ホワイトデー大作戦 | ナノ
あだるてぃな鶴見さんに大人な招待状を貰う

眠らない街、六本木。オフィスが思いっきり港区なので飲み会などあれば何かにつけて便利という理由から六本木や赤坂で飲むことが多い。同僚や他の子たちも六本木や西麻布に行きつけのお店があるらしく、東京カレンダーでどこどこのお店が出ていただので女の子たちなんかはこぞって通ってる。例にもれず、私もミーハーな子たちの一人だ。専ら最近は忙しくて行けていないが。

「西麻布交差点の近くにある焼き肉屋が熱いらしいんですよ、今月9ドラマで出てる俳優が良く行くらしいんです。あそこのバル〇ゾンビルっていう白くて大きなビルなんですけど、行ったことあります?」
「いやあ、ないですねえ。そのビルは知ってるんですけど。近頃忙しくて、なかなか探索できてないなあ。」

いそいそとPCに向かいデータを打ち込みながら他愛ない話をする。隣の昨年からこの課に配属されたばかりの後輩はすっかりこのオフィスと人間関係に馴染んだらしく、いまでは本当に港区女子、といった具合だ。昨年の配属されたばかりの頃はリクルートスーツを着ていつも緊張した面持ちでそれはそれで可愛かったのだが、ここのお姉さま方に感化されたのか、いつのまにやら髪はハイライトを入れ、爪はネイルサロンで整えられ、まつ毛はまつエクでばさばさ、いつも持ち歩く仕事鞄はスーツの青木で買ったであろう物から、マイケルコースやサマンサタバサになった。分かりやすくて若くって、可愛いなあ、努力しているなあ、と思う。私はというと、流石に勤続年数3年経過するとハイヒールは履かなくなるわ、ユニクロで服は済ますはでもう少し後輩を見習った方がいいのではないかと思えてくるが、これがなかなか治らない。まつエクとネイルはやむを得ないで一応通っているがひどいときには放置もする。横を見遣ればかわいい後輩は口を動かしながらも一生懸命仕事をこなしている。そしてその片手には、ホワイトデーでもらったチョコバーがあり、頬がもごもごしている。

「それ美味しい?」
「美味しいですよ!食べたほうがいいです!なまえさんも三島さんに同じのもらいましたよね?」
「うん。でも今玉井係長にもらったクッキー食べちゃったからまたお腹すいたらそれ食べようっと。」

仕事をしているとつい忘れがちになるが、今日は何を隠そうホワイトデーだ。皆会社の男性陣は女の子たちに感謝の意とともに当たり障りのないお菓子を渡していた。例にもれず、私も色んな人から日ごろの感謝とともに色々貰っていた。甘いものを朝から食べまくっていたのでお腹も満たされもうしばらく要らないくらいだ。

「この時期は太ってしまうね〜」
「本当に、でも本望です!」
「わかいなあ」
「なに言ってるんですか、なまえさんとわたし年齢ほぼ違わないじゃないですか。」

がつがつとチョコバーを頬張りながら仕事をする彼女を温かな目で眺めていれば、ふと左肩をちょんちょんと触られて振り向けばそこには満面の笑みで此方を見ている我が課の部長が見えて思わず「わっ」と声が漏れた。

「お、お疲れ様です、」
「お疲れ様ァ。」

我が部長こと鶴見部長はにっこり笑ってそう言うと、徐に紙袋を取り出してその中から小さな紙袋を二つばかり手に取ると、それを私と隣の後輩に手わたした。彼も例に漏らさずホワイトデー恒例のお返しを渡してオフィスを練り歩いているようであった。

「甘いのばかりだと思ったから、今年はおかきにしてみたんだ。」
「やったー、いつもありがとうございます。」

感謝を述べれば彼は今後もよろしくね〜と言って手をひらひらさせてその場を去っていってしまった。改めて貰った小さな紙袋の中身を空けると、仰る通り中は高級そうなおかきのお菓子だった。隣の後輩は喜びのあまり恍惚とした表情をしている。

「甘いの食べたらしょっぱいの食べたくなりますもんね〜」
「確かに。」

おかき位なら食べれるなあと思いつつ何とはなしに手に取ると、何かがかさりと落ちたので慌てて足元に落ちた物を手に取った。小さなグリーティングカードほどの封筒で、なんだこれ?と思いつつその場で明けてみると、中にはなんとセキュリティカードのようなものが1枚と、メッセージカードが一枚入っていたので思わず目を丸くした。反射的に隣の後輩を見れば何事もなかったかのようにおかきを食べているので、手元のカードを再び見た。

「あ、あのさ、」
「はい?」
「まだ食べてないんだけど、おかき意外に、なんか入ってる?」
「他のお菓子ですか?」
「うん」

そういえば何の疑いもない後輩は何かまだあるのか!?と期待を込めて鶴見部長からもらった紙袋を逆さにして探し始めていたが、やはり何も無いようでしゅんとしていた。

「無いです…」
「そ、そっか。おかきで十分よね、はは…」

そう言って慌てて皆に見えないようにカードをテーブルの影に隠すと、息を吐いてメッセージカードを改めた。

『午後18時にけやき坂歩道橋のルイ●ィトン側で待っていてね』

それだけ書かれていて、下には達筆の英字でサインが書かれている。そろりそろりと顔を上げてみれば、遠くで此方を横目で見る鶴見さんとばちりと目があって、思わず肩が震えた。私の表情を見た鶴見部長は口角を上げてぱちりとウィンクすると、目の前の営業の女の子に私たちにくれたものと同じ紙袋を手渡してもうこちらを見ていなかった。







「(い、言われた通り来てしまった……)」

午後18時のけやき坂通り。高級ブランド店や車店が軒を連ね、お金持ちや観光客が多く通る。冬になれば並木道はライトアップされ、東京カレンダーやるるぶでも特集されるくらいだ。目の前はヒルズ、後ろはヒルズレジデンス。一生ご縁のなさそうな土地であるが、憧れはする。落ち着きはしないが。オフィスが六本木だが、ここまでくれば確かに他の同僚にすれ違うこともあるまい。彼なりの心遣いだろうか。あの後他の子たちにも何とはなしに鶴見さんからもらったおかきに関して色々探ってみたが、みんな本当におかきしかもらっていない様子であった。やはりこのセキュリティーカードとメッセージカードを貰ったのは私だけの様子であった。

「(そりゃあ、うちの課が新たに増設されてから、スタートアップからいるからちょっと特別扱いがあってもおかしくないかもだけど……、この贈り物はちょっと…何かちがうよね…)」

そう思いつつ有名ブランド店のショウウィンドウを覗く。私にはやはり手が届かない商品だ。今までも確かに二人きりで食事に行くことは、あった。でも、本当にいつもありがとう、と言った形の食事で、職場に近いレストランなどで済ますことの方が多かった。この食事は私だけではなく、他の同僚(特にうちは営業が多いので男ばっかり誘っていたようだが)も誘われていた。俗に「鶴見メンテナンス」と言われる、会社の社員の最近の様子と今後や希望などを聞く人事的な意味合いの強い会合である(特に、鯉登さんや宇佐美さんなどは毎日してくれないかなとボヤく程、鶴見メンテナンスがお好きのようである)。でもこれはさすがにどこかのホテルのカードをあてがわれるくらいだから、いつもの会合とはちょっと意味合いが違うのだろう。

「遅くなってすまない。」
「お疲れ様、です。」

声が聞えてぱっと振り向けば我が上司がにこやかに出迎えてくれた。後ろには彼のらしい車がハザードをたいている。慌てて車に向かえば彼は恭しく助手席の扉を開けて、私はそこにおとなしく収まった。彼は車に注意しつつ運転席に入ると、すぐさま車を走らせた。ラジオからはジャズが流れていて、鶴見さんのおしゃれな趣味がうかがえる。そういえば、彼のプライベートな車に乗るのも初めてだ。そう思ったら本当にドキドキして手汗が出てきた。やばい。そんな私を見かねてか、鶴見さんはふっと笑うと口を開いた。

「最近はどうだい?後輩ができても、教えるのに必死で逆に仕事が増えてしまったかな。」
「いいえ。とても覚えのいい子ですから。むしろ、助かってます。自分の事に集中ができるようになりました。」
「それはよかった。スタートアップのときは、なかなか、定時に上がれなかったよね。みょうじには随分苦労をかけてしまった。」
「月島さんほどではありませんよ。」
「ははは、それもそうかもしれんな。」

あっという間に首都高に入り込んでしまい、看板を見たがお台場に向かっているように見える。鶴見さんはこなれた様に運転している。

「まだ入社したばかりの営業マン時代によくここは車で通ったんだ。毎日ね。朝も爽やかでいいんだが、夜もなかなか綺麗で、定時に上がれなくてもここを通れた時は何だか嬉しかったものだよ。ちょうど、みょうじと同じくらいのときだったかな。」
「そうですか、でも、本当にきれいですね。」

夜のニュースでよく見るお台場の夜景が、今目前に見える。どこに向かっているかは正直わからないが、それを一瞬忘れてしまうくらいには綺麗で見とれていた。あっという間に、レインボーブリッジを通り過ぎ、車はよくわからない道を通っているように思えたが、突然目前にホテルのような施設が見えて再び心臓が鳴り始めた。

「ここ、ですか。」
「ここのフレンチが美味しいんだよ。」

車はエントランスに入り、くるりと回ると大きな扉の入口に横付けされた。鶴見さんは当たり前のように車を降りて鍵をボーイに預けた。カバンだけ持って出てくるように言われたのでいそいそと車を降りて彼についていく。恭しく頭をキチンとセットしたホテルマンが出迎えて、それから会釈した。中は静かでかすかにクラシックがどこからともなく流れている。そこここに百合の花のモチーフが掘られた大理石風の壁飾りがあり、中央の大きな花瓶には本物のピンクの百合の花がたくさん生けてある。私がわあ、と声を漏らせば鶴見さんが写真撮ってもいいよと言ってくれたのでいそいそとスマホを取り出すとその見事な百合を収めた。なんかもう本当に私何しに来たんだろうと思いつつも、とりあえず彼についていく。エレベーターに乗り込むと鶴見さんは胸ポケットから私が渡されたものと同じ、黒光りするカードを取り出してそれをエレベーターのボタン部分に差し込んでから最上階のボタンを押す。あっという間に最上階に着けば、降りた瞬間どこからか素敵なジャズが聞えてくる。

「ラウンジが併設されているからね。今日は其処じゃないけど、いいレストランだよ。」
「十分ですよ、こんな…」

音楽はどうやら併設されているラウンジから聞こえているらしい。今日の目的地はフレンチレストランだ。入り口にはウェイターの方がおり、鶴見さんのお顔を見たらにっこり笑ってお待ちしておりましたと言ってすぐに案内してくれた。通された場所は判個室のような場所で、可愛らしいフランス風の装飾の施された垂れ幕のようなもので仕切られている。上着も預けてあっという間に座らされてしまった。

「コースはすでに頼んでしまったんだが、何か食べれないものとかあったか?」
「いいえ、全然。それに、頼んでいただければむしろ助かります…」

こんな高級レストランで色々自分で頼まなければならないのは却って困る。いつもこんな場所に来ることなんてほぼないのだから。あれよあれよという間に前菜が運ばれて、こまごまとしたものが運ばれてきた。テーブルには本日のコースメニューの書かれたお品書きと、美しい小花が刺さり、ナイフやフォークなどのきらりと輝くカトラリーたちや、お水など空のグラスなど、不必要なものはひとつもない。フランス料理らしく、お塩などの料理の味を変えてしまうものもない。ふと視線を移せば鶴見さんはるんるんしながらナプキンをお膝にのせていたので私も同じようにした。そして前菜を皮切りにワインも注がれて、かちんと鳴らさずグラスを掲げて乾杯をすると口をつけた。

「ここのワインを選んでいるのが先ほどワインを注いだウェイターでね。」
「おいしいです!辛くなくて、この前菜とあいます。」

そうこうしているうちに見慣れない綺麗な料理が運ばれてきて、思わずどんどん写真を撮っていってしまったが鶴見さんはにこにこ笑うだけで咎めない。

「インスタ映えってやつかな?」
「ふふ、本当のインスタ映えですね。でも、勿体ないから載せるのが躊躇われてしまうくらいです。」
「近頃忙しくて、こういうお店に行けてないと、風のうわさで耳にしたから、きっと喜ぶと思ったんだよ。」
「鶴見部長…!」

感動のあまりテンションが上がっていつも以上に酔いが回りやすくなっている気がする。料理に合わせて白や赤などの美味しいワインが出てきて、舌鼓を打つ。平日だが、人は多く、周りをちらと見ればご夫婦やカップルが多い。BGMとして流れている静かなクラシックが心地いい。鶴見さんとこうして落ち着いてご飯を食べるのも本当に久々で(彼も仕事で忙しく、このところ海外の出張もおおくてなかなか時間がなかったのだ)、スタートアップの頃を思いだしていた。酔いも回り、そろそろお腹が張ってきた頃合いにデザートのケーキが出てきて、最後にシャンパンが新しいグラスに注がれた。

「わあ、美味しそうなケーキ。」
「甘すぎないチョコレートなんだよ。きっとシャンパンに合う。」

小ぶりでサイズもちょうどよく、口の中にホロホロ溶けていくチョコレートは確かに美味しい。シャンパンにも合うし、夢のようだ。

「ホワイトデーだからね。」
「あっ…そっか。今日ホワイトデーだ。」
「なまえには本当にいつも感謝しているからね。」
「…そんな。私なんて。」

謙遜でもないのだが、本当にそう思って口に出したのだが、鶴見さんはそんなことない、と首を振ってそれからシャンパンをあおった。私は結構この時点で酔いが回っていたのだが(何しろこれでもう軽くワインは5杯目である)、鶴見さんは別段顔も赤くなければ普通にふるまっていた。デザートも食べ終えると少ししてからレストランを後にする。丁寧にごちそうさまを述べれば鶴見さんはにこりと満足そうに笑った。そういえば、当たり前のことだが鶴見さんも私もお酒を飲んでしまった時点でもう車はしばらく運転できないし、時間帯はまだ帰れなくもないがこの若干のふらふら具合では駅に行くのも難しい。エレベーターに乗り込むと、鶴見さんはまた当然のようにカードを取り出して、それから宿泊階に止まるらしくその階のボタンを押した。酔ってはいるものの、ハッとして鶴見さんを見上げるが、鶴見さんは何事もなかったかのようにスマホを弄っていた。

「あの、鶴見部長。」
「ん?何?」
「どちらへ…」
「何処って、部屋だよ。」
「そ、そうですが…」

え、一緒の部家っすか、と思い急にドキドキする。もはや自然に事が運びすぎて、あれ、私と部長って付き合ってたっけ?とさえ思う。確かに、この人結構いい年してるのに結婚してないものね、うん、とおかしな思考をしだしてうんうん唸っていればあっという間に目的階についてしまった。鶴見さんが恭しく手で先に降りるように指示したので流れで思わず降りる。美しい綺麗な廊下は左右に道があり、ルームナンバーが彫られた金版が左右でどちらに行けばいいか案内してくれる。仕事中穴が開くのではないかという位に見ていたのでわかるのだが、鶴見さんが気を利かせて前を歩いてエスコートしてくれた。

不思議なことだが、やばいと分かっているのに、流石にぎゃあぎゃあ言う年でもないから走って逃げる気もないし、ぶっちゃけ言うと鶴見さんならいいかな、なんていう淡い期待があって抗う気にもなれない。ただ、酔いが回っていて正常な判断が鈍くなっている頭でも少しだけ残った女性としての防衛本能や良心が、まだ付き合ってもないし、上司だけど、本当にアンタ、いいの?という風に責めてくる。それはそうなんだけど、と心の中に言いかけた途端、急に鶴見さんが止まったので思わず彼の背中におでこをぶつけてわっと声が漏れた。見上げれば彼は私を優しく見下ろしていて、それから向かい合った。彼の目の前には廊下の一番突き当りに位置する重厚そうな扉で、之は言わずもがな、カードを挿入して開くタイプだ。

彼はゆっくりとした手つきで私の背中に手を添えると、扉の前に立たせて、それから耳元で囁くように口を開いた。

「此処からは君が開けてくれ。嫌ならカードをこの場で返してくれればタクシーを手配する。」
「…………」
「反対に、ここに君に上げたカードを差し込んだら…」
「差し込んだら……?」
「…さあ、選んでくれ。」

にっこり笑って、それから私をとらえず離さない瞳に、思わず蛇に睨まれたカエルのような気がして、ふるふる振るえた指先で鞄のポケットに密かに差しいれていた四角いそれにゆっくり手を伸ばした。


2018.03.25.
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