7



「墓参り、か…」
「………。」
「………。」

さすがに異様な空気を感じ取ったらしい彼はそれ以上は私に問いかけることはなく、黙ったまま私の後ろに続いていた。日はもう空の上にある。墓の隣にある教会では朝のお勤めを終えたばかりらしく、いい香りのお香の匂いが満ちていた。信者とここに住む子供たちがちらほらいる中、私はシスターにお包を渡すと、シスターは感謝のお言葉をくださった。そして傍にいた可愛らしい娘は私に十字架のメダルのネックレスをつけてくれた。エースさんは椅子に腰掛け、黙ったままぼんやり眺めていた。



「こういうところとは縁遠いんではないですか。」
「ん、まあな。」

目の前の新しい墓に花を手向け、その横の墓には持ってきたワインをおいた。エースさんは墓を見下ろして、その墓碑を目で追っていた。

「…祖父母の墓です。後ろは私の両親の。」
「…………」
「母は私を産んですぐに病気でなくなりました。父は、私が六つの時に。」
「………そうか。」

エースさんは珍しく何も喋らない。ちょっかいも出さない。馬鹿だけど空気を読めるほどの常識は弁えているらしい。私が掃除をはじめると、エースさんはどこか散策に行ってしまった。私と家族との静かな対話の時間を邪魔せぬようにと、彼は知ってか知らずか何も喋らなかった。







一通り掃除を終え、そういえばと掃除用具を戻しつつあの男の様子を見た。彼は崖の方でマリア像のある岩に腰掛けて、ぼんやりと地平線を眺めていた。マリア像のすぐそばには望遠鏡がある。ここは街を見渡したり海を眺める絶景スポットなのだ。

「いい場所だな。海が見えて。死んだらこういう墓に入れて欲しいもんだ。」
「たしかに、綺麗なところです。」

この教会は崖の上にあり、お墓はその崖の淵に合わせて作られていた。この町の人は信心深く、このマリア像はその象徴でもある。マリア像の眼下には街が広がっていて、ここからだと自分の家が小さく見えた。祖母は大変信仰心の強かったので、協会への寄付は怠らなかったし、足腰が弱くなっても日曜日のミサには必ず通った。私はどちらかというと祖母ほどの信仰心はなかったが、この崖の上の景色や、教会の古めかしい石造りやステンドグラスの美しさが大好きで、よくついて行った。それをぽつりぽつりと横にいるエースさんになんとはなしに話せば、別段面白い話でもないのに彼はうんうんと頷いてくれた。こんな話、別に海賊に話したところで、という野暮な考えは正直思ったけれど、どうしてかその時の私はどうにも祖母の墓を目の当たりにして感傷的になっていたのか、話したくて仕方がなかったのである。家に帰れば、もう話をする相手もしてくれる相手ももういないのだから。

「…あら?」
「お、なんだ。」

突然視界の端で何かが動いた気がしたのでそこを見る。突然私が頓狂な声を上げたので彼も気になったのか私の肩ごしにそちらを見た。そこには見覚えのある小さな頭がちょこんと見えたので、私は思わず声をかけた。

「ゆずちゃん?」
「うん。」

名前を呼べば、小さな頭は半分出てきた。

「おいでよ。」

私がそういえば小さな頭は全部出てきた。そしてとてとてと私たちの前に出ると、気恥かしそうにはにかむ。手にはスケッチブックと色鉛筆の箱。

「あ、お前さっきの嬢ちゃんか。」
「はい。ゆずちゃんです。」

私が紹介すればエースさんは思い出したのかにこりと笑った。先ほどの、私にメタルを首に引っ掛けてくれた女の子である。ゆずちゃんはここの教会に住んでいる所謂孤児である。というよりも、ここに住んでいる子供たちは皆、総じて孤児だ。教会が預かり、お勤めのお手伝いをする代わりに寝食と教育を施すのだ。

「さっきはありがとうね。おかげできちんとおばあちゃんに挨拶することができました。」
「よかった!」
「はいこれ。」

そう言ってカバンの中からたくさんの飴玉の入った紙袋を手渡せば、ゆずちゃんは嬉しそうに礼を述べて走っていってしまった。みんなに分けるのだろう。ここではそういう教育をする。きちんとみんなに分け与えるのだ。

「孤児か。」
「はい。みんないい子です。でも最近捨て子が多くて困ってるらしいです。」
「捨て子?」
「はい。おかげで施設はパンパンで、新しいおうちが必要なんですけど、どうやらその資金もないらしいです。」
「…そうか。気の毒だな。今の嬢ちゃんは?」
「ゆずちゃんですね。ゆずちゃんの両親はもともと船で貿易業をしてたのですが、三年前にその両親を乗せた貿易船が突然海賊に襲われて、そのまま、船ごと行方不明になったそうですよ。」
「………。」
「………。」

あ、と思ったけれど、まあいいかと思ってとりあえず立ち上がる。聞いてきたのは彼なのだし、私はただ単に本当のことを答えたまでだ。エースさんうーんと珍しく難しく考え込む顔をした彼がいて、思わずやはり攻めすぎだったろうかと思った矢先、彼は勢いよく立ち上がった。

「帰るのか。」
「ええ。」
「送る。」
「……いいですよ別に。」
「送らせてくれ。服も返さなきゃだしな。」
「………いいですって。その服あげます。」
「返す。あと送る。」
「……いいですって。」
「………。」
「まあ、断っても勝手についてくるんでしょうけど…」

案の定彼はついてくるらしく歩き出した私に並ぶようにして歩き始めた。下り道からは眼科の様子が見えた。やはり美しい街である。地元民だけどこれだけは自慢できる。彼も歩きながら、街の様子を眺めていた。すっかり傾いてしまった日の光が彼の黒髪を照らす。

「俺は海賊だ。」
「…知ってます。今更なんですか。」
「でも後悔はしたことねえよ。この方が俺に合ってるんだ。俺は自分で決めてこの人生を生きてる。」
「…はあ。」
「だが別にこうめのような人生を馬鹿にするつもりはねえ。どうせ人は死ぬ。手前の好きなように生きりゃいいんだ。俺は自分の信念のためなら死んでもいい。」
「…その、あなたは何がしたいんですか?こんな、言い方がアレですが、犯罪者にまでなって。」
「俺も今まで生きてきていろいろあった。色々あった中で今は親父のところにいる。俺はどれほど親父に救われたか知れねえ。今の俺の夢は、親父を海賊王にすることだ。」
「…はあ。随分また、壮大な…(やっぱ生きてる世界が違うんだな、この人は…)。」
こうめは何かあんのか、目標とか。」
「え。」

聞かれて思わずどきりとしてしまうも、悟られぬ様に歩みを止まらせずに進んでいく。とりとめもない会話の中で、とつぜん衝撃が走ったかのようで、自分でも激しく動揺しているのがわかった。目標。夢。そんなものずいぶん前においてきてしまった忘れ物のような存在であった。

「私は…」
「おねーちゃーん!!!」

突然後ろから聞こえた声に、二人して振り返る。後ろからとてとてと数人の小さな頭が見えて、息を切らしてけんめいに走ってくるものだから思わず立ち止まる。先頭を走るのは水色のワンピースに首には十字のロザリオ。

「ゆずちゃん、一体、どうしたの?」
「おねえちゃん、これ、」

はあはあぜえぜえとついてきた二三人も息を切らしつつその顔はにこにこと屈託のない笑顔を見せている。ゆずちゃんは私にずいっと二つ折の髪を手渡すとにっこり笑った。

「おれい!」

そう言って彼女は渡し終えると直様来た道をこれまた駆け足で登っていく。もれなく付いてきた三人の少年少女もわーと走っていってしまう。転ばないようにと声を上げれば皆聞いているのかいないのか、そのまま走り去ってしまった。

「元気だな。」
「ええ…。」
「なあ、なんだそれ。」

彼が視線で私の手の中にある紙を示す。気になり私もその場で髪を広げてみる。そうすれば隣にいたエースさんものぞき見た。

「これ…。」
「おー、うまくかけてんな。」

画用紙には色鉛筆で描かれた絵があった。海の青、空の青、マリア像が書かれて街並みや山の様子、そして崖の上で笑顔で並ぶ私と、そして隣にいるエースさんが描かれている。彼の言うとおり、彼女の年齢では想像できないような緻密な絵が描かれている。これを六歳が描いたと言って信じる者はどれほどいるか、それほどまでに素晴らしい絵だった。エースさんも絶賛するはずである。

「…でもあれだな、ひとつだけ気に入らねえところがある。」
「え。素晴らしい絵じゃないですか。一体どこが気に入らないんですか。」
「ほれ、見てみろ。イケメンの隣にいるその女の顔。」
「………。」
「全然笑ってねえじゃねえか。」

エースさんは画用紙の中の私を指差す。絵の中のエースさんは相変わらずの眩しい笑顔を見せているのに、私はいつもの無表情、というか、おそらく笑顔を描こうとしたが、それがうまくできなかった、といったような絵となっていた。これには私も反論のしようがない。

「どんなにあの嬢ちゃんが天才でも、見たことねえもんはなかなか描けねんだよ。」
「………。」
「だから笑えって。」
「………」
「あ、おい、先行くなって。」
「………」

画用紙を握り締めたまま、つかつか歩き出す。私には、ほかの人よりもできないことが多すぎて、愛想もないし、家族もいないし、挙げ句の果てに夢もない。私は、一体、何のために生きてるんだろうか。

「おい、待てよ、悪かったって!」
「………。」
「笑ってなくても綺麗だよ!」
「(バカみたい)」

こんな時にごまかす涙も、笑顔も出ない。エースさんの慕う彼の人のように助けてくれる存在や、私を守ってくれる人、助けてくれる人もいない。一人ぼっち。それが悔しくて、悲しくて、兎に角、私は一刻も早くここから、エースさんから離れたかった。



執筆 2015.09.06.

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