ホワイトデー大作戦 | ナノ
恋人尾形さんが(嫌々)お姫様扱いしてくれた

電車に入った瞬間ライン電話が鳴ったので慌ててホームに戻って電話をする。

「もしもし、」
『今どこにいる』
「どこって…新宿駅だけど…」
『南口に来い』

それだけ言ってプツンと切られる。うーん通常運転とほろりと頬に伝うものを我慢していそいそと歩き出す。今日は遅くなるって言われたから先に帰っておいてはやくご飯作ってあげようと思ったのが仇となったか。本当に、尾形百之助という男は読めない。新宿駅に来るまでに何となくは感じていたが、今日はよくカップルっぽい人々とすれ違う。ああ、そうだ今日ホワイトデーじゃん、と思い起こして、先ほどの電話の意味を少し考えなおす。いやでも、あの尾形百之助だぞ?とまた思いなおす。そりゃあバレンタインデーのときは人並みにプレゼントをした。しかも、奮発してフェンディのネクタイだ。この間の表参道デートでフェンディのお店を通った時、あのネクタイ尾形さんに似合うなあと思っていたのだが、ちょうどいい機会があったのでプレゼントはした。もちろん、お返しはそれなりの物をあわよくば…と思ってはいるが、まあ尾形さんだしなあ、とも多少思っていた。とはいえ、今朝はそういえばあのネクタイを使ってくれていた気がする。いつも一緒に出るけど、今日は特にバタバタでよく見てなかった。

「(南口のどの辺にいればいいんだ…)」

言われた通りに改札に上がって辺りを見回すも、帰省時間真っただ中の新宿南口の雑踏と言ったらとんでもない。とりあえず柱のあたりにいようともがもが人の波をかきわけかきわけ進んで行く。柱の映像広告ではここぞとばかりにホワイトデー商戦の宣伝が流れている。今日が本番だから当然と言えば当然なのだが。とはいえ、今年のホワイトデーは普通に平日だし、仕事帰りだからいつものビジネスカジュアルな服ではイマイチ特別感も湧かない。さっきホームに下る前にルミネに寄って春服みてきたけど、ああいう服着とけばまだホワイトデー感出たかなあと悔やまれる。ていうか尾形さんいつも突然催しものするから、準備が追い付かないのだ。せっかくおめかししたい時に全然締まらないじゃないか、後でクレーム入れてやる。

「なまえ」
「あ、尾形さん。お疲れ様。」

ぱっとスマホ画面から視線を上げればすぐそばに前髪をかき上げて此方を見下ろす我がスウィートハニーがいるではないか。相変わらずの無表情さにもはやここまでくると安心感さえ起こる。尾形さんも仕事帰りなのか、普通にスーツで上着を小脇に抱えていた。よく見たらやっぱり首には私が先日プレゼントしたネクタイが絞められていて、おもわずちょっと口がほころぶ。

「あれ、車は?」
「今止めてるから来い。」
「あ、ちょっ」

そう言われるか否か、突然手を取られるとぐいぐいと改札を出ていく。彼はいつも車通勤で、私を途中の駅まで乗せてくれるのだ。時間があえば帰りも送ってもらえるが、営業マンで帰りは不規則な彼であるので、帰宅はだいたい一人で電車が多い。とりあえず彼の言った通り車は駅前の路肩にとめてあってハザードがたかれている。よくもまあこんな場所でハザード付けたとはいえ止めたなと呆れたが、とりあえず迎えに来てくれたことは評価に値する。警察が来る前にといそいそと乗り込むと、尾形さんはさっとそのまま流れるように前の車に続いて走り出したので慌てて助手席のシートベルトを着ける。このまま送ってくれるのかしらと最初こそ思ったものの、よく考えれば進行方向は家から真逆である。とりあえずどこ行くんだこの人、と思って傍らを見るも相変わらずの飄々とした顔に疑問は深まるばかりである。

「どこ行くの?」
「秘密」
「ええ〜」

何じゃそりゃと思わず顔を引きつらせる。あなたそんなキャラだったっけと思わず首をひねるが、まあ乗り込んでしまったらしょうがない。遠いところにでもいくのかなあとちょっとドキドキしていたのもつかの間、車は左に曲がり、見たことのある百貨店の駐車場へとずいずいと入っていく。

「(伊〇丹新宿本店……)」

うわ、超意外!と思う私をよそに、彼は当たり前のようにずかずか車を走らせて、あっという間に駐車してしまった。そして今度は当たり前のように車から出たので私も慌ててついていく。尾形さんは上着も着ずに財布とスマホという軽装だったので、私も鞄だけもって車を降りる。駐車場を見る限り、確かに今日は平日だが混んでいるようにも感じる。流石本店や…と打ち震えながらも尾形さんの腕に手をまわしてすたすた歩く。ご飯でも食べに行くのかな、と思ったが、そうでもないらしい。エレベーターは途中の階に止まり、尾形さんが歩き出したので私もついていく。そこはよく私が友人とジュエリーと化粧品売り場がある1階に次いで行く階で、主に婦人服と靴が置いてある。まさかと思いつつも尾形さんが迷うことなく靴売り場の方へ近づいていくので思わず心臓が高鳴る。

「尾形さん、ここって…」
「お前、好きだろ、この殺人凶器みたいな靴。」
「…ピンヒールって言って下さいよ、聞こえますよ店員さんに…」

案の定、彼がぐいぐいと連れてきたのは有名ブランドの靴やさんだった。しかも超高いやつだ。尾形さん、ちゃんとこの靴の値段把握しているんだろうかと心配しつつ何とはなしに手に取ってみる。一番シンプルなエナメルのパンプスでも当たり前に10万は超える。うん、間違いない、ル〇タンだわ。そして隣のちょっと殺人凶器でなく履きやすそうな靴はマ〇ロブラニクだわ、うんどれもこれも本物だ。でも、何で突然?と思って再度尾形さんの方を覗く。すると尾形さんは答えてくれた。

「この間の表参道でお前見てたろ、その凶器みたいな靴。」
「凶器じゃないですよ…。う、うれしいですけども…でも、これの相場わかってるんですか?」

思わず他の人に聞こえないように耳打ちすれば、尾形さんは眉をひそめて私を見た。お前馬鹿かと言ってるみたいでうざい。

「分かるに決まってるだろ。それより履くのか?履かないのか?」
「は、履いてみようかあなあ、なんて。」

まさか尾形さんも私のことを見てくれていたなんて驚きだ…と目を見開きつつも、この夢のようなシチュエーションを無駄にすることはよくないと自分を奮い立たせて再度素敵な靴に手を伸ばす。そのうち案の定店員のお姉さんまでも来てやんややんやとやっているうちに、ある程度ほしいものが絞れた。流石にハイヒールすぎるのは困るので憧れのマ〇ロの黒のパンプスにすることにする。よく海外セレブがレッドカーペットのときに履いてるやつだ。セックスアンドザシティにも出ていた。ヒロインにふさわしい靴であり、ルンルン気分で手に取り履いてみたが、値段を見て吐きそうになる。尾形さんはそれでも飄々としている。

「尾形さん、これがいいなあ…」
「ああ。じゃあこれで。」

尾形さんがそう言って指をさせば店員の女性は恭しく精算所へといざなった。あれよあれよという間に本当にハイブランド靴を手に入れてしまい、思わずポカンとする。自分の靴を履いている間に清算を済ませたらしい尾形さんが戻ってきて、傍らには先ほどの店員さんがいて、その手には憧れのブランドの手提げ紙袋を下げていた。本当にお買い上げしたらしく、思わず此方がドキドキしてしまう。店員さんには素敵な彼氏様ですねえと本当に心底ほうっと溜息を吐かれて羨ましがられた。そりゃあこんなハイブランドの靴ぽーんと買ってくれる彼氏は誰でも羨ましいだろう。まあそんな頻繁にはいかないんですけれど。外面のいい尾形さんはニコニコして私の手を取ると紙袋も持ってくれて、ようやく売り場から歩き出した。

「あ、ありがとうございます。」
「ん」

かしこまってそういえば彼はふっと笑って私を横目で見てから小さく返事を返した。これって間違いなくホワイトデーのお返しなんだなあと確信して、でもまだなかなか実感できなくて嬉しいけど気持ちはふわふわしている。多くの人ごみの中、尾形さんもそうだけれど、いつも以上にきらきらして見えた。私の選んだネクタイをキチンと緩めることなく締めているところがさりげなく嬉しい。

「なんか、うれしいですけれど、実感が…」
「薄いか。」
「履いてないので…なんかもったいなくて履けないですけど、はは。」

私がそういえば尾形さんは突然立ち止まって、それから私を再び横目でじっと見たかと思えば(彼は人をじっと見る癖があるように感じる)、いそいそとすぐそばの休憩用の椅子に座り、それから私も座るように指示した。そしてガサゴソと紙袋をあさると箱を取り出しそれを開ける。中にはピカピカ新品の靴の王様が静かに眠っている。クリスタルのバックルが目映いばかりに輝いていた。彼は徐にそれを包みから取り出すと、突然しゃがみ込んでそれから私を見て靴を脱げと指示してきた。

「え」
「え、じゃない、脱げ。すぐ。」
「え〜…」

と言いつつも思わず指示に従ってしまいその場の雰囲気に気圧されておとなしく脱ぐ。隣に座っていた女子大生風(これ見よがしにスタバの新作フラペチーノを片手にスノウかなんかで撮影中のような感じ)の女の子たちがこちらをチラチラ見てきて微妙に視線が痛い。靴を脱ぎ終わると案の定尾形さんは私の足を取り、恭しく何のコメントもなく無表情でその輝かしい魔法の靴を履かせた。右足、次は左足。そして先程まで履いていた安いユニクロのパンプスを恐れ多くも靴箱に終って紙袋に収めた。すれ違う人がちらりと見るたびに恥ずかしさで死にそうになったがそれよりもずっと無表情の尾形さんもどうかと思うと心の内で一人突っ込みを入れていた。

「どうしてこんな、」
「こうでもしないとお前本当に履きそうにないと思ってな。」
「ははは…」
「お姫様になった気分はどうだ?」
「なんか、こう、こころがむずむずします。」
「実感はあったか。」
「はい、おかげさまで。」
「じゃあ行くぞ。」

そう言ってぐいっと手を握ると私の手を引いてまた歩き出す。どこに行くんですか、と再び問えば、飯食いに行くと不愛想に答えられた。きっといいところに違いない。楽しみだなあ。

「ありがとうございます、王子様。」
「どういたしまして、灰かぶり姫様。」
「そこは普通にシンデレラって言ってほしかったんだよなあ。」
「意味は同じだろ。」
「さっきも無表情で嫌々な感じでしたよ、ちょっとだけ。」
「じゃあニコニコしてやればよかったか」
「………なんかそれもちょっと」
「もう二度と靴はプレゼントしないようにするか…」
「尾形さん本っ当に素敵、とっても王子様だった!」

明るくそういえば尾形さんはまた小さくふっと笑った。足元が視界の端できらきら光っているのが見える。


2018.03.11.
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