ホワイトデー大作戦 | ナノ
確信犯なのか否かわからない月島さん




月島係長から最後のラインが来てすでに5分は経過していた。このビルは大きな複合型ビルのため、下に降りるまで少々時間はかかるし、今はちょうど他の会社の帰省時間と、週末の買いものにこのビルの階下にあるショッピングゾーンに押し寄せる人で混雑していた。今日は金曜日。ホワイトデーから数日たった今でも会社の同僚や上司からもらったチョコやお菓子が会社の引き出しにびっしり入っていて、仕方が無いと持ってきた手提げに全部押し込めて今週末ぜんぶ食べちゃおうと思っていた。金曜日特有の楽しい雰囲気がビル全体を包み、すれ違う人々も心なしかうれしそうである。受付にはすでにいつもの可愛らしい美人の受付嬢のお姉さんたちはおらず、定時に速攻帰ったんだろうなあという感じがする。いつもすれ違うので挨拶はするし顔なじみも多いのだが、なかなか絡みはない。あれほど可愛いのであれば、金曜日は合コンやデートなどの予定がたくさん詰まっていることだろう。現に、ホワイトデーは社内はもちろん、社外の人にもたくさん贈り物をもらっている様子を昼休憩に受付を通った時に見えた。いいなあ、受付嬢ってとおもいつつしみじみとする。花金、TGIF。皆楽しそうだなあと思ってあくびを一つ。1月ほど前のバレンタインデー直前に恋人とも別れ、今はフリーだ。本当に何にもない。暇だ。今日なんて、階下のお酒専門店でワインとおつまみでも買って一人で楽しもうと思っていたほどだ。

「(それにしても月島係長、何かあったのかな)」

今日は普通に何にもなく、資料の確認や印鑑を貰いに行った際も、いつも通りの様子だったと思い起こす。週末だから、ややお疲れ気味ではあった。それに、今週はくしくも(?)鶴見部長とともにニューヨーク支店の出張があったため、ホワイトデーは不在だった。その為、鶴見部長からは今朝ホワイトデーのお返しをみんなもらっていたし、私ももらった。六本木で有名な『パティスリー・サ〇ハル・ア〇キ・パリ』のマカロンだったので、流石部長だなあ〜と感心したものだ。おかげでマカロンってどこが美味しいんだ?と以前まで思っていた私も(安物しか食べたことなかったから)、大のマカロン大好き人間になれた(それほど美味しくてびっくりした)。そういえば月島係長からは皆虎ノ門にある岡〇栄泉本店「豆大福」を貰ってくばっていたので私も貰った。マカロンと一緒におやつとして食べたけど、豆大福も本当においしかった(よくエグゼクティブの秘書が選ぶ手土産として雑誌に載るらしい)。

「(チョコとか、洋菓子じゃないのを選ぶのも月島さんらしいなあ)」

同課の営業事務として月島係長の補佐をよくするが、本当に硬派というか、仕事は熱心だし、めったなことではトラブルやミスに見舞われても動じない、とてもまじめで、それでいてこの奇人変人の多い第7課の中では唯一の良心とさえ言われるほどに常識人である月島係長。新人の頃から面倒を見てもらっているが、ミスをしても怒らないし、的確に指示をくれるし、落ち込んでいれば声をかけたり、皆に内緒だぞ、と言って差し入れを入れてくれる、そんな素敵な大人である。この会社に入社して3年が過ぎ、本当にいろいろなことがあった。色々な人に助けてもらったが、結局全部月島係長に色々お世話や迷惑をかけてきたと思う。上司としてはもちろん尊敬しているし、近頃は恋人がいないせいだろうか、男性としての魅力もある人だなあと、年々思う様になってきたので、正直、ラインで呼び出しを食らった時はドキン、とした。さりげなくスマホカバーに着いた鏡で顔を見て、前髪を整える。先ほど会社を出る前に化粧を直しておいてよかったと心底思った。大丈夫、口紅もまだ色がきれいに残っている。







とはいえ、実はこの呼び出しは始めて、ではない。実は1月ほど前、恋人と別れたあの時にも呼び出しをされたことがある。あの時は本当に気持ちがしんどくて、世間はバレンタインデーで浮かれているのに私の顔は始終死んでいて、そんな異変に気が付いた彼、月島係長が仕事終わりに私に話しかけてくれたのだった。そして言いにくいことなら無理は言わないが、と前置きを言いつつも、私が言いやすいように肩肘張らないいい感じのお店でお酒を飲みながら恋の苦悩を吐露したことは記憶に新しい。恥ずかしかったけど、何もかも全部お酒のせいにして、色々彼に話したと思う。記憶は実際曖昧だが、嫌な顔一つせず私の話を聞いて、その上でろんでろんの私を家まで連れて帰ってくれたのだ。いつも苦労している彼に、さらに苦労を掛けてしまったけれど、その時は本当にうれしかったというか、一人でいたくなかったので本当に救われた気がした。もちろん、彼はみだらなことなど一切せず、私を家に導いて寝かせると私の荷物をきちんとおいて、そのまま帰っていった。次の日には「暫くは外で一人で飲みすぎるなよ」という一言もラインで送ってくれていた。なので彼の言う通り、近頃は家でおとなしく飲んでいるのである。

「みょうじ、」
「お疲れ様です」

思わずしゅっとベンチから立ち上がれば、コートと鞄などを小脇に抱えた月島さんが4,5メートル先にいた。走ってきたのか片手にはゲート入場用の社員証のストラップを持ったまま此方に向かってくる。確かに、ちょっと待たされたが然程時間は経過していなかった。

「待たせてすまなかった。」
「いいえ、全然、走らなくても全然大丈夫でしたよ」
「いいや、」

月島さんはわたしを見ると口角を上げた。そして小脇に抱えていた紙袋を私に差し出した。白いシンプルな紙袋で反射的に手を伸ばす。中を覗けば、また紙袋が入っていて、その紙袋には見たことのある紙袋と、そしてなかなかの重量感があった。

「お酒、ですか?」

私がそういえば彼はこくんとうなずいた。あれ、私誕生日まだ先だし、何かしらと首をひねっていれば、彼は補足をするように口を開いた。

「ああ。バレンタインデーのお返しだ。」
「え、でも私もう大福貰いましたよ?」
「あれは他の奴用でみょうじのはこれだ。」
「えっでも、こんな大層な…」

私も確かにあの例の飲み会があったのでちょっと高めのチョコレートをプレゼントしたが、このお酒ほどいいものではなかったはずだ。しかもこれ、よく見たらグラスと一緒に入っている本当の贈答用のプレゼントセットのようだ。気が引けてわたわたしていれば月島係長がふっと笑った。

「他の奴らのは世話チョコみたいなもんだ。こっちが本命だ。」
「ほ、ほっ」
「流石に仕事中には渡せなかったから、呼び止めて悪かったな。」
「いいいいいえ、そんな、てか、本命って…」

驚きで腰ががくがくしてきた。ええ〜、これ夢じゃないよなとプレゼントと月島さんを交互に見る。だから今日疲れてるのにとんでもないスピードで仕事こなしてたんだなあと思うとなんかもう手汗も止まらない。彼はというとさすがに歳の功なのか別におどおどするわけでもないが、かといってものすごい余裕があるというわけでもない。テンパる私を見てどうしたものかと困ったらしく、ぽりぽりと頬を掻いて、それから思い起こしたように口を開いた。

「『10分くらいいいか』って聞いたが…、」
「はい、」
「このあと時間あれば、それ、一緒に飲むか?」
「えっ」
「一人で飲むのは気が置けないからいいが、流石にそろそろ寂しくなって来ないか?」
「………」
「まあ、無理にとは言わないが、」
「い、一緒にのみたいです…」
「そうか。」
「その、私の家今超汚いですけど、いいんですか…」
「もうこの間見たから大丈夫だ。」
「ああ、そういえば。」

ちゃんと掃除しておけばよかった、とぼそりとつぶやけば月島さんはふっと鼻で笑って、それから重いだろう、といってさらりと私の手から先ほどの紙袋を取った。今気が付いたけど、グラスセットのプレゼントなら、グラスは2つだ、あれ、これ最初から一緒に飲むつもりだったんじゃ…と思ってぶんぶんと頭を振って考えるのをやめた。今日はきっと、月島さんは帰らない。


201.03.10
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