四光

「…なるほど、そんなことがあったのか。」
「…………」

大の大人の男女が肩を並べて目の前の人物を伏し目がちに見ている。鶴見さんは厳かな表情でそのお髭を片手で弄りながら私と鯉登少尉を交互に目配せして、それからウームとまた唸った。そして鯉登少尉に並んで此方をちらちらと見てくる月島軍曹の視線も地味に痛い。波乱のお見合いを経てまだ結婚に至らないとはいえ、恋仲同士の者が同じ職場で、ましてや軍隊という組織の中でこのようなことは風紀を乱し兼ねない。順序を間違えてしまったが、流石に我らが上司の鶴見中尉にご報告をし、後はどのような処遇になるかは正直未知だが、言わねばならないし鯉登少尉が言わねば絶対にダメだと凄んでいたので、昨日の今日ではあるが、取り急ぎ中尉にお話しをして少し時間をいただいたのである。

ただ、鯉登少尉では鶴見中尉と通常のお話が出来ない上に私だけでは心もとなく、且つ、彼鯉登少尉のお目付け役で鶴見中尉の信頼厚く何かが起きても均衡を保ってくれそうな月島さんにも話す必要があるだろうということで、早朝より晴れて四者面談が実現した。夜の当直後で正直眠かったが、今この場ではその眠気も吹き飛ぶほど緊張している。今まで起きた一連のことを洗いざらい説明し、ご報告が遅れてしまったことを詫びて深々とお二人に鯉登さん共々頭を下げると、暫くの沈黙が室内を支配した。

「不思議な縁もあるものだなあ…」

小指を立ててずずっと湯飲みのお茶を飲むと鶴見中尉は私たちを見た。鯉登さんの通訳を(無理やり)やってくださってる月島さんにももちろんこの話をするのははじめてなので、通訳しながらひどく驚いており、つっかえながらも一生懸命鶴見中尉に伝えて下さってとても心が痛んだ。

「あの、本当は早くご報告せねばと思っていたのですが、その…内容が内容だけに、なかなかいい難くて…。」
「ふむ。確かにそうだな。こんな稀有なことはなかなかない。」
「まさか、こんなことになるとは思わず…いっぱいいっぱいで…。」
「そうかそうか。」

私がぽつりぽつりと言い訳を言えば存外鶴見さんはよしよしと私の頭をなでてねぎらうように頷いた。鯉登さんはそれを横目で緊張した面持ちで見ていたが、思い立ったのか月島さんに耳打ちした。

「『今回の件の原因は自分がすべて悪く、さくらには何の責も落ち度もないので、処罰は自分が全て受けます』と言っています。」
「ふむ……」
「(鯉登さん…)」

月島さんが心配そうに眉をひそめてそう言うと、鯉登さんは瞼を閉じて下を向いた。鶴見中尉を追ってここまで来て、中尉に憧れ心酔する彼が、場合によっては左遷されてどこかに飛ばされて、もうお傍に居れなくなるかもしれないのにここまで言うとはと思わず、彼の方をぱっと見てしまった。

「中尉、恐れながら申し上げますが、今回の件の責は少尉ではなく私にあります。私がぐずぐずしていたからこのような複雑なことになってしまったのです。ですから、どうぞ、処罰は私だけに。」

私がそういえば鯉登少尉(厳密にいえば月島さんが)が、鯉登少尉(厳密にいえば月島さんが)が喋れば私が、といった具合で、話せば話すほどだんだん白熱してきて落ち着け落ち着けと鶴見中尉が間に入って仲裁をした。そして中尉ははあ、と溜息を吐くと席について、机の上に置いてあったお茶請け件朝ご飯の御手洗団子に手をかけるともちゃもちゃと食べながら、穏やかな口調で諭すように話し始めた。

「2人の言いたいことはようくわかった。」
「………」
「一先ず、皆の前ではこの件は内密にしよう。この話はこの場にいる我々だけが知っている。」
「…はい」
「皆の前ではいつも通り、従軍看護師の八重野さくらで、第七師団の鯉登音之進少尉でいたまえ。…………以上。」
「「「え」」」

私と鯉登さん、それから月島さんの声が重なる。数度瞬きをしてそれから今一度我が上司である鶴見中尉を覗くが何事もなかったかのようにもちゃもちゃとお団子を咀嚼している。彼の中でもうこの話は終わったとでも言いたげにいそいそと書類を手に取り始めてしまったので、この話をぶり返すのがはばかられるほどである。しかしあまりにも拍子抜けしてしまったので思わず口を開いてしまった。

「あの、それだけですか?」
「ん?それだけ?……ああ、そうか。いちゃいちゃも皆の前で禁止だからね。ましてや、結婚前提とはいえ、まだ未婚同士だからな。あ、休みの日に一緒にお散歩するくらいならいいけど、できるだけ皆の眼に触れないように頼むよ。」
「いや、そうではなくて、処分等は…?」
「え?」
「え?」
「……処分も何も…処分することじゃないしなあ。風紀を乱すような真似をするならば話は別だが…何もなければ別段…逆に処分してほしいの?」
「いや、そういうわけでは…」
「そ。ならもういいよね。解散!」

そう言うと中尉はびしっ!と指を差すと、そのままじゃあね〜と言わんばかりに手をひらひらさせたので、私たちはしばらくぽかん、していたが、思い出したように各々仕事に戻っていった。






「…宜しかったんですか。」
「何が?……ああ。いいんだ。」

2人だけ残った執務室はやけに静かだった。今朝の事件が全てまるで嘘だったかのようで思わずあれは夢だったのかと思えるほどに。練兵場から間遠に雑踏が聞こえたが、それ以外はいたって穏やかで、窓の外から見える木々には時折小鳥が羽を休め、静かな風が葉を揺らした。さらさらとペンを走らせる我が上司をちらりと横目で見やれば、バチリと目があい、その瞬間、特有のにたりとした笑顔を見せたので思わず眉をひそめた。脳の前半分、前頭葉が欠ける前から何の因果かこの鶴見中尉に仕えて幾年月、幾度となくこの顔を見てきたが、この手の顔をするときは決まって何かよからぬ算段があるときにする顔だと嫌というほど良く知っている。

「鯉登少尉は熱心だが、少々熱くなりすぎるところがある。ああいう性分の男は割にいるのだが、そういう性分の男ほど、所帯を持つほど落ち着いてくるものだ…」
「………それはどういう、」
「まあ、まだ先の話だろうがな。女性の如何を知って落ち着けば、少尉ももっとこれから飛躍することだろう。畳バリバリも辞めさせねばならんしな。」
「……はあ。」
「さくらは思慮深く時に此方が驚くほど遠慮深く気の優しい気立てのいい女子だ。鯉登少尉の事もしっかり女性として支えることができるだろうし、互いにいい影響を与えていくだろう。」
「……成る程。」
「ああ、そういえば、さくらと鯉登少尉の母君に手紙を書かねばならぬな。便せんはどこにあったかな……」
「手紙、ですか?」
「ああ。無事此度の見合いは成功したとな……」
「………(ま、まさか)」

るんるんと鼻歌交じりで便せんを手に取り墨をする我が上司の姿に背筋が凍った。何年も一緒に居ようともこの男の何を考えているかわからぬ行動に、いまだに底知れぬ恐怖を感じる時がある。自分を含め、彼の視界に入るすべての人間は玩具か何かかのように踊らされている気がする。いや、実際に踊らされているのだろう。どっと疲れた気がして思わず大きめの溜息を吐いてしまったが、この泥沼にはまってしまった自分は今更だと思って自分の業務に戻っていった。


2018.05.08.

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