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「銀杏くさ!」
「………別についてこなくていいですよ。荷物返してください。」
「断る。」
「………。」


なんで私はこの変態半裸男ことエースさんと並んで歩いているのだろうか、理解に苦しむ。おまけに頼んでもないのにちゃっかり買い物袋まで彼は持って完全に荷物持ちとしての責務を全うしていた。彼は至極嬉しそうな顔をしているが、反面、私は怪訝な顔を崩さない。

「笑えって。可愛いお顔が台無しだ。」
「…あなたが帰ってくだされば安堵の笑顔をこぼしますよ。」
「それじゃあ俺が見れねえから却下。」
「却下って…」

あんたなんの権限でそんな決定権持ってるんだと思わず憤慨しそうになるも、変態であればいつ何をしでかすかわからないので起こるにも怒れない。逆上されて事件にでも発展したらそれこそ恐ろしい。それにしてもあれよあれよという間に自分の家へとごく自然に同伴してくることにもちろん疑問がないわけではない。どうやってこの男を撒こうかいろいろ画策したが、身体的にも肉体的にも勝てる自信がなく、どれもダメだった。

「(まさかこの人、新手の人攫い?それとも詐欺師?笑顔で警戒をといて騙すのが詐欺師の常套手段だからな。)」
「………。」
「(いや、やっぱりヤクザかもしれない…刺青してたもの。)」
「………。」
「(そうでなくともグレーゾーンである人なのは間違いない。ああ、どうしよう、公安の目付けられたら……)」
「そんなに俺が好きかよ。」
「は?」
「じっと顔見て黙ってたから、俺に見とれてるんだと思ったぜ。」
「…あのですね、人をからかうのも大概にしてください。」
「笑えって。」
「誰が笑うもんですか」
「今の冗談だろうが。『なにいってんですかー?』とか言いながら笑うだろ。」
「………」
「ふ、まあいいか。」

彼はくつくつさも可笑しそうに笑う。私は余計に眉間のしわを濃くした。もうすっかりお日様も向こうの山際にお顔を隠し、薄紫の空にはうっすら月が浮かんでいる。銀杏の並木道を抜ければ今度はちらほら白樺が見えて、右手には森、左手には湾の様子が見える。ここから砂浜や港へ抜けられるようになっている。ここは湖と海がちょうどぶつかり塩気を嫌って蛇もあまり寄り付かぬいい場所だ。我が家は白樺の道を超えた先にある。

「お前んちだったのか、この家。」
「え。」
「いや、船の上から見えたんだ。随分いいとこに立ってる家だなーてな。」
「……どうも。」

素っ気なく答えるも、この家を褒められるのはやや嬉しいことではあった。ここに来る人は体外この家を褒めた。海からも山からも近く、家の前にある庭園(というほど立派でもないが)はよく手入れがされてあるし(祖母がいつも面倒を見ていた)、時折野うさぎが来たり、狐が来たりするほどのどかな場所だ。玄関は山側にあるが、海側からは家の後ろ側が見える。海側には二階に広いバルコニーがあって、それほど大きな屋敷でもないがそれが自慢だった。家の位置はそれほど小高くなく、満潮になれば庭からそのまま柵をこえて階段を降りれば直様海の水が迎えた。祖父がまだ生きていた時代にはよく早朝や夜中に連れられてボートで湖を散歩をしたり釣りをしたりしたものだ。もうすっかりやらなくなってしまったが。

「…本当に上がるつもりなんですね。」
「あ、何か言ったか?」
「…いいえ。」

玄関に入りとりあえずお客さんなのでとりあえずどうぞと一言断ると中へ引き入れた。誰もいなかったので家は静かで、火もたいていなかったので異様に寒い。ここは海が近いので潮風で余計に寒いのだ。電気をつけてリビングに案内すると、エースさんはお邪魔しマースと一言いって家に入り、荷物はどこに置けばいいか問いかけた。

「買い物袋と紙袋はお預かりします。本はの入った袋はそこのソファにお願いします。今お茶出しますから。」

とりあえず羽織っていたストールを壁に掛け、暖房を付ける。流れとは言え重い荷物を持ってもらった例はすべきであろうとキッチンへと向かう。エースさんには座って待つようにいったが専ら人の話など聞かない彼のことで、ふらふらとリビングの散策を始めたようだ。リビングは散らかしてはないし、高価なものもないから別段気にしなかったが、何かのためにキッチンに向かったついでにキッチンの真横の物置から然りげ無く刺股を取り出してすぐ手に取れるよう壁に掛けておいた。

「(備えあれば患いなし、だわ。)」
「いい趣味だな。」
「祖父母の趣味です。」
「へーえ。」
「じいさんとばあちゃんと三人暮らしか?」
「いいえ。祖父はだいぶ前に、祖母は一月ほど前になくなりました。」
「……そうか。」

テーブルの上に紅茶をのせ、先ほど店長からいただいたクッキーをお皿に乗せて出した。エースさんはようやくおとなしくソファに座ると無糖のままカップに口をつけた。私も向かい合わせに椅子に腰をかける。リビングの大きな窓から湖、その向こう側に広がる海が見え、遠くに向こうの湾の崖の上の灯台の光が見えた。静かな夜が始まろうとしていた。紅茶を一口飲んで、そういえば、この家に人を上げるのは久々だなあ、とぼんやり思った。

「…そういえば、先ほど船から我が家を見たとおっしゃいましたね。」
「ああ。」
「船乗りなんですか?」

やはり私の予想は的中していると見ていいだろう。もし船乗りだったならば残念ながらずっとこの島には居れまい、しのさんに対しては大変気の毒であるが。暖房と光のともったリビングはややあったかくなってきた。エースさんはカップを一旦ソーサーに置くと私を見てにこりと笑った。

「やっぱ気がつかなかったんだな。」
「は?」
「いや、俺。船乗りは船乗りでも、海賊なんだよ。」
「………はい?」
「だから、“か い ぞ く”なんだよ。」

ほれ、というふうに彼は体を動かして見覚えのある背中が視界に映る。その刹那、私の頭の中でこの刺青と“ポートガス・D・エース”という名前、そしていつか読んだニュースの断片やいつか見た路地裏の手配書の記憶が砂嵐のごとく脳裏に現れて、瞬時にひとつのピースが合わさるように閃が起きた。私は目を見開いたまま、カップを落としそうになる。

「火拳の…」
「お、知ってんのか。」

目の前の男はボリボリとクッキーを何食わぬ顔で咀嚼している。

「か…」
「ん?」
「かい……」
「おう。海賊だな。」
「…海、軍を」
「あ?」
「…海軍って、何番でしたっけ…?」

私がそう言ってでんでんむしに手を伸ばせば、彼はようやく事態を把握したらしくものすごい勢いででんでんむしを取り上げた。


執筆 2015.10.30.

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