赤短

「ほんに、綺麗だねえ」
「えっ……その写真てまさか、」

春の夢のごとし、とはよく言ったものだなあと思う。昨日の縁日が嘘のように次の日の朝は静かで晴れやかな空が広がっていた。今朝は霞一つなく、清々しい天気で、祭りの後の余韻さえももう通りにはなくなっていた。昨日、あの後程よく酔っ払った一行と神社にきちんとお参りをして帰ろうとしたとき、賑わう通りに面する店に活動写真屋を見つけた鶴見さんが気分で入ってしまったので私たちもついていくことになった。そこで居合わせた店の主人が、何を勘違いしたのか私と鯉登さんを見て新婚さんと勘違いしたらしく、二人して写真を撮らないかと誘ってきたのだ。慌てて断ったのだが、鶴見さんも皆で撮ろう撮ろうとまさしく鶴の一声があり、結局、写真を撮ることになった。鯉登さんと二人で撮ったり、鶴見さんを真ん中にして月島さんや二階堂さんも合わせて撮ったり忙しかった。鯉登さんは酔っ払いつつも鶴見さんと撮れるとはしゃいでいたっけ。現像があるので後日貰いに来てくださいとは言われたが、まだ取りに行ってはいなかった。どうやら、給仕のおばあさんがお遣いに行ったときに写真屋の主人に声をかけられてもっていってやってくれと言われたらしいのだ。おばさんも悪気があって中を改めたわけではないらしいのだが、偶然封筒から落ちてしまった一枚が私と鯉登さんが映っていた写真だったので見てしまったのだ。他の写真はみていないのだが(別に見ても差支えない写真なのだが)、まさか寄りによって…と頭が痛いがしょうがない。

「美男美女だねえ、本当に、絵にかいたようなってこのことだよ。」
「か、勘弁してください…」

うわああと頭を抱えて思わず逃げようとするも、これ回収しなければならないし、かといって給仕のおばちゃんのせいで人が集まってきてしまった。こんな、厨房扉前でやんや集っては目立つし余計に人が集まってきそうだ。鶴見さんにお茶を頼まれてるから(二日酔いで頭が痛いから温かいの飲みたいという要望である)早く持っていきたいのだが、このおばさまたちがそうさせない。

「えっ、お二人はご夫婦に…」
「ち!違います!」
「白無垢これ?それにしても、お似合いよ?ねえ」
「ええ、本当に!」

おばあさまたちに揶揄われて思わずうわああとまた頭を抱える。明後日にはお互いお見合いを控えているような人間だというのに、本当におばさまたちは暢気だし、男くさい此処では確かに浮いた話もそうないから盛り上がりたくなる理由もわからなくはない。分からなくはないのだが、色々な方面で支障を来すからちょっと流石にやめてほしい。他の兵隊さんならまだ百歩譲っていいとしても、あの鯉登少尉とのこの噂は非常にまずい。まず過ぎる。

「と、とりあえず、これ皆さんにお渡しせねばならないので、私が預かりますね。ちょうど今別件でいくところでしたし、」

ちょっと無理やり感が否めなかったがそう言えばそうかと案外素直に全部引き渡してくれたのでちょっとホッとする。

「何事だ?」

そのまま全部何事もなかったかのように持って行って鶴見さんに献上しようとした刹那、後から聞き覚えのある声がしたので思わずぎょっと肩が震えた。ぱっと後ろをむけば見まごうことなく浅黒くきりっとした鋭い瞳を下げた貴公子が此方に向かってくる。今日はいくらか沈んだ顔に見えるのは、二日酔いのせいだろうが、白い軍服が相変わらず映えていてその沈んだ顔さえもあまり気にならない。彼はわたしを見るなりあっと声を上げて少し足早に近付いてきた。その瞬間、後ろのおばさまたち数人が全員顔をぱっと見合わせてきゃッきゃッ言い始めたのを視界の端に確認して思わず顔が引きつった。

「さくら、」
「お茶遅くなってすみません…」
「いや、違うのだ。できれば二日酔いの薬があればと思ってな…鶴見中尉殿と月島の分も…」
「わかりました。一緒にもっていきますので、お気になさらずお戻りになってください…」

私がそう言えば、鯉登少尉はいや、でも、お茶までも任せてしまっているからと、どこか気を遣う様に私を見てきた。かと思えばその視線を私の指に写し、その四角いぺらを凝視したかと思えば「ん、」と声を漏らした。

「さくら、それは…」
「鯉登少尉様、ご結婚、おめでとうございます。」
「ひえっ」

思わぬおば様1号の一言にぎょっとして声にならぬ声を上げる。そしてその驚きの拍子に写真を一枚落してしまった。鯉登さんは「はあ?」という表情でおばさまたちを見ていたが、足元に落ちた写真をかがんで手に取ると凝視した。そして彼は目を見開いたかと思えば今度は口をパクパクさせた。

「これは…」
「例の活動写真屋さんで撮った写真です。」
「本当に美男美女でお羨ましいですわあ、ねえ?」
「ですから、それは誤解ですって…鯉登少尉殿からも仰ってください!皆さん私をからかってばかりで…」
「…これは、何時撮ったんだ?」
「え、昨日のお祭りの際にですが……もしかして、あまり覚えていらっしゃいませんか?」
「…………」

私が問いかければクワッと顔を此方に向けてきた。どうやら結構覚えていないらしい。

「鶴見さんともお写真撮られていましたよ?」
「ッ!?!?!?」

そういえば今度はバババっと体を震わせた。これは本当に覚えていないようだ。どうしたものかと眉間を抑える。月島さんに来てほしい、今すぐに。とりあえずおばさまたちに植え付けられてしまった誤解を解いてからでないとこれは大変なことになるぞと思いいそいそと彼に近づいて耳打ちをする。

「け、結婚て何の話だ…?」
「ちょ、鯉登少尉まで…そうじゃなくて、それは誤解だと皆さんに言ってください。」
「おいはあん時、告白でもしてしもたんか…?」
「ええ、してませんよ!大丈夫です!普通にごはん食べてお酒を飲まれて、それだけですから!」
「そ、そうか…よかった…………のか。」

顔をばっと真っ赤にさせたかと思えば、今度はしゅんと少し寂し気に俯かせたので二日酔いなのに随分表情が豊かだなと感心してしまう。とりあえず鶴見さんが待っているからと鯉登さんはおばさまたちに誤解だと納得させると、速やかにお茶をお願いし、私たちは薬をもってこようと医務室へと向かって行った。






「………」
「………」

沈黙を保ったままの男女二人がすこし沈んだ面持ちで歩いて行く。廊下の窓から降り注ぐ日差しが眩しく頬を照らす。私にとっては心地よいが、二日酔いの鯉登さんには堪える眩しさだろう。案の定横を見ればちょっと目をしょぼしょぼさせている。お盆の上にあるポットから湯気が上がり、かちゃかちゃと湯飲みが音をかすかに上げている。ちらと視線を横にすれば彼もまた私を見下ろしていたのか目が合ったが、どちらとでもなく逸らし、また目が合って逸らす。それを3回繰り返したのち、ようやく私の口が言葉を紡いでくれた。

「あの、鯉登少尉」
「な、なんだ。」
「その、お写真良く撮れていてよかったですね。鶴見中尉殿と撮ったのを覚えてらっしゃらないのは残念ですが、いい思い出になって。」
「ああ、そうだな…本当に、良く撮れている。」


そう言って鯉登少尉はお薬をもっている手とは別の手でもぞもぞと軍服のポケットに手を突っ込むと一枚の紙きれを取り出す。そしてそれをまじまじと覗き込んでいた。その写真は鶴見中尉との写真ではなく、私と少尉が映った写真である。鯉登さんはこの時お酒を飲んでいたので機嫌が良かったため口角を上げて映っている。私も写真屋の主人に言われて苦笑いだったが口角を上げている。確かに、本当に良く撮れていると思う。写真写りがいい方だったとは知らなかったなあ、と思ったほどだ。彼はそのお顔だから何となく写真写りがいいことはわかるけれど。

「そう言えば、お互い見合いの日程が迫っていたな。」
「そうですね…準備全然できてませんが…明日明後日からは長い一日になりそうです。」

そう言ってため息を吐けば鯉登さんは小さく笑った。

「鶴見中尉どんが今日は明後日があるから早く休むように言っていた。さくらも無理せず今日は早く上がった方がいいだろう。」
「ありがとうございます。」

それからお見合い後の段取りを簡単にとって、暫しの沈黙がまた二人の間に流れる。鯉登さんは握ったままの写真を再び光に翳してようく見た。そして私を見て口を開いた。

「これは、おいがもらってもいいだろうか。」
「勿論です、写真屋さんの主人が二つ用意してくれましたから(おばさんの話だと二人で分けてくれと言っていたらしい)。」
「綺麗じゃ。」
「あはは、鯉登少尉までおばさんたちのようにお気遣いしなくても」
「お世辞じゃなか、ほんのこて綺麗じゃとおいは思うちょっ」
「えっ」
「昨日、あん時言おうて思うちょったけど言えんかったでな。」

そう言って鯉登さんはすこし苦笑いをすると私を見た。そう言われて昨日の、あの時彼が言いかけた言葉を思い出した。そして思わずあっと声が漏れた。

「情けなかじゃろう、酒ん力を借ろうとしたどん言えんかった。あん夜さくらがいっばん綺麗やった。」
「えっ」

声をかけようとした刹那、いつのまにか鶴見中尉のおられる部屋の扉が目のまえに合った。そして私の言葉を遮るように鯉登さんは躊躇いなくその扉を開けたので私は結局、彼の真意を聞くことができなかった。


2018.03.18.

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