。でもそこも名前にそっくりっつうか、まあなんだ、相性が合うんだろうよ。引き返せねえとこに行く前に謝ればいいだろう。」
「素直じゃないとかのもない以前にあいつ馬鹿なんだよ。」
「そう言えばエースもさっき名前の事バカだからっつってたな!」

頬をハムスターよろしく肉でいっぱいにしながら麦わら帽子はのたまった。なんだアイツそんなこと言ってたのか。実に腹立たしい。遺憾である。

「馬鹿っていうやつが馬鹿なんだよ!やーい!」
「だったらお前もだけどな。」

パイナップルはすかさず私に刺を指すとタバコを灰皿に押し付けた。そう言えばコイツの吸っているタバコは会うたびにコロコロ変わっている。でもいつも外国のよくわからない香りのいい上等なものを吸っているので、本当はタバコの臭いの苦手な私でもついつい咎めるのを忘れてしまう。右耳のピアスを弄りながら私がジト目で彼を見れば、彼は小さくため息を吐き、マロニーちゃんをつつきながら私に向かって再び口を開いた。

「お前も食えよい。」
「食べてるよ。てか食べてる場合じゃないし。」
「考えすぎだろい。お前もエースも単純なんだからあんまり頭使うな、体に悪いぞ。」
「馬鹿にしてんのかパイナップルこら。……どうせ他人事なんだよ、皆。」

私が日ごろ見せないほどにしょぼくれて言えば、しばし皆の間に沈黙が流れた。もぐもぐという咀嚼音と、店内のBGMがよく聞こえた。よりによってBGMは今流行りの失恋ソングであり、勿論たまたまなのであろうが、私の今のテンションを下げるのには効果は抜群であった。

「だいたい、十年以上も一緒にいといて、高校生並みの喧嘩を繰り広げられる方がすげえよ。」
「一緒にいる時間が長いから嫌なとこも目についてくるのさ。まあ、お互い様とは分かってるけど……」
「このままズルズルやってったら本当に別れちまって婚期逃すかもな。」
「何それ怖い。現実になりそうで怖い。てかそれそっくりそのままアンタに返すけどね!」

そう言えばサボは俺は心配ご無用だと余裕そうな笑顔を噛ましてくる。本当に腹立つやつだな、この腹立ちはエースに対するのとは別種類のいらだちである。

「え!エースと名前結婚すんのかよ!?」
「ルフィーくーん、話聞いてました?結婚どころかこちとら現在進行形で別れの危機なんですよー。」
「ええええ!マジかよ!?エースと名前別れちまうのか!?嘘だろ!?」

どうしよう違う意味で心労が、と思わず眉間をつまんだ刹那、ブルブルブルと勢いよくバイブレーションが鳴り響いた。皆が一様に私の目の前に置いてあったスマホに視線を送る。画面を見れば今話題の彼の人の名前が映し出される。

「ショートメール来た……」

誰から、とは言わずもがな。とりあえず指先で画面を操作してそれを無言で開く。皆その頃にはそれぞれの行動に戻っていたが、耳だけはしっかりとこちらを意識しているのがわかる。当初はなかなか操作になれなかったスマホも、今ではずいぶん慣れた手つきで開けるようになった。そう言えば私がスマホに変えたからアイツも渋々ガラケーを卒業してそれを機に同じ携帯がい者にしたんだよなあとか、今更なんでこんなこと思い出すんだろうと思わずブルーになる。

「なんて来てた?」
「…………。」
「名前?」
「…………。」

無言で顔を上げ、何も言わずに画面を皆に見えるようテーブルの上に差し出した。皆一様に肩を寄せ合って私の携帯の画面を覗く。その間私はそれと同時に荷物をまとめ、財布の中から一万を引き抜き、テーブルの端にポンと置いた。元より釣りなどいらない。

「ああ、おい!名前!!」

皆の制止を他所に、スマホを持つと、一気に個室を飛び出した。この先何が待っててどうなるかなんて知らない。だが兎に角、今、行かなきゃいけない気がして、私はそのことだけで今息を切らしながら階段を下っていくのであった。







『マルコ達と駅前で飲んでるだろ。話がある。駅で待ってる。



 これが最後だ。』


2015.09.04.
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