ホワイトデー大作戦 | ナノ
プータロー気味な白石が本気を出す日

「(ここであってるんだよね……???)」

スマホの画面を今一度見つめて、それから再度目の前のビルの看板を見遣る。それを幾度か繰り返して、それから漸く入ろうと足を踏み入れた。とても味のあるお洒落な扉が見えて、思わずノックをしてから入らなければいけないような気もした。そもそもなかなか行き慣れないこの六本木の中心も中心、六本木交差点から歩いてすぐ数分の、シンボリックなタワーマンションが位置する通りの真向かいにひっそりと味のある老舗バーや会員制のお店が立ち並ぶ通りに案内されるがまま赴いた。指定された場所はその通りを少し歩いた先にあり、建物全体は黒くモダンで前面はガラス張りだ。中はあけすけに見えるのだが、1階には此方から見る限り人の気配がない。二階に上がる螺旋階段が見えているので、多分其処にメインのスペースがあるのだろう。一見するとアトリエのような感じも受ける。

「(あまりにもおしゃれ過ぎないか…)」

ここまで出来すぎていると思わず疑念が浮かんでくるが、ここまで来ると逆に真相をたしかめたくもある。そのままぐっと扉を開けようとノブに手を掛けてそのまま開けようとした刹那、突然扉が自分以外の力によって開け放たれた。はっとして思わず後ずされば、視界には見慣れた顔が見えてあっと声が漏れた拍子にスマホを落っことした。すぐさま彼があ「あ〜あ」と言いながら拾ってくれたし、手帳タイプのスマホカバーで既にいつもよく落してボロボロだったから、別段気にも留めずにそれを受け取ると彼と向き直った。

「由竹さん、ここであってたんですね…」
「うん!迷った?ごめんね、準備してて迎えに行けなくて。行こうか!」

私の顔を見るなりぱああっと顔を輝かせて彼はそう言うと、そのままグイッと腕を引いて中へ引っ張った。案の定彼は螺旋階段を上ると、3階へと上がった。そこにはルーフトップがあり、ソファやテーブルなどくつろげるスペースとなっていた。ふわふわのソファにプールサイドにありそうな寝そべることのできる長椅子まであり、スペースも広く2人で使うにはあまりにも持て余しそうな雰囲気だ。他に誰かがいる様子もなく、ただアロマキャンドルのようなものがいくつか燈っていて、テーブルの上にはお酒やごはんが並べてあり、驚愕のあまり目を見開てその場に立ち尽くした。そんな私をしり目に由竹さんこと白石由竹(通称プータロー)はいそいそと屋上に上がると「ビール冷えたかなー?」とか言いながらワインクーラーの氷の中に雑然と入れていた私の大好きな銘柄のビールを触って「つめた〜い」とはしゃいでいる。暫くぼうっとその様子を眺めていたが、とぼとぼと彼の傍まで来ると鞄とスマホをその辺にポンとおいてそれからゆっくりと腰を掛けた。彼がかいがいしく私のグラスにキンキンのビールを注いでいるのをぼうっと見ていれば、由竹さんは得意げににこりと笑った。そしてタオルケットと暖房をつけて寒くないように工夫もしてくれた。一連のもてなしを甘んじて受けていたが、流石にこれは…と思って彼の着ていた服の裾をきゅっと握れば、それまで忙しなく動いていた彼が漸く私を目を合わせてくれた。

「…由竹さん、」
「ん、なあに?」
「いくらかかったんですか…」
「え?」
「いくら借金したんですか…」
「は」
「こんな、おしゃれなところ貸し切りにするのにいくらかかったんですか…」

ぐすん、と鼻を啜ってバッと彼を見ながらそう言えば、彼はいつものように変な顔をしたのち、数秒後に考えるように顎に手を載せたがはー、と深いため息を吐いて大げさなリアクションでやれやれ、と言った風にボディランゲージをした(ちょっとむかついた)。

「まあ、日ごろの俺の姿を見てたら無理もないか…傷ついたけどね…」
「貸し切りなんて…一体いくらかかったの?」
「かかってないよ。」
「え?」
「あーあ…。せっかくだしカッコいい俺を見せたかったから、ネタ晴らししたくなかったんだけどなあ……。ま、しょうがないか。」
「?」
「ここのオーナーとよく飲むからさ〜。飲むっていうか、可愛いキャバ嬢何人か紹介したりしてただけなんだけどな。この間から「彼女のホワイトデーにここを借りたいんだけどぉ…」って頼み込んだらこっちを開けてくれたんだ!」
「お、オーナーと知り合いなの!?」
「うん。まあこの辺で飲んでりゃあ色んな奴に会うんだよ。あの辺に金魚つうショーパブあるでしょ?その真向かいにあるすんげえ古い婆ちゃんがやってる化石みたいな店があるんだけど、コアなファンが多くてさあ。そこで知り合ったんだ。」

ぱちん、とウィンクをしてそう言うと由竹さんははいどうぞとずいっとビールの注がれたグラスを差し出した。反射的にそれを手に取ると、そのままカンパーイと軽快にホワイトデー飲み会が始まってしまった。良く分からないが喉は乾いていたし、とりあえず彼の行為を無下にするわけにもいかない。

「美味しい…きんきん…」
「ね!ちょっと建物低いから夜景は楽しめないかもだけど、開けてるしとなりザポン(タワマン)だし、いい雰囲気でしょ!」
「うん!こんなところ知らなかったよ…由竹さん、伊達にこの辺で飲み歩いてはないね!」
「ふっまあね…(ほぼただ酒飲みにきてるようなものだけど)」
「ごはんも私の好きなものばっかり。頼んでくれたの?」
「いや、これはミッドタウンのスーパーでさっき買ってきたやつで…。ごめんね、高級料理じゃなくて、でもほら、チンしたし!」

照れながら由竹さんは美味しそうなローストビーフやハッシュドポテトをお皿によそってくれると、私にそれを差し出した。ふふ、と笑ってそれを受け取ると試しにひと口食べて思わず目を見張った。

「あ、美味しい。これその辺のお惣菜やさんのより美味しいよ!流石ミッドタウンだね!(?)なんかクオリティ高いきがする!」
「あそこスーパーのだいたい美味いんだよ。」
「はい、由竹さんも!」
「え〜?いいのお〜?」

と言いながらもしっかりあーんとお口を開ける彼のお口に目掛けてローストビーフとハッシュドポテトを投げ入れれば「と〜てもヒンナ(ハート)」と言いながらほっぺたを抑えた。女子かお前はという突っ込みもそこそこにせっかくあそこのスーパーで調達して綺麗に盛り付けてくれたらしい食べものに手を出していく。香草で味を調えた鳥の照り焼きや、瑞々しい春野菜のサラダ、杏仁豆腐とフルーツ盛りなどいわゆる映えるものから、ひと口チーズやキスチョコまで可愛くて美味しいものまで用意されている辺り、流石女子力が高いというか、ちゃんと人を見てるんだなあと思わず感心してしまった。

いつの間にか邪魔にならない程度のしっとりしたBGMまで流れてくるし(どっから流してるんだろ)、さきほどから香って来るアロマも(これもここの備品なのだろう)すっきり落ち着いてこの春のやや冷たい空気に溶けて心地よい。ただ酒を飲むためによなよな彼はお金を持っている社長さんや著名人のいるお店に行っては太鼓持ちのような事をして奢てもらっているらしいが、まさかこんなところでその効果を発揮するとは夢にも思わなかった。確かにこの人コミカルだし、人を笑わせる天才だし(イライラさせる天才でもあるけれど)、ただ単に遊びまくっていたわけではないのだと正直感動した。こんなところ定価で貸し切りにしたら一体いくらになるかわからないもの。

「あっ、いけね。酔っ払う前に…」
「ん?」

3本目のビールを煽っていた彼が急に席を立ったかと思えば、ぐへへ、と言ったような照れてるような、はにかんでいるような、変な顔をして戻ってきた。「なんぞ」と言おうとした瞬間、目の前にふんわりした白い包みが渡された。思わずグラスをおいてそれを受け取れば、さらにニンマリむっつりした表情を浮かべる彼が隣に腰を掛けて、それから目で何度もウィンクをして開けて開けてと言わんばかりだったので苦笑いをしつつその包みのリボンを解いた。

「あ、これ…」
「なまえちゃん、スマホよく落すし、ボロボロだったから…」
「ありがとう、嬉しい。すごくかわいい…これ。私にあうかな?」
「あうよ!俺が選んだんだから間違いない!」

えっへんと得意げにそう言うと彼はぽりぽりと頬をかいた。いつもはお家でもテレビ見ながらおならぷってするくせに、なんでこういう時って素直にかっこよく見えるんだろうと、とても不思議に思った。えへへ、と言いながら私も頬をかいて、それから手を握ればぎゅっと握り返された。どこかの可愛い小さな雑貨屋さんで女の子しかいないような中、恥を忍んで一生懸命店員さんに相談しながら買っている姿を思い浮かべると嬉しいような面白いような気がして不思議な感動が押し寄せて鼻の奥がちょっとだけつんとした。数十メートル先では繁華でごちゃごちゃしててもみくちゃにされそうなくらい人の雑踏が広がっているのに、まるでここは別世界みたいだ。由竹さん、たまにかっこいいから狡い、むかつく、って言ったら寂しそうに「クーン」って言ったけれど、「嘘、好き」と笑えば彼もワンちゃんみたいににっぱり笑った。


「さ、もっと飲もうよ。そうだ、テレビつける?あそこのスクリーンでテレビも映せるんだって。ホワイトデーっぽい作品ツタヤで借りてきたんだ〜」
「ありがとう。でも、まだいい。もうちょっとまったりお話したいから。」
「じゃあ、そうしよう。なまえのしたいように俺もしてほしいからさ。」

そう言って彼はほっぺにちゅっとしてくれた。こういうの弱いの分かってるんだな、悔しい、馬鹿、プータロー白石由竹、……かっこいい、無理。と思いながらぎゅっと手を握って、グラスの中の半分以上残ったきんきんビールを一気飲み干した。



2018.08.26.
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -