「よう!今日は仕事やす」
「さよなら」
ばん、という音が出るほどの勢いで扉を締めたつもりが、彼は瞬時に足を入れ込みそれを阻止する。頭が痛い。
「いってえ!」
「お願いですから帰ってください!」
「つれねえこと言うなよ!朝の挨拶しに来たんだよ!」
「しなくていいです!」
素晴らしい朝を迎えたはずなのに、突然お来訪者によりそれは壊された。というよりも、私の人生は今目の前のこの男、“ポートガス・D・エース”によって壊されようとしている。
「まあ、聞けって!」
「うわあ、」
押し問答(物理)をしようと踏ん張るも、やはり女の私では相手にならずいとも容易く扉は開かれ、目の前に見慣れた胸板が見えた。朝のひんやりとした空気とともにかすかに潮のかおりが入り込む。エースさんはとりあえず玄関に入ると私に向き合い視線を合わせた。私は横にあった刺股に手を伸ばそうとしたが、その手をエースさんに取られてしまい、それは叶わなかった。
「とりあえず落ち着けって。」
「落ち着けるわけないでしょう!?犯罪者が家に入り込んだんですよ!!」
「何もしねえって!」
「今から犯罪をする人が今から犯罪をしますだなんて言わないわ!ここには何もありません!」
「だあああ、どうすりゃお前は気が済むんだよ!」
「出てってくれれば安心します!」
「ダメだ!俺はお前と話に来たんだからなっ。」
「ひいっ!」
突然体が浮いたかと思えば、エースさんは暴れる私を片手で抱えて運び始めた。そしてリビングに向かうと私をソファに放った。なんという奴だ、女性に対して失礼極まりない。やはりこの人に常識というものはなかったのだ。というよりも彼が“海賊”という時点でまともなはずはなかった。そう、この男、“ポートガス・D・エース”は紛れもない犯罪者で、そして海賊だ。
「つうか朝から叫んで喉渇いちまった。」
彼は勝手知ったるように我が家を歩き、そしてキッチンへと向かうと勝手に茶をこしらえ始めた。何なんだ本当に。とりあえず海軍に電話するなら今だとでんでんむしを見るも、なんといつもそこにあるはずのでんでんむしはない。悔しいことに先手を取られたらしい。戻ってきた彼の手の中ででんでん虫が震えている。
「残念だったな。」
「………。」
「おー怖い怖い。そう睨むなって。笑えよ。」
「笑うか!」
数日前もそんなやりとりをして、結局私は海軍の電話がわからず、そしてとりあえず警察に電話したが警察が来る頃には彼はまんまとトンズラを決めていてまったくもって私の話は通らなかった。本当に、私に迷惑をかけたどころか警察に対しても迷惑をかけるなんて。おかげで私が祖母を失ったショックから気が狂ったのではと保安官さんに同情されてしまった。本当に解せぬ。このお休みもこの件を保安官さんが店長に連絡して、店長が私の心労を労うという形でむりやり有給を取らされての休みなのだ。本当に全てはコイツが狂わせたといっていい。海賊なんてどうでもいいし自分とは到底縁のないものだからと別に好きでも嫌いでもなかったけれど、彼のおかげですっかり大嫌いになった。
「お、随分お勉強家なんだな。」
「…おかげさまで。」
彼はソファに我が物顔で座ると、目の前のテーブルに広げられた数々の新聞や雑誌のスクラップに目を通した。中には自身の顔が印刷された紙がある。彼はその手配書を手に取ると、私にそれをみえるように差し出した。
『火拳のエース』
手配書を見て、それから目の前の男を交互に見た。それから深い溜息を一つ。
「ため息吐くと幸せが逃げるぜ。」
「誰のせいだか……。でんでんむし返してください。」
「断る。」
「………。」
乱れたローブをかけ直し、勤めて冷静を保つ。兎に角これからどうすればいいだろうか。でんでんむしは取られて連絡はできない。叫ぼうともご近所がいないので無理。走っても追いつかれる。戦うなどという選択肢は最初からない。だがひとつだけ方法があるとすれば、泳いで渡るという方法がある。彼はどうしても泳げないのだ。とある理由で。
「泳いで渡れるもんか。第一こっから直線距離で警察署まで二キロあんぞ。いくらお前が泳ぐの得意だったとしても無理だろう。ま、その前に封じ込めるけどな。」
「………。」
残念だが最後の可能性もダメだ。ああ、どうしよう。もし海賊と親しいと思われたら。スパイと思われたら。私はもうこの街にいれない。だいたい目の前の男は自分が犯罪者だという自覚はあるのか。なんでこんなフランクに一般人に接してるんだ。
「(もういいや、考えるのも面倒だ。)」
とりあえずほっとけばまた前回のように帰ってくれるだろうと無視することに決めた。今日は忙しいのだ。この男にかまってる暇などない。まあ好きを見てでんでんむしを奪えたら警察には連絡する。とりあえず億超の人間を前に私は圧倒的に非力だ。何をしようとも無理だ。とりあえず彼がやりたいようにするのなら私だってそうしよう。もう後の祭りとなってもいい。どうせ反抗しようともせずとも結末は同じだろうから。
「あ。おい、」
「なんでしょう、白ひげ海賊団二番隊隊長ポートガス・D・エースさん。」
「長っ。エースでいいって。どこ行くんだよ。」
「出かける準備をします。」
「出かけんのか。どこ行くんだ?一緒に行く。」
「来ないでください。」
「つうか朝飯食ったのか?まだなら着替えたら適当に食い行こうぜ。」
「勝手に決めないでください。」
「俺も腹減った。てか冷蔵庫ん中何も入ってなかったぞ。ちゃんと食ってんのか?お勉強もいいが飯食うの忘れんなよな。」
「(勝手に冷蔵庫まで……)」
「じゃ、待ってるから早くしろよ。」
「勝手に決めないでください。」
私の話など聞いていない彼は、リビングの窓を開けると庭へと出た。朝日が顔を出し、水面が黄金色に光る。素晴らしい湖と、それに続く海の姿が窓から見えて、まるで額縁のようだ。彼は朝日をいっぱいに浴びて背伸びをすると、首をこちらに向けたかと思えばにこりと笑った。太陽に負けないくらいの眩しい笑顔に私は目を細めた。
「(てか、本当に付いてくるつもりなのか、この人…)」
執筆 2015.09.06.
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