短編 | ナノ
タートルネック尾形とデートで酸欠しそう

何処にいるのと問いかければ乃木坂のベンツカフェにいるとだけ言って何時ものようにスマホをブチられたのでむかっとしながらも大江戸線の駅の改札を出た。とはいえ、文句は今日のところグッと抑えて首をブンブンふると気丈に振る舞うよに務めた。今日は本来ならば全休でお休みだったのに急な外回りの命令が下り私の都合のせいでデートの都合が狂ったのだし、それでも時間をずらして会ってくれるという話が恋人尾形百之助に免じて足早に目的地へと向かった。地上へと繋がるミッドタウン直通の地下通路には休日だからかそれなりに人はいて、今シーズンは近所の新国立美術館でも人気の展示があるというから人が多いのも頷ける。今日はたまたま彼の住まいと私の職場が近いからという理由で六本木だが、尾形さんが車を出して箱根あたりに連れてってくれるらしい。1、2日分の着替えくらい持って来いとぶっきらぼうに数日前言っていたので、きっと温泉旅行に違いない。PCと仕事の資料と一緒にお泊りなので着替えも持って来たのだが、荷物が重いので急かされると億劫だったがわがまま尾形くんのためなら仕方ないと小走りで駆けていけば、店外のテラスに見たことのあるシルエットが見えて思わず手を挙げたその刹那、ある一つの違和感に気が付き思わず声が途切れた。

「あっ。尾形さ…」
「遅えよ、何時間待たせる気だ。」

約束の時間よりもたった10分ばかりの遅刻だというのに至極不機嫌そうにこちらを見てくる黒目がちの目とばちりと目があった。眉間にシワが寄っていることよりも何よりも先に私が気になったのは彼のその装いだ。あまり見慣れない出で立ちに近付いたはいいが席につくのも忘れて彼を見下ろしていれば、訝しげに眉をひそめてこちらを見上げる彼と再び目があった。

「何だよ。慌てすぎて意識だけ置いて来たか?」
「…いや、違うけど、尾形さん、今日どうしたんですか?」
「は?」
「その服…なんかいつもと違う…。」
「…寒いから。」

そう言って指で襟元をつまむとふいっと視線を彼は逸らした。タートルネック。確かにこの時期には相応しい代物だ。だがこんな色っぽいタートルネック(紳士)が存在していいものなのか…?と冷静に分析しつつ、手渡されたメニューに目を通した。勝手に好きなものを飲めとカードを手渡されたが何を飲めばいいのかさえいまの自分は難しくて、ちらりと見やれば彼はコーヒーを注文しているらしかった。同じものをと思ったが、そもそも苦いのは苦手なのでキャラメルマキアートを頼むこととして席をたった。コーヒーをカウンターで頼んでいる最中わかったことだが、外のテラスで彼はいい意味でも悪い意味でも悪目立ちしていた。だがそれも無理もないだろう。黒縁メガネにタートルネックのこんな歩くフェロモン見たいな男はそうそういない。道ゆく外国の女性でさえも彼を一定期間見つめていたし、店舗内で読書をしている女性も彼に視線を送ってはまた本に視線を戻すなどという行為を繰り返しており、私はだんだんとふつふつと湧き上がる衝動に思わず身が震えるような思いだった。そして何を隠そう本日私自身もタートルネックというまさかの丸かぶりを果たしたのだから恋人ってだんだん似てくるのかな。これってディステニー?と思わず頭の中で色々独りごちては赤くなったり青くなったりを繰り返した。完全に不審者だと思われて居ると思うが、席に戻れば何食わぬ顔でPCを弄る彼が見えて思わずホッとした。

「遠くから見てましたけど、やっぱり似合いますね。なんか…なんていうのかな、スティーブ・ジョブズっぽい感じ。」
「それ完全にこれ着て眼鏡かけてマック開いてるから言ったろ。」

馬鹿にしてんのかと暗に言われて思わず自分の想像力と表現力の乏しさに頭を抱えたくなったが、とにかくかっこいいということを伝えたくてひとまず自分を落ち着かせるように淹れたてのコーヒーをひとくち口に運んで一息ついた。上●クリニックと言わなかっただけマシだといつもの冗談で言いそうになったが、今は流石に喧嘩になりそうだったので流石に自重した。

「とにかく、かっこいいと言いたいんです!」
「最初からシンプルにそう言えばいいんだよ。」

そう言って彼はいつもの癖で前髪をなでつけドヤ顔をしたので思わず苦笑してしまった。休日の外苑通りは平日と変わらぬ交通量で、観光客が増すのかいつも以上に活気を感じた。この辺を歩く女性も男性も皆綺麗では槍を抑えた格好をして居るので流石に田舎娘の自分も少しは見習わなきゃなあと思わせてくれる。尾形さんもうまくこの空気に溶け込んでいて、遠くから見ても近くで見ても素敵な男性に違いないし普段から彼はセンスがいいのでお洒落なのだが、今日は格段になんか色気を感じる。ぴっちりと体に密着してラインが出る服だからだろうかと思う反面、変な女性がこれでは寄ってくるのではとの心配も浮かんできた。

「かっこいいですけど、あんまり着て欲しくないです…」
「なんでだよ。」
「だって、かっこよすぎて逆にエロいっていうか…、見知らぬお姉さんに逆ナンされちゃうかも。」
「………」

尾形さんは一瞬驚いたように目を見開いたかと思えば、次の瞬間にはいつもの人を見透かしたような笑顔を見せて笑った。そして「エロいってなんだよ、」と言いながら可笑しそうに口角をあげて、開いていたPCを畳んだ。そろそろ行くぞと言われてこくんと頷きコーヒーを持って席を立つと、ボストンバックを何も言わずに持ってくれた彼の背中について行った。

「車どこに置いたんですか?」
「そこのスタンド。洗っとけって言って置いといた。」
「(良い子は真似しちゃダメなやつだ)」

とぼんやり思いつつも彼のいう通りカフェから100メートルもない距離のガソリンスタンドに見慣れた車を見つけていそいそと車に乗り込んだ。自分の顔がクリアに見えるくらいには車体も窓もピカピカで旅行の始まりに胸が高鳴った。シートベルトをつけてるんるんと座っていれば横から視線を感じてちらりとそこを見やればじっとこっちを見る目があって思わずギョッと肩を震わせた(じっと猫の表に見るのが彼の悪い癖で心臓に悪いし暗闇だとただのホラー)。それを見ておかしそうに口角を上げる彼にきょとんとすれば、曲がってすぐ赤信号で停まって尾形さんが口を開いた。

「な、なんですか。」
「お前こそ、あんまりそれ俺以外の前で着るなよ。特に仕事。」
「え?なんでですか?」
「エロいから。」
「はい?」
「お前が着ると胸が余計に強調されるから俺の前でしか着るなって言ってんだよ。」
「えっ…あ、はい。」
「お前気付いてなかったろ。道行く男がお前の胸元ばっか見てやがるの。」
「え、うそ。」

と言いながら思わず反射的に胸を手で抑えれば遅えよと言われた(本日二度目だ)。

「ぜ、善処します。」
「ああ。もう少し考えてくれ。」
「も、申し訳ありません…」
「…まあ、どうせ箱根(ホテル)に着けばお互い脱ぐし、関係ないんだけどな。」
「は、」

何かを発しようと顔を運転席に向けた刹那、むちゅ、と唇に熱が触れて幽かに珈琲の苦い香りがして思わずめまいがしたかと思えば青信号で車はそのまま何事もなかったかのように発進した。忘れていたがこの人はそもそもタートルネックがあろうがなかろうがかっこいいのだと言うことを思い出して思わずホテル顔を抑えれば横からくつくつ喉がなる音が聞こえた。
×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -