ホワイトデー大作戦 | ナノ
黙ればイケメンな鯉登君と中央フリーウェイ

鯉登音之信さんの事を「こいのぼりおとのしんさん」と誤って呼んだあの日からこんなに年が経過していたなんて……としみじみ思う。九州弁がいまだに抜けず(それどころかなおす気持ちもないように感じる)、モスモス言っている彼が今では可愛く思う様にさえなってきた。公私ともに諸突猛進というか、初心で清純で変にまっすぐで逆にへそ曲がりに見えるところも。意外に淡白な性格をしていると思っていたけれど、私は彼と付き合う様になって、大分絆されているんだろうなあ。

「なまえ!明日出掛けっど!」
「え、何処に?」
「お台場までドライブや!」

何で急にお台場…?という疑問符を頭の中で思い浮かべるものの、とりあえず彼の勢いに気圧されてはあ、と返事を帰す。ホワイトデーは平日だったから、ホワイトデーデートをするのだと張り切っている。かわいいけど、なんかあんまり空回りしないといいなあ、と思いつつ風呂上がりの顔に化粧水をつける。今週も頑張ったなあ、とお肌をいたわりつつパックをつける。化粧台の鏡からこいのぼり君こと鯉登音之信さんを見遣れば、お風呂上がりのほかほかの肌にパジャマの袖を通している。ワクワクしているようで珍しく鼻歌も聞こえる。そういえば仕事忙しすぎて近頃は一緒にデートしてなかったっけ、と思い出して思わず口角を上げる。付き合いたての頃はお互い気を遣っていろんなところにドライブデートしたなあとぼんやり思い出す。と、そこまで思い出してはっとする。そういえば、彼と付き合い始めたのはちょうど一年前、このぐらいの季節ではなかっただろうか。私も彼もそこまで記念日にマメな方ではなく、お互い何となく認識するくらいだったが、いや、たぶんそうだ、と思い出して思わずわっと声が出た。まさか、彼は其処まで忖度してお台場デートを宣言したのだろうか。どうしよ、私何にも用意してないと思わずため息が出た。

「どうした?」
「ううん、明日デートならおめかししないとなあ〜って…」
「ああ、楽しみにしてくれ!」

きらきらと目を輝かせてそう言うと彼は蒲団の中に入って目覚まし時計をセットする。きっと明日朝早く起きて洗車してくるのだろう。嬉しそうな彼の姿に私も嬉しくなるが、どうしようかなあとも思う。普通のホワイトデーならプレゼントをただ有難く享受すればいいけれど、記念日デートも兼ねているなら私からも何かあげなきゃだろう。何にも用意してないわ、やっべー。そう思って鏡の中の自分と目を合わせてははっ…と乾いた笑いを漏らした。







「なまえ、準備はできたか?」

バーンと玄関の扉が勢いよく開いたかと思えば大型犬のようにはっはしながら我がスウィートダーリンが出てきた。私はというと1時間前にはもう既に起きていたが、諸々準備でいっぱいいっぱいだった。彼はずかずかリビングにはいってくると早くと言わんばかりにそわそわしている。つけっぱなしのテレビを視線で追い、そしてテーブルの上のミネラルウォーターに口をつける。テレビからは土曜日ののんびりしたニュース番組が流れていて、可愛い女子アナのお姉さんが今日は春らしい気温で天気もよろしいと笑顔で伝えている。ピーカンだ。ドライブデートにはもってこいじゃないか。鞄に必要なものを入れて全部あることを確認すると慌てて再度鏡の中の自分を凝視する。ピアスは付けた(音之信さんがプレゼントしてくれたやつで彼の好きなブランドのやつ)、リップは塗った(音之信さんがプレゼントしてくれたやつで彼の好きな色のやつ)、髪はロクシタンのヘアオイルもつけたからアホ毛もない(音之信さんがプレゼントしてくれたやつで彼の好きな匂いのやつ)、ワンピースにはシミ一つない(今期の春用にと自分でパルコで買った可愛いやつ)、おっけーだ。

「お待たせしました」
「よし、行こう。」

朝早くから出ていったので彼の姿を見ていなかったが、今日は春らしい軽装で、こぎれいでかつ爽やかでドライブデートっぽい装いに身を包んでいる。同棲を始めて久しいが、このように改めてきちんとデートをするとなるとちょっとドキドキする。音之信さんはテレビを消して私のカバンを持つとずかずかと先を歩いて行く。廊下の途中同じ階の家族とすれ違って会釈をする。お父さんとお母さん、まだ30代くらいの夫婦で、男の子と女の子、それぞれ小学校くらいのお子さん連れだ。いつも奥さんとは夕方すれ違うので挨拶をする中だ。彼らも休日の家族でお出かけなのだろう。奥さんも娘さんも音之信さんを見ていつもうっとりしているが、案の定今日もエレベーターの中でうっとりしていた。うん、気持ちはわかる。私の彼氏かっこよすぎるよね、黙っていれば。家族とはエレベーターで別れエントランス前に停められた車に颯爽と乗り込むと音之信さんは車を発進させた。車は洗車したてでピカピカで、春の日差しにきらきら輝いていた。気持ちがいい。

「あーあ、朝ご飯にサンドイッチでも作って持ってくればよかったなあ。」
「後で何処かに寄ればよか。腹減ったか?」
「ううん、寄った先でいいよ。」

ぶおおおおんと黒光りするシャープな車は走る。彼の家系か、財界人との絡みも多く国産車じゃないと色々うるさいのだと、初めてのドライブデートの時にもじもじ言っていたっけ。私にとっては国産車でも一生手の届かないようなグレードの車でそんなこと全然気になんか留めていなかったのになあとぼんやり思い出す。

あっという間に高速に乗って、ようやくこの車の本領を発揮する。流しっぱなしのラジオはいつも東京FM。軽快な音楽とDJの声が聞えてくる。池袋のようなぐるぐる道では命取りだが、真っすぐで平坦な道だと音之信さんは左手をさりげなく差し出してくるのでそれを右手でぎゅっと握ってあげると機嫌が良くなる。今日も今日とて、すぐ離せる加減で差支えない程度に握ってやれば、機嫌よさげに口角を上げた。こういうちょっとかわいいところがあるのだ音之信君は(逆に、機嫌が悪いときは床をバリバリしだすので注意が必要である)。

「いい天気、本当にいい天気。いい天気過ぎてユーミン聞きたい気分。」
「『中央フリーウェイ』か。」
「ちょっとミーハー過ぎたかな。流石に都合よく東京FMで流れてくれないし。」

てへっと言った具合でその話は流そうかと思ったのだが、徐に音之信さんが左手を解いたかと思えばゆっくり操作して、FMは止まり、聞きなれたBGMが流れ始める。はっとして横を見れば目を泳がしてこっちを見ようとしない彼の横顔が見えて思わずぷ、と笑えてしまった。

「わざわざ用意してくれたの?」
「こん曲が好いちょるってゆちょったで、前に…」
「覚えててくれてありがとう。」

笑ってそういえば彼はすこしだけ嬉しそうにはにかんだ。『歌詞では塀で実はビール工場も競馬場も車からは見えないんだよね、でも好きだなこの曲』って昔言ったっけ。朧気で、本当に何気ない一言だった。なんで私こんな人と付き合ってるのにプレゼントの一つや二つもっと頭働かせて用意してあげられなかったんだろうと本当に心の内で反省する。

「ホワイトデーと記念日のデートなんでしょ、今日。」
「覚えちょったんか?」
「…昨日思い出しました。」
「じゃろうな。まあ、最初から期待はしちょらんかったばっな。」
「め、面目ありません…」

何も言えねえと素直に謝れば、今度は彼が笑う番だった。

「おいもそげんマメじゃなかで気にすっな。」
「音之信さん今日は優しい…」
「いつも優しか、じゃろ」
「ははは」
「おいはちゃんとプレゼント用意したで、後で後ろん紙袋見ちょいてくれ。後ででよか。」

そう言われてはっとして後部座席を見れば、確かにこれまた高そうな高級感漂う紙袋が置いてある。思わずわっと思って手を伸ばしたが、後ででいい、という彼の言葉に伸ばした手を引っ込めた。すると、彼はわたしの手に再度自分の手を重ねて指と指の間に滑り込んでくる。つるつるとした気持ちのいい温度だ。

「プレゼントはいらんで、もう少し、こうしちょってくれ。」

返事の代わりに黙ったまま握り返せば、春の日差しに染まる彼の頬がほころんだ。

2018.03.14.
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