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「なあ、これ熱い。」
「………。」
「なーあ。こっち向けよ。」
「………。」
「こっち向けってこうめちゃん。」
「…どうして名前を。」
「あの本屋の姉ちゃんが言ってた。」
「(……しのさん)帽子返してもらったんですね。これでもう本屋には来ないでください。」
「おう。もう本屋はいい。お前ん家知ってるしな。」
「…………。」

ジト目で彼を見れば彼は私が無理やり着せたコートの襟をなれぬような仕草でつまんだり、履いているパンツに気を取られている。来るなといってもついてくるので私が家を出る前に無理やり着せたのである。亡くなった祖父のコートで随分着てなかったが、祖母は生前からずっと祖父の持ち物は全て手入れを怠らなかったし、私もそれを継承してクリーニングには定期的に出していたのだが、まさかここに来てこのような形で役立つとは。

「なんだよ、風邪ひくって心配してくれたのか?やさしーなーこうめちゃんは。」
「その刺青が見えないようにですよ。」
「…あー、なるほどな。」

彼はそう言うと先へすたすた行ってしまっていた私の方まで急ぎ足をして並ぶように歩いた。朝の白樺並木はとても気持ちのいいもので、木々の隙間からは水面に反射する光と太陽の光が差し込んで幻想的である。
静寂の中に鳥たちの声や潮の音、港から出航する船の音が聞こえてくる。港では早朝に取れたばかりの魚がせり出され、もうそろそろ市場が始まる頃合だ。市場には海の幸はもちろん新鮮な野菜や果物や食物、飲料物、入荷されたばかりの雑貨までもが並ぶ。中にはファーストフードの屋台もたくさんあって、地元の人間は仕事の前の朝ごはんやコーヒーブレイクなんかを屋台で済ますことが多い。この街の名物の一つである。これがこの街の朝の光景である。今日はまず市場で必要なものを買って、それから目的地へと行く。本当は一人で行く予定が、別に来て欲しくもないオマケもいる。

「はあ。」

今日も随分冷えているな、と思ってコートを着たはいいがマフラーを持ってこなかったことが悔やまれた。まだ秋もこれから深まるという時期だが、冷え性の私にとってはもう冬になった感じだ。

「太陽出てるからあっつくなってきた。」
「………。」

一方いつも半裸の彼はコートが暑いらしい。中は簡単なシャツとハーフパンツからロングのブラックのパンツを着させてその上にコートを着せただけだというのに暑いのかと驚愕しつつ無視する。すると彼は私の反応が面白くないのかうーんと私を見下ろしながら唸った後、何を考えたのか急に距離を縮めたかと思えばがしっと私の肩に自身の腕を回したので思わずびくりと肩が震えた。

「な、なんですか急に!」
「寒そうだったからな(笑)」
「(笑)じゃないです!離れてください(怒)!」
「断る。」
「それでなんでもうまくいくと思ったら大間違いです!」
「なるさ。俺がなんとかする。」
「……うう」

私の方を掴む彼の腕の力が強まって思わず威勢が弱まる。完全に弱者と強者の関係である。なんという不条理、なんという理不尽。

「ま、でも本当に寒いんだろ。だったらしばらくは仲良しこよしで肩組んでようぜ。どうせ誰もいねえし。」
「………。」
「睨むなって。いい加減笑えよ。」
「笑うか!」
「いて!」

咄嗟に彼のすねを思い切りけると、一瞬私の肩を抱くその腕が緩んだのでその隙に走り出した。弁慶の泣き所とはよく言ったものだ、大の男でもやはりここを蹴られると痛いらしい。

「あ、こら待て!」

うねり声を上げつつも彼は私を追いかけてきたのでしばしの追いかけっこを繰り広げる。デジャブだ。案の定直様彼に捕まってしまったが、おかげで体はすっかりポカポカになった。









「うまいなこれ!サッチに教えて作ってもら…グガー……」
「………。」
「グガー……」
「………。」
「グガー……」

目の前で起きた現象にとりあえずあまり目を向けないように努めた。最初は心臓発作でも起こしてお皿に頭を突っ込んだのかと思い慌てて彼を起こそうとすれば聞こえてきたのは紛れもないイビキ。

「(寝てる…のか。)」

にわかに信じ難いが、彼は寝ているのだった。呼吸もしておれば、痙攣も起こしていない。紛れもなく、彼は熟睡しているのだ。因みにこの現象は既に三回目の前で起きている。本人は特に気にしていない。私は出来るだけ目立って欲しくないというのに彼はなぜこんなにも目立つのか。とりあえず彼を覗き込めば突然むくりと起きたので再び驚いて思わず後ろに退いた。彼は別段気にする様子はなく、テーブルに置かれたフォークを手に取ると再びもぐもぐ目の前のごはんを食べ始めた。

「あの、あなたは一体なぜ食事中に…」
「ん。なんだ。」
「いえ、なんでも……。」

とりあえず周りの人ももう気にする様子はなかったので私も彼らに習ってスルーした。世の中には不思議な人が多けれど、ここまで際立った人はいるものなのか。さすがかの悪名高い海賊団に所属してるだけはあるなと恐れおののいた。

「なあ、次はあそこのケバブ食おうぜ。」
「…勝手にどうぞ。」
「よし、今買ってくっから待ってろ!」
「(さっきからどれだけ食べる気なんだ)」

とりあえず彼を無視して花屋の花に視線を移した。ここの花屋さんはいつもお世話になっている。

「お早う御座います。」
「あら、おはよう。こうめちゃん。元気?随分窶れたようだけど…」
「大丈夫です。あの、献花用のお花見繕ってもらえますか?」
「…四九日か。もうそんなに日が経つのねえ。」
「はい。あっという間でした。」
「ツバキさんには随分おせわになったからねえ。」
「祖母はここのお花が大好きでした。元気でイキイキしてるから、趣味の生花も楽しいって。」
「嬉しいねえ。でもそれを聞くと尚の事寂しいよ。」
「………。」
「じゃあ、お花はツバキさんの好きだった花を見繕うよ。」
「…お願いします。」

花屋のおばちゃんが見繕ってくれている間、私は他の花々に目を通した。もうお花には少々厳しい季節が来たが、実りの季節でもある。祖母はお花が好きだったけれど、好きな季節は秋だと言っていた。山全体が赤や黄に染められて、落ち葉が湖に落ちて染まるのも好きだし、松ぼっくりや団栗、アケビや南天の実がなるのを毎年楽しみにしていた。

こうめ!ここいいたのか!」
「げ。」
「げってなんだよ。ほれ。」
「何ですかって、ケバブ…。」
「うまいぞー。」

ニコニコ笑って彼はケバブを咀嚼する。ソースが頬についてバカっぽい。

「なんだ、花屋に寄りたかったんだな。」
「………。」
「祝い事でもあんのか?」
「関係ないです。」
「なんだよ、ここまで来てそりゃねえぞ。ついてくっつったろ。」

不機嫌そうに口を尖らせる彼を一瞥して顔を背ければ、今度は花束を持ち、随分驚いた顔を浮かべたお花屋さんのおばちゃんと目があった。その顔は間違いなく驚きの中にもキラキラしており、興味津々、興奮気味といった具合だ。この花屋のおばちゃん、本屋の店長と同じく気前がよくて肝っ玉で好きなんだけど、何しろ店長以上のうわさ好きで、(余計な)世話焼きで有名なのだ。

「(あ、嫌な予感する。)」
「なんだいこうめちゃん水臭いねえ!こんな素敵な“恋人”がいたなんてねえ!」
「あ、あの、落ち着いてください。おばさん、この人は、」
「エースと申します、お見知りおきを。」
「まあ、なんて好青年なの!?」
「(コイツ……!)」

キッと横の男を睨めば横の男はしたり顔で私を横目で見下ろすとぺろりと口の端についていたソースを舐めた。さっきの脛キックのお返しとでも言うのか。

「でもこれでツバキさんも安心したろうよ。孫娘ひとり残して逝って、死んでも死にきれないだろうからねえ。」

うんうんとおばちゃんは一人で勝手に自己完結すると、私に花束を手渡した。慌ててお題を出そうとしたら、それは横にいる男によって阻止された。

「いくらですか。」
「まあ!なんて素敵な彼氏なの!?男はこうでなくっちゃ!」
「釣りはいらねえっす。」
「まあ!なんry(以下省略)」
「………。」

というやりとりを呆然と眺めるのでせいいっぱいだった。おばちゃん、この人海賊なんです、なんて今ここで言ったら、きっと私も仲間か何かだと勘違いされてしまうだろう。ああ、なんというジレンマ。









「…いつもいつもお金持ちですね。」
「あ?金なんか使わねえよ。屋台ばっかだったし珍しくここでは前払いが多いから出してるだけだ。」
「海賊なんだから宝物とかいっぱい持ってるんじゃないんですか。」
「あのな、そんな簡単に見つかったら苦労しねえよ。だいたい俺はいつも食い逃げで済ませてんだぜ?ははは、」
「(聞いた私がバカだった。)」



執筆 2015.10.31.

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