短編 | ナノ
月曜日の鯉登君

「失礼しまーす」
「なっ…」

ばしゃーん、と音がして浴室の扉を開ければ浴室に急いで入って水を被る浅黒い塊がこちらをぎっと見ていた。私はハンドタオル片手にいそいそと現れればその塊はじーっと穴があくんじゃないかというくらいの眼力で此方を見ている。自分から勝手に入ってきたとはいえ流石に恥ずかしくなってえへっと笑いながらシャワーを浴びようとシャワーヘッドに手を伸ばせば、その手をがしりと塊に掴まれた。

「ないしよる、」
「一緒にお風呂に入ろうと思って。」
「…急に入って来っな」
「音君女の子みたいなこと言ってるね。」
「わいは男みてなことしちょっな」
「明日も早いし、速めに上がりますから。いいじゃない、恋人同士なんだし。節約になるし。」
「もうちょっと恥じらいを持て。女子じゃろう。」
「田舎に置いてきちゃったみたいです。」
「全然いたらんな」
「厳しい」

身体を洗い終えて湯船に入ろうとすればぶうぶう言いながらも音君こと鯉登音之進さんは私を隣に迎え入れた。そして彼はじっと不服そうな目を見つめていたが、なんだかんだ言いながらも自分の長い脚の間に私を迎え入れると後ろから手を回して私の肩に自分の顎を載せて遊び始めた。いつもは私がソファに座る彼の肩に突如ゲリラのように顎を載せてあぐあぐ口を動かしてはくすぐるのだが、やられる側になるのはちょっと慣れない。これ結構くすぐったいしたまに骨に当たると痛い(彼もいつもやめろと怒る)。調子に乗ってお腹のお肉をお湯の中で摘ままれるしやられたい放題だ。おまけにそんなに贅肉が珍しいのか耳元でふっと嗤う始末だ。いつも偉そうで尊大で自信たっぷりな態度だから時折私よりも年上だっけと錯覚するが、私の方が2,3個は上なんだよなあ、とこういう態度を取られるとぼんやり思いだす。私のお腹をむにむに弄ぶ手に自分の手を重ねれば両の手の指をぎゅっと握られた。

「私もジム始めようかな…音君通ってるのこのマンションの下のジムでしょ?私も利用できる?」
「使ゆっどん、続かんじゃろう。」
「音君にくっつけば続くかなあって…」
「止めとけ。アボカドんスムージーもやっちゅって結局続かんでジューサー棚に眠らせちょっくせに。」
「ばれてるばれてる。」
「わいんこっはないでん知っちょっど、無理すっな。」

音君はそう言ってくつくつ喉を鳴らして可笑しそうに笑ったので少しむっとしたが、図星なので何も言えない。彼は既に体もシャワーも終えたのか、髪もしっとりと濡れていて、つるりと水滴がその綺麗な黒髪を滑って水面にぽたぽたおちた。いい香りが彼の引き締まった肉体から匂いたつようで男の色香を感じる。若々しく張りがあって、いいなあとぼんやり思う。ゆらゆらと視界にうっすらベールを張るように湯気が絶えず立ってまるで魔法のようだ。イソップのバスソルトはいい匂いで、ぼんぼんの彼のチョイスだが、なかなかいい趣味だとも思う。

「月曜日から疲れましたよもう〜」
「そうか?」
「音君は若いから…」
「鍛えちょっでな」
「ねー。ねえ、ジムに若い女の子いないの?」
「おっど。皆テレビ見て始めたようなおなごばっかいだがな。」
「やっぱ流行ってるんだなー。」
「単純なおなごが多うてスポンサーは助かっな。」
「てか、音君かっこいいから、逆なんされるんじゃない?ましてやここのマンションに住んでるんだし…お姉さんは心配だよ…」
「人んこっより自分んこっを考え。」
「考えてるから言ってるんですよ。私のダイエットやる気スイッチどこなんだろ。音君代わりに探して。」

やる気スイッチ君のはどこにあるんだろ〜と歌い出せば突然、むにゅんと今度はおっぱいを弄り始めたので思わずその両の手をお腹の方に戻せば不服そうにふんすと耳元で声が聞えた。このマンションに併設されたジムは住人専用の部分と外部の人も使える共用部があって、男女差別なく使える。私も一度だけ実はお遣いの帰りに覗いてみたが、確かにその時も女性がいた(時間帯的におばさんたちしかいなかった)。彼はひいき目無しにしても(黙っていれば)カッコいいし、(黙っていれば)貴公子だし、(黙っていれば)エリートボンボンだ。しかもここに住んでるだけでお金を持っています、と言っているようなものだ。そんな若い男性を密かに狙って若いOLさんとかがこぞってここのジムの会員になっているらしい。会社の女の子達のうわさでよく聞く。彼のことだから絶対に声かけられてるけど、無視してるんだろうなあと容易に想像がつく。

「音君って本当にいい男だよね。」
「今更気ぢたんか。」
「ううん、最初から知ってたけど。」
「ふん」
「じゃあ、いい男にはいい女って相場だもんね。」
「じゃっで無理すっなって。」

そういってぎゅうううと後からぎゅっと抱きしめられて思わず変な声が出た。そしてやめろと言っているのに結局おっぱいをもみもみと揉みしだき始めたので思わずひゃっという高い声がでてうわっと手を抑えようとしたがそれも手で制された。そうすれば耳元でふっと笑われた。

「痩せったぁ勝手だが、がりがりんおなごは抱き心地が悪か。じゃっであんまりきばっな。」
「がりがりには絶対ならないし、というかなれない。」
「胸も小さっなっし、痩せてんよかことあんまりなかぞ。おなごは胸や。」
「もっともらしく言ってるけど、ただの変態発言なんだよなあ。」

むにむにとご丁寧に丹念に揉みしだきながら、長いおみ足でぎゅっと私をホールドしているので逃げられない。気が付いたら私は彼の「やる気スイッチ」を押してしまったらしい。とってもにやにやした顔で私を見下ろしている。

「やっ、ちょ、音君、こら。」
「やっ気スイッチ押せってゆたじゃろう。」
「親父ギャグか。」
「わいんやっ気スイッチん場所位、全部知っちょっでな。」
「ん、」

くにくにと乳首を両の手で責められて思わず顔を後ろに向ければぶにゅりと唇をぶつけられて、そこからにゅるりと舌を割入れられて暴れればがしりと片腕で肩をつかまれた。ばしゃばしゃと一際大きな水音がたって、それからはあはあといやらしい男女の荒い息遣いが浴室に響く。これ、隣の家の人に聞かれてないよな、と酸欠気味の頭で思わず思い浮かんでしまった。手もしわしわになったしそろそろ上がりたい…と思って目を開けば、白い湯気のベールの中にとろんとした目を提げたよかにせな貴公子と眼があった。私の心を読んだように口角を上げると、その自慢の筋肉質な腕で抱きしめてねっとりと耳の裏を熱い舌でなぞって囁いた。

「もう少しゆっくりしていけ。」

明日速いし速めに上がろうと思ったんだけどなあ。


2018.09.10.
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