短編 | ナノ
タートルネックサラサラ佐一の山

「佐一くーん」

名前を呼べばこちらを見てぱあっと顔を明るくする好青年が見えてホッとしたのも束の間、その見慣れぬ出で立ちに思わずあっと声が漏れそうになった。彼の方まで駆け寄れば、彼は席を立って子犬よろしく嬉しそうに目を細めて背の低い私を見下ろした。

「よかった、場所分からないかなって心配してたんだ。」
「ううん。新国立美術館に行くのに何度かこの辺来てたから。それより佐一くん、なんか今日違う…」
「えっ、あっ…今日じつはお店で髪切った時にね、美容師さんが似合うよって…やっぱり俺らしくないよね、そうだよね、ちょっとトイレ借りて治してくる!」
「えっ!?直さなくていいよ、かっこいいよ!いつもの髪上げてるのもかっこいいけど、下ろしてるのも新鮮でかっこいいよ。モデルさんみたい!」

笑いながらそういえば佐一くんはうわああっと分かりやすく驚いたのち、少しだけ耳を赤くしてそれから一頻り視線を泳がせたが、こほんと咳払いを一つするとようやく落ち着いたのか私に座るように勧めた。休日のミッドタウンの地下エントランスは家族づれやカップルが多く、皆各々楽しそうに過ごしている。待ち合わせのディーンアンドデルーカも外も中も満席で、読書の秋らしく向かいのツタヤで本を買ってここでお茶や珈琲を楽しみながら時間を過ごす人々で溢れていた。

「あ、これよかったら…外寒いし走る前に温まったほうがいいと思って。」
「ありがとう!何味?」
「ほうじ茶チョコレート??だったっけかな、お茶とチョコレート好きかなあって。」
「大好き!いただきます。」

一口飲んでみればまだ温かくて甘党の私にはぴったりだし、秋らしいフレーバーだった。私の為を思って選んでくれたことも嬉しいし彼のこう言うさりげない優しさがすごく私は大好きだなあと改めてしみじみ思った。先ほどもさらりと言っていたが、デートのために彼はわざわざ美容室で身嗜みを整えてくれていたようだし、今日はいきなり意外な佐一君の一面を知れて尚の事嬉しかった。近頃お互い仕事が忙しくてなかなかデートが出来なかったのだが、久々にデートをしようと言うことで彼のバイクで鎌倉の紅葉を見に行く予定だ。三連休を利用した2泊3日の短い旅だが、前から2人で計画を練ったし荷物は先に送ってあるし、身軽でのんびりした旅にしようと決めている。バイクなら小回りが利くから、気になった場所に止めて紅葉を楽しんだり途中気になったお店に止めたりして寄ろうと思っている。鎌倉は有名な名店が多いので今からワクワクが止まらない。とそこまで色々考えていたのだが、ふと先ほどから視線を何度か感じたので思わず視線を通りにやれば、視線は私ではなくその傍の彼に注がれているものだと知り思わず目を見開いた。

「佐一くん、いつも以上に視線が…」
「えっなに?変な人いた?どこ??」
「いや、違う違う、道行く女の人が佐一くんちらちら見てるの!」
「ええ、なんでぇ?」
「かっこいいからだよ!佐一くん、タートルネック似合うのね。いいなあ。」
「えっそんな、俺なんかより、全然…」

とか言いながらもじもじ乙女のように独りごち始めた佐一くんに思わずクスクス笑ってしまった。さすが少女漫画に精通している彼だけあって女性の私よりも彼は時折乙女だ。なんなら私は少年漫画に精通しているから、いろんな意味で釣り合いが取れているのかもしれない。上司の尾形さんはそんな彼を見てホラーだろと言うが私にとってはそんな佐一くんも可愛いので大好きだ(痘痕も靨というやつだろうか)。私が言ってしまったからか頻りに佐一くんが周りを気にし始めてしまったので、頑張ってほうじ茶ラテを飲み干しそろそろ行こうと言えば「もういいの?」と言いながらも彼も嬉しそうにうんと頷いた。その前にお手洗いを済まそうとすぐそばのトイレに寄った。バイクに乗るなら髪を纏めようと鏡の前で格闘しているうちにちょっと遅れて出てくれば、いつの間にやら外国人の女性に話しかけられてワタワタしている佐一くんを見つけた(これだから顔がいいのは困る)。どう入り込んで行こうかと思案して立ちすくんでいるうちに私に気づいた彼が慌ててこちらに駆け寄って来たので思わず私もびっくりした。ぎゅっと肩を掴まれて驚く間も無く彼は片言の英語で「ディ、ディスイズマイガールフレンド」となんとか言えば、情熱的なお顔立ちのお姉さんは残念そうに肩をすくめたが、別段引きずる気もなく「オッケー、バアイ」と手を振って待たせていたらしい友人の方に歩いて行ってしまった。

「…かっこいい」
「ね…」
「佐一くんナンパされてたの?」
「えっあ、うん、そうみたい、でもなんて言われたか全然わかんなくてさ、怖いね、六本木って。」
「六本木は怖くないよ。怖いのはモテすぎる佐一くんだよ!でもあのお姉さんもかっこよかった!」
「ね!びっくりした!」
「私もあんなに情熱的だったらなあ。」
「えっ、ダメだよ。そんなになったら俺の心臓持たないじゃん。今でさえ心臓に悪いんだからね!」
「ふふ、そっか。」

ラテン系美女恐るべしと思ったのも束の間、やっぱりタートルネックのサラサラヘアー佐一くんは対外国人の女性にも非常に効果的な攻撃力を誇ることを改めて見せつけられて少しだけ焦ったのも事実だ。やはりこれは世間様に出すものではなかったのだ…。これは私と2人きりで居る時にのみ発動が許されるリーサルウェポンであると改めて思いつつ、ようやく彼がバイクを止めたらしい地下駐車場へと足を運んだ。いつものようにヘルメットを手渡されそれを被る(私のために彼が買ってくれたキティちゃんのフルフェイスで、猫耳がついた可愛いやつだ)。彼もいつものようにフルフェイスを被ればあのサラサラ佐一くんは一時的に封印された。ブウウン、とエンジン音が地下駐車場に響き渡る。それを合図に佐一くんに手を持ってもらって後ろに乗ると、落ちないようにぎゅっと彼の腰に腕を回して体をあずけた。この瞬間が実はとっても大好きだ。タートルネックサラサラ佐一くんは等しく皆に見られてしまうけれど、大きくて暖かい佐一くんの背中だけは横でおしゃべりしながらチラチラ佐一くんを見ていた女の子たちのものでも、彼にだけ視線を送って「行ってらっしゃいませ」と言っていたインフォメーションのお姉さんのものでも、先ほどグイグイナンパしてきた情熱的なラテン系お姉さんのものでも何でもない。世界中でたった1人、私だけのものだ。

「平気かい?」
「平気!」
「よし、行くよ。」
「うん、明日子ちゃんのお土産いいの見つかるといいね。」
「ああ。素敵な2人の旅にしよう。」

すごく気障なことを言いながら佐一くんのお腹に回した私の手にそっと佐一くんは手で触れるとぎゅっと握った。佐一くん恥ずかしがり屋の癖に時々気障なこと平気で言うから思わずドキドキしてしまう。私の心臓だってなかなか保つのが難しいのを佐一くんは知って居るんだろうかとぼんやり思って、ふっと笑ってみたが発進したエンジン音にかき消されてしまった。

2018.09.23.
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