短編 | ナノ
ストーカーに追われる尾形にストーキングされる2

「開けろ」
「『おきのどくですが けだものをとおすことは できません』」
「…合鍵で開けるか」
「えっ」

モニターに映る男が突然がさごそとポケットをまさぐるような風を見せたかと思えば、見覚えのあるキーホルダーと鍵が見えて思わずばっと玄関に走ってしまった。玄関の棚を改めてみれば、籠の中にあった合鍵(元彼に渡していて返してもらったもの)は其処に姿はなかった。明らかに画面の向こう側にいる男が手にしているのがそれだろうと思わずどきっとして、それからとぼとぼモニターの傍までくるとこちらをにやにや見詰めながら煙草を吸い始めていた男と眼があった。

「…マンション内は禁煙だから。」
「入っていいのか。」
「……………ドウゾ」

たっぷりと間を開けてからぽつりとそう言ってオートロックの解除をすれば、彼はふんと笑って、それから煙草をポケット灰皿で消してから入っていった。ああ、どうしようと思いながらブラトップを着て、それからまた洗面所へと急ぐ。お風呂上がりで髪を乾かして、明日は待ちに待った土曜日だし深酒してもいいだろうとお酒でも飲んでのんびりしようかなと思っていた矢先の出来事である。数日前に百君が女性と付き合い始めたと聞いてから改めて何となく連絡をするのも話をするのも気まずくて、おまけにその前に突然のセクハラ行為をされて咄嗟にぎゃあぎゃあいながら追い出したという経緯がある以上、会社でもできる限り避けていたわけだが、こうして家に来られては対策のしようがない。おまけに、いつ持って行ったのか、元カレに渡していて置いておいた合鍵までちゃっかり握られているとくれば逃げようがない。

「(幼馴染とは言え、上げなければよかったな…)」

はあ、と鏡の中の自分の顔を見て思わず顔を顰める。鍵の変更を視野にいれようと決意をしてドライヤーを付けて髪をとかしていれば、そのうちに軽快なインターホンが鳴ったのでドライヤーを消してそのまま重い足取りで扉を開ける。ゆうっくり開けていれば隙間からがっと手を入れられて、バッと強引に開け放たれた。うわ、と声を上げて一歩後ずされば、彼はにこりと笑って私を見下ろしていた。映画シャイニングのような恐怖感を覚えつつもお、お疲れと言えばお疲れと百君は返してくれた。そして当たり前のようにずかずか上がっていったので気圧されてうわあとその背中を見ていたが、意識を何とか取り戻して彼の革靴(とんでもなく高そうな)をそろえてやると、とぼとぼ彼が向かって行ったリビングへと向かった。彼はまたいつぞやのようにどっかりとソファに腰を下ろすと、ぽーんと向かいの椅子に鞄を置いて、それから足を組んでするりとネクタイを弛めた。足元には大きな紙袋が二つ。またお土産でも買ったのかなと思いきや、一つの紙袋の中には花束も見えた。何かパーティーでも行ってきたのだろうかとぼんやり思った。つけっぱなしだったテレビを暫くじっと眺めていたが、そのうちに喉乾いたとわめき始めたので仕方がなく例のごとく十六茶を出せば暫し大人しくなった。私は私で珈琲を用意すると、それを片手に向かい合うように座って、それからじっと伺うように彼を見た。

「(お酒と煙草臭い)」

花金。営業である彼がよく接待などのお付き合いで飲み会に行くことは知っていた。彼はこれでいて異例のスピードで昇進するくらいには優秀で売り上げの芳しい営業マンだ。だからこそ、会社でも噂に上るくらいには一目置かれている。見た目も雰囲気がある男になったし、もともと服や嗜好品などのセンスは悪くなかったことは幼馴染である私が良く知るところだった。だが、私の知らない彼の一面があることもこの会社に入社してから後から知ることとなった。彼は確かに仕事上では優秀なビジネスマンであったが、プライベートは割とはちゃめちゃだったようだ。まあ、稼ぐし若いしで女性関係が乱れることはこの年齢であればあるにはあるだろうと思っていたが、噂ではなかなかのプレイボーイで驚いたと同時に、まあ、百君ならそうかもなあと根拠はないがそんな気もしていた。彼は昔からどこか読めないというか、何を考えているかわからない節があったし、それは今でもそうだからだ。高校時代もそれなりに青春をしている様子だったが、キチンとお付き合いをするという概念が彼の中に抜け落ちているらしく、校内校外かかわらず何人かの女の子と関係をもっていたのだ。そこまではまあ良くあるモテる男みたいに思っていたし、私には別段被害はなかったので(百君のカノジョと自称する女の子に何度か彼の相談を受けることがあったが)、今まで気にしていなかった。それに、彼は私に毒を吐くことはあっても、それ以上傷つけてくることは今までなかった。素直じゃないから喧嘩してもなかなか謝ったり譲歩することは基本ないが、私が本気で傷ついて泣けば彼はきちんと謝るタイプの人間だ。だから、そこまで可笑しくひん曲がって育ってしまったとは思えなかった。一応、遊んでいても分別のできる大人だと、そう思っていた。

「(何かあったのかなあ……何処でどう間違えちゃったのかな。)」

ずず、と珈琲を啜りじとりと彼を見遣る。幼馴染にさえ手を出すほど彼は性に飢えているのだろうか、とそこまで考えて、待てよ、とふと頭の中で今一度思い起こす。彼にはそういえば彼女がいるではないか。じゃあ、本当に何しに来たんだ…と思わず眉間に皺が寄る。こんな、花金に一体何の用事があって彼女の元ではなく私の方に来たのか…。眉間の皺をさらに濃くして彼をにらんでいれば、彼は十六茶を飲み干し、そして私に久しく視線を向けた。

「ぶっさ」
「うるさい。何しに来たの。」
「別に。近く通ったから。」

それだけ言うと彼は手洗いたいと言って洗面台に行ってしまった。そして戻って来るついでに勝手に冷蔵庫を開けてスーパードライを手に取りグラスを2個とると、ずかずか我が物顔でまた戻ってきた。

「飲むだろ。」
「…一人で飲みたいんですが…」
「ほれ」
「無視された」

ビールの注がれたグラスを渡されて反射的に受け取ってしまった自分をぽかすか殴りたくなったが、彼のこの自由過ぎる振る舞いに完全にペースを乱されている。ここは私のホームだというのになんでこの男はこんな余裕何だろうか、だからこそ営業成績がいいんだろうなとか阿保らしいことをぼんやり考えて、それから一口ビールを飲んだ。テレビの中では人気芸人が流行りのネタを披露し場内の爆笑を誘うシーンが流れている。

「…何で急にキスしたの。彼女いるんでしょ。」
「………」

ダメだよ、そんなの。と言って彼をにらめば彼はちらりと私を見たが、すぐにビールの入ったグラスに口をつけて、それからまた視線をテレビに移した。他の男であったならば、たぶん私は合鍵を持っていた時点で警察を呼んだが、之が幼馴染というものの悲しい性で、情がある上に何かあるのであれば助けなければとさえ思えてしまうのだ。ましてやその相手は尾形百之助だ。彼の恵まれなかった幼少期やその生い立ちを知る者として、今は亡き彼のおばあちゃんに成り代わったような気持ちで彼の事情を知るべきだと、そう思っていた。もし悪戯なら、昔のように謝ってくれればくれればそれでいいと思っているし、何か事情があるなら話せばいいと思う。そういう気持ちでいれば彼は脱いだジャケットをぼふっとまた向かいの鞄を置いた椅子の方に置いた。シャツとスーツベストがあらわになり、彼はするするとネクタイを取るとそれもジャケットの上に無造作に置いた。お前ん家かここは。

「彼女じゃねえよ。」
「は?」
「あの女彼女じゃねえから。」
「あの女…ああ、あの営業の子、だっけ。じゃあ、何なの。」
「ストーカー」
「…なんじゃそりゃ。」

素直に引いた顔をすれば彼は私を見てふ、と口角を上げて笑った。ていうか、お前人のこと言えないだろ、私からすれば十分百君もストーカーなんですが…と言いかけてぶんぶんとかぶりを振った。

「あ、とりあえず鍵返して。」
「お前、最近合コン行ったろ。」
「全然聞いてないし。行ってないし。」
「嘘つけ。六本木の相席や行ったろ。」
「…何で知ってんの。」
「俺もそん時別の席にいたから。たまたま。」
「なにそれ、声かけてよ。」
「やだよ」
「ええ〜」

いつのまにやらまた百君のペースじゃん、と別の意味でもショックを受けたが、知り合いに相席居酒屋にいるところをみられていたのもなおショックだ。弁明すれば、私が行きたがったわけではなく、同僚の付き添いで行ったのだ。それに、小一時間くらいですぐに出ていったので、本当に一瞬で一組の人としか話していない気がする。一週間以上も前の話であるし、そもそも、百君もいたのかよというさらなる衝撃に思わず顔が引きつってしまった。彼女いんだろお前とじとりと視線を向ければ彼は空になったグラスにビールをまた注ぎながら口を開いた。

「まあストーカーと初めて会ったのも、そこなんだけどな。」
「へえ、」
「俺を追っかけて会社まで変えたんだぜ。笑えるだろ。」
「こわ、それマジ?」
「マジ。」
「ええ〜、それって…本当にストーカー、なの?」
「だから言ったろ。」
「…嘘っぽいから。」
「俺だって嘘だと信じてえよ。」
「でも自分から行ったなら自業自得じゃ…」
「行きたくて行ったんじゃねえよ。クソ上司に連れてかれただけだ。」

百君はそう言うと心底嫌そうに声を上げてぐび、とビールを飲み込んだ。ふーん、と半信半疑で変事を返しつつ、でもキスをしたことと、彼がストーカーに会っていることはそれとこれとで話は別だよな、と脳裡に浮かんでそうだそうだと心の中の自分がうんうんと頷いた。

「今もようやく撒いたんだよ。まだその辺に居んじゃねえか。」
「怖いよ!何でここに来たの!?」
「ここしか思い浮かばなかったんだよ。」
「…百君、昔から友達少なかったもんね。」
「五月蠅せ」

彼があまりにもコミュ障だったため、「百君のくせに友達百人いないじゃん」、と小さいころ弄っていたのをぼんやり思いだして、ぶ、と笑ってしまった。そうすれば彼は不服そうにじろりと横目で私を睨んだ。

「笑ってる場合じゃねえよ。お前だってばれたらあぶねえんだぞ。」
「マジでなんでここに来たの怖いんですけど…」
「安心しろ、ここ二重オートロックだろ。」
「そういう問題じゃなくない?てか、警察や会社に話せば?」
「世の中男に厳しいんでね。」
「…まあ、何かないと動かないよね。」
「………」
「てか、それとこれとは関係ないって言うか…。ストーカーの話はまず置いておいて、何であの時キスしたの?何?性欲が爆発したの?」
「お前と一緒にすんな。」
「私は爆発しても分別ある大人のレディなので、恋人でもない人にキスはしません。」

そう言ってふん、とすれば彼は馬鹿にしたように鼻を鳴らした。そして二本目のビールを冷蔵庫から持ってくると、自分のグラスに注いで私にも注ぎ入れてやろうかと言わんばかりに差し出してきたので、私も黙ったままグラスを傾けた。ちょっと離れていた時には気が付かなかったが、煙草や酒の匂いに交じって、かすかに彼が付けている香水のいい香りが首筋から香った。彼は私のグラスに注ぎ終わると、缶に残っていた残りのビールを直接缶に口をつけて飲み干して、それからどかりと私の隣にわざわざ座った。ソファがより深く沈んで肩に百君の肩があたる。よいしょとどこうとすれば、なぜかそれは彼の手によって阻止された。イタッと声を上げれば百君は何事もなかったかのようにまた口を開いた。

「つうかお前全然気が付かねえなおい。」
「え、何が。」
「今日俺誕生日。」
「…ま?」
「………」

まさかの発言にテーブルの上に置いておいたスマホを改める。よく見れば今日は確かに尾形百之助が生誕したその日付であった。そして、先ほどちらと盗み見た紙袋の中の花の意味をようやく知ることができた。そしてあははと頬をぽりぽり掻きながら「はっぴーばーすでい☆」と小声で言えば彼は心底遠くを見るような深い瞳で私を見下ろした。心なしか、私の肩を握る手にぐぐぐと力が込められた気がする。そもそも今まで別段誕生日だからって何かを強要するような輩ではなかったのに、今日に限って何なんだと思った。いつもはお互い数日過ぎてから誕生日だったなあと気が付いて事後にこの間は誕生日おめでとう、とか言って適当にラインでスタバの券とか送って終る感じであった。であるのになぜ今日に限ってわざわざ私の家に来てまで主張するのか。そんな繊細な男ではなかったはずだ。ぐるぐる色んな考えや憶測が頭の中を駆け巡って混濁する。そんな感じで顔を赤くさせたり青くさせたりする私を暫く見たのちに、はあ、と溜息を吐くと百くんは漸く口を開いた。

「『お前と俺に恋人がいなくて、俺が30手前になったら、お前を貰ってやる』」
「…は?」
「前に言っただろ。」
「え、なにそれ、」

あまりの突然の告白に頭をひねる。もうこうなったら肩を掴まれた痛さ云々どころではない。彼は至ってまじめにそう言ってそれから横目で私を見た。ふざけた感じはかけらもなく、それがかえって私の恐怖心を煽った。昔から何を考えているかなんてわからない男だったが、ここまでとは思わずうわ、と思わず顔に出してしまった。だがそんな私のドン引きした態度をこれっぽちも気にしていない百君は、私に弁明するどころか、顔きも、とまで言って退けた。おい、お前今確か『貰ってやる』とか言った手前だぞ。良くも言えたなキモイだなんてと別の意味でも怒りを覚えつつ、それから思いだそう思いだそうと頭をフル回転させた。

朧気ながら一つの記憶が思い起こされてきた。あれは確か、彼のおじいちゃんが中学校の頃亡くなった時に、彼の家で通夜を営んでいた時のことだったと思う。まだ学生だった私と百君は制服を着て、棺桶に安置されていたおじいちゃんの守役として二人で座敷で静かに待っていた。一頻り挨拶の足が落ち着いてきた頃合いに、ねぎらいにと彼のおばあちゃんがお茶とお菓子を運んでくれて、隣の座敷に移動して三人でお茶をしていた時だ。私がそれとなしにおばあちゃんに一人になって寂しいか、と心配して聴けば、「百之助がいるから。」と力なく笑ったのを思いだした。そして、次の瞬間、彼のおばあちゃんは私と百君に対して、こうも言った。「二人で一緒に居なさい、大人になっても一緒にいてね」と。その後、お饅頭を咀嚼してずっと黙っていた百君が突然、何かをつぶやくようにぶつぶつ言っていた気がする。朧気だったし、小さな声だったから何を言っていたかは定かではなかったが、それを言った直後、子供には似つかわしくないような不敵な笑みを見せていたのが印象的で、その当時、私は初めて彼が少しだけ、怖いなと思ったことを思い出した。流石に昔すぎるし、あの時は通夜で回りも喪服や弾幕も全部真黒で、その雰囲気に怖がっていたのだろうと思っていたが、確かに今覚えばあの時の百君も十分怖かった気がする。まるで何かの呪いをかけた様な、そんな呟きを聞いてしまったかのような感覚がした。まさか。そう思って彼を見上げれば彼はじとりとした光のない目で私を見ていた。

「思いだしたか。」
「…あんまり。」
「約束は守れって、お前よく俺に言い聞かせてたよな。」
「………」
「俺は約束を果たす。安心しろよ、責任は取る」

そう言ってごくりとビールを飲み込んで、それからあの時のように不敵な影のある笑みを見せた彼にぞわりと背中が浮いて、それから少しだけ額に汗をにじませた。

「…そのストーカーより百君が怖いよ。」

素直にそう吐露してふるふる肩を震わせていれば、彼は緩やかな手つきで私の手を取り、そのままいつぞやのように覆いかぶさって私の唇にぶにゅりと自分の唇を押し付けてきた。


2018.06.03.


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