短編 | ナノ
エース隊長にひっついて寝る

「…あんま布団引っ張んなよ。」
「はい。」
「あんま押すなよ。」
「はい。」
「…あんまくっ付くなよ。」
「え」
「熱ちぃからだよ。」
「はあ、」


窓の隙間からは、やんわりと柔らかな月明かりが差し込み、私たちのブランケットから出ている肌を照らした。互いに背中会わせになって、ベッドから落ちないように縮こまりながら横になっていた。安宿の、シングルベッドは所々に小さな穴があり、動く度にいちいちスプリングが軋む音が響いて、あまり安眠はできない。気休め程度に真っ白なシーツを敷いただけの簡素なベッドの上で、何故付き合ってもいない男と女が二人で眠むることになったかと言えば、色々と複雑な事情がある。簡単に説明すれば、特務で隊長のお供として何故か私がついてゆくことになったのが始まりだった。今考えればその時点で何もかもが間違っていたんだと思う。当分は船に戻れないのも解っていたし、お金もあんまり持っていない訳だから、少なからず野宿や運が良ければ宿で同じ部屋でも別々に寝れればいいやという程度な思っていたのだが、この宿にはシングルベッド以外寝れる場所はなく、狭いし、床は冷たいコンクリートで何も敷かずに眠るのは余りにも可哀想だしということになって、二人で話し合った結果、今の状態に至ったわけだ。まあ、別に卑しい気持ちを持たなければ何も問題は生じないだろうし、一晩だけだし、と軽く思っていた。だが、よくよく考えてみれば、私は間違った判断をしてしまったのかもしれない。幾らその気がないからといって何もされない保証も何もしない保証もない。年頃の男女の性欲というのは自分自身でも計り知れないぐらい恐ろしい程に強く、制御が効かないものなのだ。だがもう今更すぎた。

ああ、どうしよう。

緊張してなかなか眠れない。今更だけどエース隊長カッコよすぎるんだが。


「……………。」


ゆっくりと後ろを振り返れば、大きな背中が見えた。筋肉質で、凄く頼もしそうな、背中が、呼吸する度に動いている。月明かりに照らされて、エースの背中とうなじが、いつもより明るく白く浮かび上がっていた。彼は隣には同じぐらいの女がいると言うのにぐっすりと安心しきったように眠ってしまったようだ。良かったような、女として認識されていないのか、少し寂しいようなモヤモヤした感情が心の中で混ざり合っていた。彼の背中を見ているうちに、何やら変な気分になってきた。酷くその肌に触れたいような、くっ付きたいような。

「……何考えてんだろ、私。」

はっとして、心の中に湧いて出てきた邪心を消し去るようにぽつりと呟いた。真っ暗で静謐な部屋で、酷く響いた。だが、一度生まれた感情は、なかなか消えてはくれなくて、私を苦しめた。まさか私がこんなにも嫌らしい女だったなんて、と幻滅している自分がいる一方、ちょっとぐらいいいんじゃないかな、なんて甘やかしてくる自分が、心の内で葛藤を繰り返していた。

「……………。」

黙ったままゆっくりと彼に近付いてみた。スプリングがわずかに軋む。やはりぐっすり眠っているせいか、私が近付いたのも気付いていない様子だった。ゆっくりと自分の額を背中にくっ付けてみた。暖かい温度がおでこいっぱいに広がってゆく。そのまま両手もくっ付けた。さっきまでは緊張で強ばっていた身体が、まるで氷が溶けてゆくように、彼の温もりで緊張がみるみるうちに解けていた。ああ、隊長がこのことを知ったら顔を真っ赤にして、酷く動揺して馬鹿野郎っていうだろうな。「くっ付くなって言っただろ!」って、怒るに違いない。バレた時の言い訳の内容を考えているうちに、だんだん自然と瞼が重くなってきて、安心したように瞼を閉じた。おやすみなさい。


2010.08.18.
2015.07.25.加筆.
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