短編 | ナノ
タートルネック傷なし鶴見の海

「混んでるな…」
「休日ですもんね。」

そう言えば横目で私を見て鶴見さんは目を細めた。助手席の窓から見える景色は上野公園から見える紅葉と、沢山の人々だった。上野で西洋絵画の印象派の展示をやっていて人が多くなる事は最初から予想できたが、まさかこれほどとは思わなかった。駐車場の待機列は恐らく小一時間は待つ雰囲気だ。何を隠そう、今日は彼との初デートだった。数日前に彼は絵が好きか?と聞いてきたので頷けば、最近開かれたばかりの展示があるからと誘ってくれたのだ。さすが、チョイスが大人だなあと感心しながらも全然印象派に詳しくないし大丈夫かな、無知を晒して恥ずかしい思いはしないだろうかとちょっとだけ心配になった。

「(どうしよう…かっこいい…)」

心配といえばそれだけではなかった。いつもは会社でスーツをきている鶴見さんしか知らないのだが、今日は私服であった。タートルネックのセーターにオシャレでカジュアルな小物ですっきりまとめている。靴も歩きやすくてこれからいっぱい2人で色んな所に行く準備は万端だと言わんばかりの服装でドキドキが止まらない。鶴見さんがこんなにタートルネックお似合いだなんて聞いてなかった。渋滞で困ったお顔をしている鶴見さんも絵になるしもう私の美術館はいろんな意味で始まっていると言っても過言ではなかった。

「…うーん、しょうがないな。」
「あとたっぷり一時間はかかりそうですね。」
「あまりこの手は使いたくなかったが…致し方がないな。」
「?」

キョトンとする私を見て鶴見さんはパチンと小さくウィンクをすると、車のタッチパネルを操作した。突然見知らぬ女性の声が聞こえて鶴見さんはすぐにこの渋滞の状況を話し始めた。それを聞いていた電話の向こう側の女性はならばと言いながら突然ある道を指示し、車のナンバーだけ聞いて電話が切れた。直後、鶴見さんは突然待機列から抜けると、あっという間にまた車を走らせた。私が不思議そうに見つめていれば彼は再び口角を上げた。

「さっきの女性は東博の運営をしていてね。関係者用駐車場を使っていいとお許しが出たよ。」
「ど、どう言うご関係で?」
「はは、同級生だよ。この年になるとお互いそれなりのポジションになるものだからね。」
「すごい…」
「他の人には申し訳ないが、このままだとお腹も空いてしまうしね。」

ぱあっと顔を明るくさせれば鶴見さんはふふ、と笑われた。車は関係者以外立ち入り禁止の場所にたどり着くと、ガードマンがナンバーを見て迎え入れた(すごい)。かくして渋滞の海を抜けていざ行かんと車の扉を閉めれば鶴見さんが館内が冷えているから、といって暖かそうなストールを渡した。柄もチェックで可愛いし肌触りから高級な逸品であることがわかる。ぎゅっとすれば鶴見さんのいつもつけられている香水の香りもして身につけたら抱きしめられているようでドキドキする。

「鶴見さんは寒くないの?」
「私はこれを着ているからね。」

鶴見さんはそう言って襟を摘んでみせ微笑まれた。するりと手を握られてそのまま裏口から入館を果した。人が多く背の低い私が見えにくくてひょこひょこしていれば、彼がさっと前に行って手を引いてくれたのでゆっくり見ることができた。時折後ろから耳元で鶴見さんが絵画を指差し、「ご覧、あんな所に猫ちゃんもいるよ。可愛いね。」等と言ってきて心臓がキュンキュンした。たっぷり一時間半以上かけてゆったりと鑑賞を終えると、そのまま公園内のレストランでご飯を食べた。
夜は銀座のバーに行く予定で、それまでの間は時間を潰そうと公園内のスタバで飲み物を買い、美術展のお土産屋さんで印象派の文庫本を買ってみたので(鶴見さんも何かの本を買われていた)、それを読むことになった。紅葉が良く見えて比較的人の少ない静かな場所にあるベンチに腰をかけると、「君は膝が寒そうだから」と鶴見さんは貸してくださったストールを私の膝に掛けてくれた(初デートだからと言って張り切って短めのスカートだったのでとても助かった)。彼は隣に腰をかけると肩を寄せて足を組まれた。所作の一つ一つが絵になるし、まだ美術展は続いていたのかと興奮しそうになる気持ちを抑え、季節限定のさつまいもラテを一口飲んだ。

「美味しい…」
「ほう、一口いいかな?」
「えっあ、どうぞ!」
「…ふん、甘いな。こっちも飲むか?」
「い、いただきます…美味しい。酸味が少なくて好きです。」
「飲みやすいだろう好きなブレンドでね。」

まさかの間接チューを果たし(?)、読書の時間が開始された。意外に選んだ本が面白くて読み込んでいたが、チラチラと横目で鶴見さんを盗み見ては勝手にドキドキしていた。色鮮やかな紅葉をバックに秋の柔らかな午後の日差しを浴びて真剣な眼差しで本を読まれる紳士程絵になるものはあるまい。私が画家だったなら絶対にモデルにする(実際道行くマダム達もうっとりした表情で彼を見ながら通り過ぎた)。お膝も日差しもポカポカで、お腹もいっぱいだしその内にうつらうつらとしてきた。向かいの岩の上で茶トラの猫も丸くなってくあっと欠伸をしているのを見ていたら、平和だなあと思った。小一時間程経った頃合いでだんだんと眠くなってきて、目をこすっていればそれまで静かに本を読まれていた鶴見さんが小さく微笑まれた。

「眠くなったか?」
「…お昼の後だったので…すみません。」
「謝ることはない。少し、休むか?」

そう言って鶴見さんはあろうことかポンポンと自分の肩を叩かれたので思わずどきりとしたが、眠気に抗うことを止めて素直にお借りする事とした(鶴見さんの好意を無下にする方が申し訳ないし、うん)。近かった距離をさらに縮めてゆっくり頭を預ければ、鶴見さんは肩をかけやすいように体勢まで変えてくれた。鶴見さんの着られているタートルネックもふわふわで肌触りが良くてずっと頬ずりしていたいような気持ちになる。いざ彼にもたれ掛かればさらにポカポカして本当にこのまま意識が遠のきそうになりふああ、と大きな欠伸まで出てしまった。

「すみません…」
「構わないよ。時間になったら起こすから心配いらない。」
「ありがとうございます…」

いい匂いがするしポカポカするしで瞼を閉じれば程なくして夢の世界へと旅立って行こうと意識が離れて行くのを感じた。先ほどの茶トラちゃんの気持ちが分かるなあ、とぼんやり思った。ヨシヨシポンポンと額を撫でてくれる大きな手の温もりを感じながら微睡みを行ったり来たりしていれば、視界に映る世界が先程見た印象派絵画のように感じた。幾度と無く欠伸をすれば、頭上からふっと笑う声が聞こえた。

「ゆっくりお休み。…今日の夜はきっと眠れないだろうからね。」

優しい笑みの直後、耳元で悪魔が囁くような声が聞こえた気がしたが、夢か現か分からぬまま、睡魔に抗うことなく瞼を閉じた。


2018.09.25,
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