短編 | ナノ
鶴見さんとお洒落なバーでまったりしたい

「そういえば、名前はあまり写真を撮らないね。」
「あー…そうですね。」
「今時の若い子みたいにインスタってやつはやらないのか?」
「登録しただけで更新してません。なんだか恥ずかしくて。」
「ふふ、今までのを投稿したらたくさん“いいね”が貰えるだろうに。……まあ、そういう事をしないところも好きだよ、私は。」

そう言って鶴見さんはグラスを口に付けた。虎ノ門ヒルズのアンダーズ東京のルーフトップバーは金曜日は驚くほどに盛況していて、この暑い季節には最高層ならではの涼しさとジャズの生演奏を聴きに来る通も多い。お洒落な雰囲気に圧倒されて驚きを見せつつも、店内に居た数多の外国の方(こういう系統のお店には日本人と同じくらい外国の方も多いようだ)が随分ドレスコードすれすれのフランクな格好で来ていたのでちょっとだけホッとした。

「私ももうちょっと砕けた格好で来るべきだったかな…。」
「いや、そのワンピースで正解だ。黒は女性の魅力を引き立たせるよ。」
「何か今の台詞…どっかで聴いたような。」
「『魔女の宅急便』」
「鶴見さん、ジブリ見るんだ…」
「金曜ロードショーでこの季節位にいつもやってるからね。」

意外な鶴見さんの一面に驚きつつも、視線を下にして自分の着てきたワンピースを改める。結婚式のお呼ばれ用程ごてごてではないが、かといって普段の仕事用にしてはあまりにも肌色が目立つ。夏のパーティー用にと数年前に買ったワンピースを引っ張り出したのだが、今更ちょっと恥ずかしくなってしまったのだ。先ほどまでこのルーフトップバーのすぐ階下にあるレストランで食事をしていたので、ドレスコードを気にして着てきた。鶴見さんはいつも私のことを褒めることしかしないから、近頃はあまり鵜呑みにするのもなあ、と思えてきてしまった(とか言いながら何時も結局まんざらでもなくて彼の言葉を素直に喜んでしまうのだけれど)。

「鶴見さんって意外に可愛いですよね。」
「この年になってそう言ってもらえるとは思わなかったよ。」
「魔女の宅急便の台詞覚えているくらいには見てるってことでしょ。」
「ジブリは名作が多い。」
「そうですね、私はキキも好きですけど、どちらかというと五月ちゃん派かなあ…」
「ふむ、そうだな…。私は菜穂子派かな。」
「ちゃっかり最近の作品も熟知している…」

私が再び驚けば鶴見さんはにこりと笑って、それからまたワイングラスをあおった。私はワインに疎くて、一体鶴見さんが飲んでいるワインはどこのものなのかさえわからなかった。鶴見さんはよくお酒を飲む。ビールも日本酒も飲むし、ウィスキーだって飲む。甘いお酒はあまり得意ではない。こうしてまるで異国情緒のある場所でワインを飲む姿もとってもカッコいいから絵になるし、バーでウィスキーを少しずつ少しずつ飲む姿もカッコいいし、和食料理のお店でしっぽりとおちょこを傾ける姿も、全部が全部絵になる。現に、先ほどから店内に居る若い子やそれどころか外国人の女性まで鶴見さんを時折ちらと見るのが分かる。私はその視線を見るたびに「うん、わかるわかる」と一人納得しつつ、こんな自分では未だに釣り合わないのだろうなと少しだけ、ほんの少しだけ落胆するのだった。

肩を並べてふかふかのソファに身を預けながら夜景とお酒が楽しめるなんてとても贅沢なのだが、何よりも私を喜ばせたのはこうして鶴見さんがさりげなく私の左手を握っていてくれることだ。私の小さくてふくふくした指と指の間に鶴見さんは自分の指を絡ませて親指でするすると私の手の甲をなでたり、ぎゅっぎゅっと力を入れてみたりして私の手を優しく愛撫するのだ。それがうれしくてうれしくて、単純な私はまたしても鶴見さんのことが好きになってしまうと本当は顔を真っ赤にして悶えたいくらいの事なのに、何時も通り微かに口角を上げてに焼けるのを我慢しながらお酒のせいにしてグラスを口に付けるペースをやや速めた。

「、」

ふと視線を右手に移せばこの最上階から望める美しい夜景を収めようと、年齢が同じくらいの年頃の女性たちが窓際で楽しそうに写真を撮っていた。友人同士なのだろう。楽しそうでそれに目を細めた。この52階から望むお台場や東京湾の景色は確かにそれだけで価値のある眺めだと思う。ただ静かに眺めながら鶴見さんに甘やかされて、ぼんやりする、こんな時間が私にとっては本当に幸せなのだ。だからインスタよりも、鶴見さんと一緒にいるこの瞬間をただ享受したいと思う。

「(もちろん、写真を撮りたい気持ちはあるんだけれど)」

ふと再び女性たちに視線を移せば、ちゃっかりインスタ映えなのか、今期の眼玉メニューのアイスバーの入ったカラフルでいかにもなカクテルを選んでいる辺りも抜け目ないのだなと感心しつつ、私も何となく夏を意識して選んだスイカの入ったブルーキーメロンのグラスに口をつけた。鶴見さんも彼女たちを見て私にインスタの話だなんて降ったのだろうかとぼんやり思いながら、ボーイさんが運んできたフルーツの盛り合わせのメロンを口に運んだ。

「あ、美味しい。」
「そうか。私も食べようかな。」

そう言って利き手を一時解こうとした鶴見さんの手を今度は私がぎゅっと握り返してやれば、ん?と彼が視線を寄越してきたので鶴見さんが口を開く前にずいっとフォークで刺したメロンを差し出した。鶴見さんは最初キョトンとしたように目を見開いたけれど、すぐに何かを察したのかにこりと口角を上げると素直に私が差し出したメロンをたべようと口を開いたので私は鶴見さんのお口めがけてフォークを動かした。メロンを咀嚼しながら確かに美味しいな、と言ってふっと笑った後に私の方に視線を寄越して再びにこりと笑った。

「私よりも名前の方が十分、可愛いよ。」
「…どうかな。」
「可愛い可愛い。」

そう言って口をもごもご動かす鶴見さんにちょっとだけ視線を外して火照る頬を隠すようにグラスに口をつけたけれど、結局繋がれたままの手を解くことは暫くなかった。

2018.07.14.
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