短編 | ナノ
夜がこわい女の子と優しい月島さん

くああ、と欠伸をすれば隣の同僚の杉元君がが「メッ!」といった表情で肘で小突いた。会議も始まって分も経過していたが、問題が解決に向かっているとは思えない。それどころか悪戯に時間が過ぎていくような気さえする。隣を見れば左横で白石さんが爆睡していたのでもうどうでも良くなってきた。時計を見ればあともう少しで定時を回る。だが今日はそう簡単には帰れない。今日は金曜日なのに。今日はひと月ほど前から企画されていた会社の同部署の人間同士の飲み会が催される。それを思い出せばうれしいような、なんだか長い一日になりそうな、そんな予感が頭の中でぐるぐる回って思わずあくびが出てしまうのだ。うちの会社は女の子や新人がせこせこ上司にお酒を注がせるような会社じゃないから気を張ることもないが、まあ酒乱が多いので疲れはする。

「(あ、)」

 中央の席に座る鶴見部長の隣で座ってPCを叩く月島さんとちらりと目が合って、それからどちらからでもなくそっと視線を逸らす。逸らす前に眼でちゃんと聴けよ、と諭されたようで思わず頬をぽりぽり掻く。真剣に聞いているから眠くなるのだがなあ、ととてもおかしな考えがふと過ってそれから消えた。隣を見れば、さっきまで私を小突いていたはずの杉元君がかくんかくんと首をかすかに揺らして夢の中の船をこぎだしているのを見て思わずくすりと笑えばちゃんと聞いとけと鯉登さんに怒られた。くそう。







「お前、会議の時くらい静かにしろよ。」
「はいい?」

宴も酣、久々の飲み会は意外にも心地よく、そして鶴見さんチョイスで選ばれた会場はわたしたちの予想を超えていいお店だった。ザ・居酒屋というよなチープ過ぎず、かといって肩身の狭い思いをするほど高級感のあるお店でもない。隠れ家のようなお店だ。お店の大きさ的にほぼ貸し切りで、おお座敷ではなく、カウンターや仕切りのない個別のテーブルがワンフロアに置かれてお互い自由に移動できる空間だ。一人で飲みたい人はカウンターにずっといればいいし、おしゃべりしたい人はどんどん移動すればいい。私も白石さんや杉元君と一緒に最初固まってがつがつご飯を食べていたが、そのうちお酒がまわって気が付けば各々やりたい放題していた。鶴見さんに絡みに行けばわしゃわしゃされたが、そのうちそれを嫉妬した鯉登さんや宇佐美さんにぎろりと睨まれてソイヤソイヤと引っ張られて気が付けばカウンターの一番端に来ていた。見かねた店の大将が出してくれたイカの刺身をハムハムしながら獺祭を一人注文して飲んでいれば、いつのまにやら隣にちょこんと座っていたらしい月島さんが私の獺祭を失敬して自分のおちょこに注いで飲んでいた。

「あれは杉元君と白石君がいけないと思いまあす。」
「連帯責任だな。」
「スタップ細胞はあると思いまあす。」
「酔ってるのか。意外に弱いな。」
「そんなことないと思いまあす。」

おかしなやつだとふっと笑ってお酒を煽る月島さんを横目で見て、それから大将に刺身の盛り合わせを再度頼む。周りをみれば各々本当にのびのびやっている。すぐ隣では杉元君が一人でちびちび飲んでいた尾形主任に突っかかってめちゃめちゃ迷惑そうな顔をされていたし、テーブル席では谷垣さんと事務のインカラちゃんがいい感じそうな雰囲気で、それを隣のテーブルの玉井さんと野間さんたちが死んだ目で眺めていた。あの辺だけちょっと不のオーラを感じなくもないが、頬を赤らめているところをみるとそれなりに酔っぱらってはいるらしい。白石さんは早速脱いでパンイチになっていたところを酔っ払って錯乱した牛山さんに絡まれて死にかけていたが、まあ何とかなるだろうと目をそらした。すぐそばでキロさんもビール飲みながら黙って眺めていたし、何とか大丈夫みたい。鶴見さんの方を見れば鯉登さんと宇佐美さんが両端をガードしており、そこを二階堂ズ(洋平、浩平)がふざけて何か悪戯を仕掛けようとたくらんでいるのが見えた。

「皆忙しいなあ…」
「お前もな。」
「え、一番いいお酒の飲み方してると思うんですが。」
「どうだかな。」
「一人佇んでのむ女…なんか演歌の世界でこういうのありましたよね?」
「美空ひばりかお前は。」
「それでしたっけ。」
「あんまり俺も覚えていない。」
「そうですか。あ、そういえば、川の流れのようにって、秋元康が作詞した曲だったんですね。なんか途端に嫌になった。」
「何でだよ。」
「何となくです。」

何となしに月島さんの空になったおちょこに徳利を差し出せばん、と言って素直に此方に傾けてくれた。がやがやとうるさい空間にいるのに、ここだけなんだか時間がのんびり進んでいるように感じた。私たちの座るこのカウンター席は一番奥で、ちょうどお店の皆を見渡せる場所にはいるが、みんなの方からは死角でちょうど見えない位置にある(現に、隣でわあわあやっている尾形さんと杉元君も身を乗り出さなければちょっとした柱のせいでよく見えない。だが声で色々喧嘩してるのは把握できた)。だから、皆からは私たちが見えない。私たちがカウンターに隠れて見えないことをいいことに、指を絡めて、繋いで、ぎゅっと少し力を込めて握っているだなんて、ゆめゆめ思わない。

「月島さん、今日は冷えそうですね。」
「冷える前に寝ろよ。」
「温めてください。」
「酔っ払って言う台詞じゃないな。」
「夜が怖いんです。」
「夜が怖い…か。」

月島さんの節くれだったごつごつした指をぎゅっと力強く握れば、私の小さな手の甲をすりすりと親指の腹でなでる優しい体温がじんわりと伝わってきた。


2018.03.03.
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