短編 | ナノ
ストーカーに追われる尾形にストーキングされる3

テレビのバラエティ番組の音が裏で聞こえてくるのに全然楽しい気持ちが湧いてこない。目の前の男は口内を侵しながら、器用にその腕でがっちりと私を捉えると、そのまま私に覆いかぶさるようにソファに身を沈めた。抵抗しようとしてじたばたすれば、大人しくしろ、と耳元で低い声で言われて思わず耳朶と背筋がぞわりとした。こんな意地悪な百君は初めてである。本気なんだな、と分かった時は既に遅く、彼はより深く、より絡み合うように舌を私の中にねじ込んで絡めて、もう離すまいと言わんばかりに酸素まで奪っていくようだった。じりじりと頭の中が酸欠で思考能力が低下していくのをひしひし感じた。指先から力が抜けていき、彼の体を退けようとじたばたさせていた足も終いには他人の物のように感覚を失いぐたりと投げ出された。舌先がひりひりして、百君の香水の香りと汗と、煙草とお酒の匂いに脳髄までくらくらするような感覚がする。ずしりと体にのしかかる男の体の重さに五臓六腑が圧迫されて悲鳴を上げているようだ。無防備に晒された大腿やブラトップだけの自分の体が男の体によって圧されてふにゃりと形を柔く変えて熱を帯びていく。

「…し、ぬ」
「………、」

絞り出してそう言えば、ようやく目の前の男は口を離した。焦点が合わず呼吸を荒く繰り返しながらぼうっと男の顔を見てみれば、光のない双眼が私をじっととらえて見下ろしている。無表情のまま見下ろされて何か一つや二つ言ってくれればいいものをと心の内で独り言ちて、溜息を吐きたくても息を吸うので必死で、吐くことが叶わなかった。彼は私の体にまたがるように上体を起こすと、片方の手で乱れた前髪を撫でつけた。

「……本気?」
「でなけりゃこんな手荒い真似しねえだろ。」
「死ぬかと思った…」
「死ぬもんか。」

そう言って百君は久しく口角を上げると、私の肩をぎゅっと握って力を込めていた手を伸ばし、私の口の端にだらしなく垂れていた唾液を親指で拭った。そして呼吸が整ってきたのを確認すると百君は腕を伸ばしてテレビを消すと、そのままソファから降りた。気が済んだのか、意外に解放してくれるのかと思いぼうっと彼を眺めていた。百君、と声を掛けたが、ちらと一瞥呉れただけで何も返してくれなかった。キッチンのウォーターサーバーの水をグラスに注いでそれを一口飲むと、グラスを持ったまま再び私の方にずかずかやってきて腕を伸ばした。そしてグラスに再び口をつけたかと思えば、伸ばした手をわたしの顎に添えてそのまま再び自分の唇を私に押し付けた。

「んぅ…」

開いた隙間からぬるくなった水が私の口内に入りこんで、押し出そうとしてもさらに熱い舌がそれを阻止して飲み込むより他ない。せっかく拭ってくれたのに再び口の端からだらりと一筋生ぬるい水が伝って、それから首筋に到達し、最後はするりと谷間を滑っていく。最期まで飲み干すのを確認すると、百君はふうと一息ついてようやく顔を離した。そして何を言うかと思えばあっけらかんとした様子でにこりと口角を上げると一言、「お前も喉乾いただろ、」と、寧ろいいことをしてやったかのような口調で言って退けた。驚愕してうわあ、と彼を見ていれば、彼はニコニコしたままグラスをテーブルに置き、そして横たわる私に再度近づき、首の後ろと膝裏に腕を差し入れると、そのまま何も言わずにぐっと私の身体を持ち上げて抱き寄せた。勿論、「重い」という言葉で釘をさすのも忘れずに。重いなら横抱きにせず結構ですよと、文句の一つや二つを言ってやりたかったが、こうして考えている間にも私を赤子の様に抱きしめてずかずかと寝室に運んでいく。この状況に思わず現実逃避をしたくなる。キスをして、お姫様よろしく抱きしめながら寝室に向かって、これから何をするかだなんて、お互い処女でも童貞でもないのですぐにわかることだ。ただ、まさかお互い陰部や脇に毛が生える前から裸も知っている幼馴染同士が、まさか満を持してこうして裸のお付き合いをすることになるだなんて思いもよらなかった。願わくば今までも、そしてこれからもそんなことは無い方が良かったのに、とふわりと自分のベッドに下されて、目の前の幼馴染の男に見下ろされながらぼんやり他人事のように思った。

「…百くん、本当にこれでいいの。」

自分でも驚いたが、ぽつりとつぶやいた声は自分が思っていた以上にこの暗闇が支配するベッドルームに響いていた。窓際に立ってカーテンを開け放ち(そもそもこれから行為を行うのになぜ逆に開けるのか謎)、ぷちぷちと自分のシャツのボタンをはずしながら黙っていた彼がその一言に反応して動きを止めた。そしてちらと私の方を向く。暗闇の中で窓から見える都内のフィラメントに照らされて彼の貌がぼんやりと照らし出されている。その表情は相変わらず何を考えているかわからない。するするとシャツと下着を脱ぐと、ドレッサーの椅子に乱雑に置いて、それからゆっくりこちらに近づいてきた。そしてベッドの上に上がると、私の頭のすぐ横に手を着き膝を立てて、覆いかぶさった。そして片方の手で私の顎を手に取るとするり滑らせて指の腹で撫でた。露になった上半身をまじまじと見て、こんな状況なのに冷静にいい体してるな、部活百君何してたっけ、ああ、そう言えば射撃とか剣道とか、その辺やってたなとか、おじいちゃんの影響で狩猟会に入るくらいには腕があったなとか思いだしていた。おじいちゃんの次は彼のおばあちゃんが思い起こされて、生前のお正月を一緒に過ごした思い出が頭の裏で断片的に浮かんできた。おばあちゃんがそうしろと言ったから彼は私と一緒になるとか言い出したんだろうか。そもそも私の気持ちもちゃんと聞いとけよ、と思わず怒涛の勢いに押されて突っ込みをするのも忘れてしまった。

「だいたい…百君、私の事ちゃんと好きなわけ?」
「ああ。」
「えっ」

意外な返答に思わず何も言えなくなっていれば、彼は無表情で私の頬を親指で撫でていた。そして呆けた顔の私を見てふっと笑った。

「安心しろよ。責任取るって最初に言ったろう。」
「好きか嫌いか聞いてるんだけど。」
「女子高生かお前は。」
「せめて気持ちぐらい聞かせてほしいんですが…てか私にももう少し聞くとか配慮を見せてほしかったんですが…」
「お前は俺のこと好きだろ(威圧)」
「ハイ」
「…余計な心配すんな。」
「…ハイ」

結局好きなのか否かを教えてもらえず、質問の答えを曖昧にしたまま再び私の唇にかみついた。確かに、今更好きだの嫌いだのだなんて、そんな野暮遣るのは彼の言う通り、女子高生くらいだろう。お互いこの年齢なら別段、好きです、嫌いですだなんて聞かずともお互い気分が高まったら肌を重ねる夜だってあるだろう。私とて普段はムードを大事にするタイプなので、いちいちこんな陳腐なやり取りは望まない。だが、殊にこの尾形百之助という男は一度はっきりさせねばなるまいか、とそう思ってしまったのだ。幼馴染同士だからこそ、壊したくない部分がある。そんな私の繊細な苦悩などつゆ知らず、百君はするりと私の頬をなでていた方の手を滑らせて、首筋、鎖骨をなぞり、谷間の間に入りこむように人差し指でブラトップをひっかけると、そのまま嫌らしい手つきでブラトップを引っぺがした。



2018.06.03.


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