短編 | ナノ
タートルネック傷なし鶴見の海

「混んでるな…」
「休日ですもんね。」

そう言えば横目で私を見て鶴見さんは目を細めた。助手席の窓から見える景色は上野公園から見える色付き始めた緑と、沢山の人々が往来する道だった。休日ともなると流石に家族連れも多く、観光客の姿もよく見えた。上野の美術館で久々に西洋絵画の印象派の画家たちの展示をやると言うことで人が多くなる事は最初から想像していたが、まさかこんなに人で溢れかえるほどとは思わなかった。駐車場の空き待ちの待機列は恐らく後小一時間は待たなければ開かないような雰囲気を醸し出していて、後ろや前を見れば待ちくたびれた顔を提げた家族や恋人たちの様子が見て取れた。今日はそれを予見して早朝から鶴見さんが出してくれた車で来たのだが、まだ考えが甘かったようだった。お話をするのも何だか恥ずかしくて、カーナビの画面に映るテレビを見ていた。何を隠そう、今日は彼との初めてのデートだった。数日前に何処に行きたいと聞かれて迷いすぎて思考が停止していた私に彼は絵が好きか?と聞いてきたので頷けば、最近開かれたばかりの展示があるからとお気を遣われたのだ。さすが、チョイスが大人だなあと感心しながらも全然印象派に詳しくないけど大丈夫かな、無知を晒して恥ずかしい思いはしないだろうかとちょっとだけ心配になった。

「(どうしよう…かっこいい…)」

心配といえばそれだけではなかった。いつもは会社でスーツをきている鶴見さんしか知らないのだが(逆に鶴見さんは私のオフィスカジュアルしか知らない)、今日は私服であった。タートルネックにパンツにいつもつけているゴツい腕時計ではなくて(それもかっこよくて好きなのだが)、オシャレでカジュアルな小物ですっきりまとめている。靴も歩きやすくてこれからいっぱい2人で色んな所に行く準備は万端だと言わんばかりの服装でドキドキが止まらない。鶴見さんがこんなにタートルネックお似合いだなんて聞いてなかった。渋滞で困ったお顔をしている鶴見さんも絵になるしもう私の美術館はいろんな意味で始まっていると言っても過言ではなかった。

「…うーん、しょうがないな。」
「あとたっぷり一時間はかかりそうですね。」
「あまりこの手は使いたくなかったが…致し方がないな。」
「?」
「せっかく一緒にいるのに時間をあまり無駄にはしないほうがいいものな。」

そう言いながら私を見て鶴見さんはパチンと小さくウィンクをすると、スマホをコードに繋いでタッチパネルを操作し始めた。オーナーズデスクのコールセンターに電話するでもなく、個人名が画面に表示されて首をひねっていれば、突然見知らぬ女性の声が聞こえて鶴見さんはにこやかに会話をされ始めた。初めは良くある挨拶から始まり、そしてこの渋滞の状況を話し始めた。するとそれを聞いていた電話の向こう側の女性は(40代くらいの女性のようだ)それならばと言いながら突然ある道を指示してそしてそこに止めるように促し車のナンバーだけ聞いて電話が切れた。左ウィンカーを点滅させ突然待機列から抜けると、鶴見さんはあっという間にまた走りだした。私が不思議そうに見つめていれば彼は再び口角を上げた。

「さっきの女性は東博の運営をしていてね。関係者用駐車場を使っていいとお許しが出たよ。」
「ど、どう言うご関係で?」
「はは、同級生だよ。この年になるとお互いそれなりのポジションになるものだからね。」
「すごい…」
「他の人には申し訳ないが、このままだとお腹も空いてしまうしね。」

ぱあっと顔を明るくさせれば鶴見さんはふふ、と笑われた。車は関係者以外立ち入り禁止の場所にたどり着くと、門にいたガードマンがナンバーを見てにこやかに迎え入れた(すごい)。かくして渋滞の海を抜けていざ行かんと車の扉を閉めれば鶴見さんが声をかけた。

「人が多い関係で館内は冷房を強めているそうだ。これを持って行くと良い。」

そう言って手渡されたのは暖かそうなストールだった。首に巻いても肩にかけても良いし、座った時は膝にかけても良いだろう。柄もチェックで可愛いし肌触りからかなり高級な逸品であることがわかった。ぎゅっとすれば鶴見さんのいつもつけられている香水の香りもして身につけたら抱きしめられているようでドキドキする。私のために用意してくれていたらしい。

「鶴見さんは寒くないの?」
「私はこれを着ているからね。」

そう言って襟を摘んでみせるとするりと手を握られてそのまま裏口から入館を果たした。目立たないようにそそくさと展示会場まで入り込み何事も無かったかのように鑑賞をしていく。人が多く集中して背の低い私が見えにくくてひょこひょこしていれば、彼がさっと前に行って手を引いてくれたのでゆっくり見ることができた。黙って鑑賞もしつつ、時折後ろから耳元で鶴見さんが絵画を指差しながら、「ご覧、あんな所に猫ちゃんも描かれてるよ。可愛いね」と言いながら細やかな所まで教えて下さるので心臓がキュンキュンして仕方がなかった。

「疲れたろう。私の鑑賞が長くてすまなかったね。」
「全然!私もゆっくり観るのが好きだから、良かったです。」

たっぷり一時間半以上かけてゆったりと鑑賞を終えると、確かに立ちっぱなしだったからかちょっと疲れたしお腹も空いた。鶴見さんと上野公園を手を繋いで散歩していれば、同じようなカップルに沢山すれ違った。若い女性をはじめ、お年を召されたご婦人達までもが鶴見さんを見てうっとりしていたので、慌ててギュッと彼の腕を抱き寄せれば頭上からくつくつ喉を鳴らす音が聞こえた。紅葉が盛りを迎えて足元にも沢山赤や黄色の木の葉が絨毯のように敷き詰められている。そこを卸したてのブーツで踏んで行けばしゃりしゃりと音がした。秋の音だと思った。ふらふら歩いているというよりかは、鶴見さんはきちんと目的があって歩いているように思えた。ちらと視線を見上げれば、微かに口角を上げた彼と目があった。

「公園内に美味しいレストランがいくつかあるんだ。和食と洋食どっちがいい?」
「え、あ、ええと、和食でもいいですか?」
「わかった。」

咄嗟にテーブルマナーを要する洋食よりもお箸を使う和食を選んだ。鶴見さんが連れて行ってくださったお店は想像以上に素晴らしい隠れ家風の和食料理やさんで、ディナー時はきっと私ではなかなか行けないようなメニューが並ぶ名店だと思われた。店内は20席にも満たないが、落ち着いた雰囲気で古民家風を装いながらもモダンで精錬された内装で清潔感があり居心地がよかった。中にいるのは鶴見さんと同じような年齢か、それよりもちょっとご年配の方ばかりで、流石に若い子は行くにはハードルが高そうに思えた。ランチのコースを頼んだのだが、まるで和菓子のように可愛くてカラフルな逸品ばかりが素敵な器で運ばれてくるので始終ドキドキしっぱなしだった。思わず写真を撮ってもいいか鶴見さんに断ってしまった程だ(無論笑顔で快く許してくれた)。

「今日は何時まで大丈夫かな?」
「えっあ、何時でも…」
「ふふ、それはよかった。」
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