ホワイトデー大作戦 | ナノ
年下後輩社員杉元君がかっこ可愛い

皆があれだけ浮かれていたバレンタインデーからアッと言う間にひと月経とうとしていることは、カレンダーを見ていて気が付いたわけでも、会社の女の子たちがまた浮かれている雰囲気を感じ取ったわけでもなかった。いつも通勤途中に通っている恵比寿駅前のアトレでディーン&デルーカで買った季節のフレーバーコーヒーのホワイトチョコ味を買った際に、可愛らしい女性店員(女子大生らしい)の子が、笑顔で「ホワイトデーですね」と一言、本当に何気ない一言で思い起こされたのだった。とはいえ、会社の皆に上げたのは全部いわゆる世話チョコってやつで、本命チョコだなんて、今までもこれからも上げることは無いのだろうし、お返しもだいたいうちの会社の男性はクッキーやゴディバの2,3個入ったようなチョコなどと相場は決まっている。勿論、もらえるだけうれしいのだけれど。







「なまえさん、まだ帰んないんすね。」
「ああ、杉元君。お疲れ様。」

もう定時からとうに1時間は経とうとしていたが、取引先が今日中に送ると言っていた契約書のドラフトが来ない。メールだけ貰えればいい話なのだが、今週は立て込んでいて明日は明日で諸々ありそうだから今日中に片づけたい、という一心で未だパソコンにかじりついていた。周りをみれば事務の女の子たちは一人もいないし、営業マンもほぼいない。この季節になるとようやく日の時間が伸びて17時くらいになるとまだ朧げに夕日がさしているが、そろそろ空も濃い群青色が勝っている頃合いだ。隣のデスクの一個下の杉元君は新人営業マンの一人で、新人とはいえガッツはあるしどの子よりも粘り強いしそして顔もいいのでかわいいかわいいと事務の女の子たちを筆頭に人気者だ。若いころやんちゃしてたのか知らないけれど、顔に傷があるとはいえ、きれいな顔立ちだし素直な子なので私も一目置いているし、私は彼の先輩にあたるけれど、おっちょこちょいだし、いつも彼に助けられてばかりで面目ないくらいだ。杉元君はお疲れ様ですと元気よくそう答えてそれから隣のデスクに腰かける。つかれているだろうに優しいから疲れた顔を見せない。外回りから帰ってきたのになんて爽やかなんや…と思わず横目で温かな視線をおくる。よく見ると、彼は自分のカバンと、それから大きな紙袋を下げている。それを視線にとらえて、本日何度目かの「ああ、今日はホワイトデーだったか」、と思い出すことが出来た。そういえばバレンタインに日にはこの子は本当に大量のチョコレートやら何やらを事務の子や受付の子、果ては掃除のおばちゃんにまでもらっていたっけ。先月のバレンタインにも大きな紙袋抱えて秘密で私と白石君たちと一緒に山分けして此処で食べたのだ。純粋だけど本当に罪な男だなあと言いながら同期の白石君とチョコを食べて杉元君をしみじみと見てからかったのが記憶に新しい。私も同期をはじめチョコを上げた上司たちにもいくつかもらっており、結構な量になったのでてきとうに引っ張り出したら出てきたロフトの紙袋に入れたものが足元に置いてある。今日の酒の肴にでもしようかと思っていたくらいだ。


「杉元君はモテモテだから、お返し大変だったでしょ。」
「いや、全然。俺、センスないんで、全部伊勢丹のデパ地下でお姉さんに勧められたやつ大量に買って渡しただけですよ。」
「伊勢丹で買う時点でもういい男決定なんだよなあ。」
「いやあ、本当に違うんですって。」

私がそう言って小突けば彼はすこし照れたのか焦ったようにそう言って頭の後ろをかいた。外回りから帰ってきたので彼は後日報を書いて退社するだけだろう。私はその逆で日報はもう済ませたがメールが来なければ意味がない。18時半になってしまえばここのフロアは強制的に電気が消えて帰らなければならない。それまでの我慢だと、レッドブルを一口飲んで溜息を吐く。

「まだ終わらないんですか?」
「ううん、取引先の人がドラフト送るの待っているの。先方営業時間19時までっぽいから、ぎりぎり粘ろうと思って。」
「そうですか」
「……ああ、全然気にしないで帰ってね。」
「あの、すこしいいですかなまえさん。」
「ん?」

何か質問でもあるのかと隣を向けば、ちょっと緊張した感じの彼の双眼と目が合った。心なしか頬が少し仄かに赤い気がしたので何事かと思えば、彼は持っていたおおきな紙袋の中から何かを取り出すと、ずいっと私に差し出した。

「これ、バレンタインのお返しです。」
「あ…ああ!ありがと!」

差し出された袋に手を伸ばして検める。ピンクの可愛らしい紙袋の中にはこれまた可愛らしい包みの袋があり、手に取ればそれは赤いリボンで舗装されていた。中には何やらお菓子が入っている感じだ。カナヘイのような可愛い兎のシールまでついている。

「やだー!超可愛いじゃん!」
「へへ、これ、明日子さんと一緒に選んだんですよ。」
「うそっ。」
「明日子さんに教えてもらって一緒に作ったブラウニーが入ってるんです。」
「ブラウニーかあ、いいねえ。ありがとう〜すっごいうれしい!」

明日子ちゃんとは話によると杉元君と現在同居している親戚の子のことである。彼女のご両親が仕事で海外におり、今はおばあちゃんと二人暮らしなのだが、そのような中、就職で上京してきた杉元君はその二人の家にお邪魔しているらしい(世間はそれを居候という)。とはいえ、杉元君は明日子ちゃんを我が妹のようにかわいがっており、学校行事にはお父さんの代わりに参加するし、休みの日には一緒に遊んだり、遠出をしたりしているらしい。明日子ちゃんはまだ小学生ながらとても大人びた子で、炊事などはある程度できるし(おばあちゃんやお父さんに仕込まれたらしい)、弓道などの習い事はもちろんお勉強も頑張るスーパー小学生だ(家庭科はちょっぴり苦手らしい)。この間などは運動会の写真を杉元君にここで見せびらかされたし、ラインでも送られた。父兄参加の玉入れや綱引にも参加したらしい。写真の中の二人がとても楽しそうで本当の兄妹に見えた。微笑ましい。

「気を遣わせて悪いねえ。」
「いいや、全然!バレンタインのときには俺の分と明日子さんの分までもらっちゃったし、ぜひ二人で作ろうってなったんですよ。」
「嬉しいなあ〜今お腹すいてるし、ちょっと食べてもいい?」
「ぜひ!」

私がそういえば杉元君はパアアアと顔を輝かせてそう言ったので綺麗に包装を解いてブラウニーに手を伸ばす。中にはたくさんブラウニーが入っていて、クルミの入ったものと、プレーンのものがあるようだった。プレーンを一口かじれば甘すぎず、かといって苦すぎないちょうどよいチョコの優しい甘さが舌の上で溶けて滑っていく。よっぽど綺麗に混ぜて作ったのだろうなあという作り手の優しさまでわかる逸品に思わずうるっとくる。今の自分にはありがたい心の品だ。

「ありがとう…すさんだ心に響く美味しさだよ…。」
「よ、よかった。」
「…あれ、まだ中に入ってるねえ。」
「、」

何かしらんとルンルン気分で手を伸ばし確かめれば、それは先ほどのお菓子の包みとは明らかに違い、重厚感のある洗練された重みとその形に思わずキョトンとする。するりと袋のなかから取り出せば、先ほどとは違う白い小箱が顔を覗かせた。箱には有名ジュエリーブランド店のロゴが入っていて、思わず飲み込もうとしたブラウニーがもう一度こんにちわをしてしまいそうになる。何とか耐えて目を見開いて隣の彼を見れば、先ほどとは比べ物にならないくらい緊張した面持ちの彼を見ることができた。

「杉元君…これ……」
「あの、なまえさんがよく休憩中に見ている雑誌の裏に広告があったので…」
「…あーあ、」

ジェイ〇ェイか。と冷静になったのはつかの間。確かに今月号の裏表紙はこのジュエリーの宣伝だった。宣伝文には確か、ホワイトデーを完全に意識して謳われた文言と、「愛する人に贈る、最愛の一本」てきな文言がでかでかとシンプルに付け加えられていた気がする、と朧げに思い出す。驚きつつも半信半疑で丁寧に包装を解き、中を改めると、中には一倫の薔薇の花とともに銀に輝くネックレスが入っていた。中央にはひときわ輝く石の粒が配置され、その周りには説明しがたいほどの複雑な、そして可愛らしい装飾が施されている。

「いいなあって、なまえさん、つぶやいてたので。」
「き、聞いてたの…、」

私が驚いて聞き返せば杉元君はこくんと真面目にうなずいた。そして先ほどとはちがう鋭く私をとらえて離さないような視線を真っすぐ向けて口を開いた。

「これは、俺からです。」
「う、うん。でも、何で…だって、これ、最愛の人って書いてあったじゃん、ジェイ〇ェイ。」
「だからです。」
「…………」
「…………」
「……まじか。」
「マジです、好きです、なまえさん。初めて会った時から。」

うっそーん!と、いつものようにお道化るような雰囲気や隙さえない。真っすぐ見つめる杉元君の眼から視線を逸らすことさえ許されないような気がした。頭の中でぐるぐると好きです、という単純でそれでいて力強い言葉が行ったり来たりする。それでいて頭の片隅では妙に冷静な自分がいて、まるで他人事のように杉元君ってば
告白の時も男前なんだなあと妙に感心している自分もいた。もう訳がわからなくて、でも視界の端でPC画面に待ちに待った先方からメールが来たのを確認できるくらいには大人で、でもかといって冷静にこの場を収めるほど経験値のある大人でもないし、取り乱すほど子供でもないのでどうしようかなあと思う。杉元君はどんな気持ちでこんなことをい言ってくれたんだろうかと、ふと考える。

「これ、罰ゲームとかじゃあないよね…」
「えっ」
「ご、ごめん、白石君の入れ知恵かなあ〜なんて……ごめん、私最低だわ…。」

こんな年にもなってこんなことしか言えない自分が恥ずかしいと涙目になって(というかもう訳の分からぬ感情の濁流に押し流されてすでに涙が一筋流れていた)謝れば、杉元君は慌ててその涙の流れた私の頬に手を添えてきたので、大の大人が二人して「えっ」となって、あわあわしていた。

「罰ゲームじゃないです。」
「そ、そっか、嘘じゃないよね、この期に及んで。」
「なまえさんにそんなことする奴は、白石でも、俺は許さないです…」
「そっか…」
「はい。」
「…………」
「…………」
「あ、あのさ」
「はい」
「私も、好き、とか言ったら、嘘っぽいかな。」
「いや、全然。」

信じます、そういって私の涙をぬぐった手をそのまま滑らして私の膝の上の手を握る。彼の眼を見ていれば、嘘ではないことくらいわかるのに、なんて優しくて、そしてカッコイイ子なんだろう。訳も分からぬうちに、でもこの掌の素朴なぬくもりに応えたくて、私も精一杯の思いを込めて杉元君の大きな掌をぎゅっと握り返せば、彼は再度頬を紅潮させつつもじっと見つめてくる。映画ならばここでキスの一つでもするのだろうし、現にじりじりと杉元君は心なしか近づいてくるように感じだ。ああ、私の人生、すてたもんじゃないかも、と思った矢先、かちっと突然周囲が暗くなった。

「おーい、邪魔して悪いが、もう消灯だぞ。」
「つ、月島課長……」

扉の方で無表情でそう伝える上司に再び大の大人が二人して「えっ」となって、あわあわした。


2018.03.10.
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