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「なあ、なんかオススメあるか。」
「一体どういったジャンルの本がお好き、」

ですか、という声が続かなかった。というのも、顔を上げた刹那、その顔があまりにも近くて、そしてあまりにも見覚えがありすぎたためである。あまりの驚きに目を見開き、握っていたペンがカウンターから落ちて床にコロコロ落ちていく声が間遠に聞こえた。彼はさほど気にした風でもなく、私をその鋭い三白眼で見下ろしている。鋭いながらもその表情は実におおらかで、その頬のそばかすがその鋭さを柔和に見せて絶妙なバランスである。

「あ、の」

心臓が止まるとは、本当にこのことなのだと、身にしみて知った。雨がしとしとふりやまぬ午後三時の昼下がりであった。







「今日は一人か。」
「…それで、お客様はどういったジャンルがお好みですか。」
「あー、あんたが好きなのでいいよ。」

なんでもいい、と言いながら彼はそのへんの本を物珍しそうに物色している。店内は運悪いことに朝からの雨で客足は少なく、このそばかすの男性を合わせても片手で足りるくらいである。雨だからしょうがないが、一体なぜ雨の日に限って来店したのだろうか。まあ店員である私がそれ以上お客様に対して詮索するのはやめたほうがいいのだろうが…。あまり怪訝な顔にならないように、とはいえ例の正確によりあまり愛想はないいつもの顔を務める。とりあえず自分の勉強するくらいには暇だったし、彼の注文を聞こうと本棚に向かう。

「(この人どれほどの読書家なのか全然わからないなあ。あまり長いと集中力切れそうだし)」

といろいろ考えあぐねいて、思わず例の女性作家さんの本を手にとってしまったが、思わず手を引っ込めた。

「(ああ、いきなり恋愛小説はあれかな。この人あんまりこう言うのにきょうみなさそうだし、て)……」
「…………。」
「な、なんですか。」
「…………。」

再び顔を上げて先程と同様どきりと肩を震わせる。というのも例のそばかすの男性が先ほどと同じように私の顔をまじまじと覗き込んできているではないか。この人どんだけ人の顔が見たいのだと思わずぎょっとする。

「なんつうかさ、前から思ってたんだけどよ、」
「な、なんでしょう(前から?)。」
「ほんっっっっっとに笑わねえのな。」
「………は?」

そう言ってまじまじとこちらを見るそばかす男に思わず眉間にしわが寄り添うになる。まあ、自分が愛想のいい女でないことは自他共に認めるが、初対面(まあ厳密に言えば言葉を交わすのは初めて)の女性にいうか普通。客といえども礼儀をわきまえて欲しいものである。

「……本をお買い上げするお気持ちがないのでしたら、」
「いや、買うぜ。それか?」
「あ……いやこれは、」
「これ持ってたよな。なんか綺麗だな、表紙が。」

分厚いけど、という余計な一言も忘れずに彼はそう言って私が先ほど手にとって戻したハードカバーの本を手に取り、眺め始めてしまった。ほかのお客さんにこのやりとりが見られていないかとヒヤヒヤして辺りを見回したが高い本棚に加えて人ももういないので無駄な心配だったようである。今日はしのさんもお休みだし、店主は月末の締めで裏で忙しいので呼ばない限り来ないだろう。

「あの、お読みになるのでしたら是非ご自宅にお帰りになってごゆっくりご覧下さい。」
「ああ、そうだな。」

存外彼はあっさりそう言うとすんなりレジに歩いて行ったのでどこか拍子抜けしたようであるが、やや安心してレジに向かう。相変わらずの半裸に心臓がいろんな意味でドキドキするも、兎に角お客様ならきちんと対応せねば。

「3024ベリーです。」

カバーをかけ、雨よけの袋に包んでお金を受け取る。ポケットに手を突っ込むと大きいお札を差し出したのでお釣りを渡そうとレジをあける(財布ないのかやや疑問に思った)。

「あ、釣りいらねえから。」
「はい?」
「釣りいらねえ。」
「あ、いえ、そういうわけには、」

まさかチップでもというのかな、時たま数百円ぐらいのお釣りなら上げるという観光客もいるが、別にうちは飲食店でもなんでもないので基本的にはお釣りはいただかない方針であるし、何しろ今回は額が大きすぎる。大体一万ベリー出しといてお釣りいらないだなんて、チップにしては高すぎるし(お世辞にも愛想があったとは言えない接客だったため気が咎められる)、貧乏一人暮らしの私には本当に信じられない。

「お店の方針ですので。」
「いらねえって。お嬢ちゃんのポケットに入れちまえよ。」
「入れませんて!どうぞお受け取り下さい!」
「じゃあ次来たときまた買うからそんときまで預かっといてくれ。俺は、」
「ダメです!お釣りは預かれません!!」

無理やりそのまま入口に歩こうとする彼をもはやカウンターから抜けて静止し、ずいっと目の前までお釣りを差し出すも苦笑いで一蹴されてしまったので、次は彼の手を取り無理やりお釣りを握らせた。そんな必死な私の様子に彼はきょとんとしていたが次の瞬間にはいつもの無邪気な笑顔を見せた。

「な、なんですか急に…」
「お前案外頑固なんだな。笑わねえからクールなんだと思ってたぜ。」
「…それは(余計なお世話だ!)」
「そうだな、じゃあ、釣りは受け取るとして……」
「はい…当然です。」
「じゃあ、これあずかっといてくれ。」
「え、わっ!」

何やら突然頭上に感触がしたかと思えば視界が半分以上見えなくなる。頭を抑えられているような感覚に思わず両手を頭に持っていき、ようやく頭上にあるものの正体がわかった。

「ぼ、帽子…?」

両の手でそれをっとってまじまじと見ればそれは間違いなくテンガロンハットだ。しかも記憶に間違えがなければそれは今しがた目の前にいた男性がかぶっていたものだ。

「忘れ物≠ネら預かれるだろ?」
「は?」
「いいか、この帽子は“お客様”のエース≠ウんの“忘れ物”だからな。」
「エースさん?」
「そうだ。責任もって預かっとけよ。」

何が起こっているのか理解が追いつかず、しどろもどろになりながらもこの帽子も返そうとした刹那、再び彼が私に向き直り膝を追って私を覗き込むようにしたので驚きでひい、と声が出てしまいそうになって死守した(我ながらよく耐えた)。かと思えば彼は突然私の胸に手を伸ばしたので流石に思わず手をあげようとした刹那、その手は私の来ているエプロンにかかっているネームプレートに触れた。

「ちなみに俺は“ポートガス・D・エース”だ。お見知りおきを、紀州さん。」

とにこりと笑って(今度は明らかな悪意を孕んで)彼はそのまま雨の中に消えていった。あまりにも短時間にいろんなことが起こりすぎて一瞬頭が真っ白になって彼の消えていった外を見たまま立ち尽くしていたが、大丈夫か、というほかのお客さんの声により我にかえった。

「……あ、」

ていうか、帽子、どうしよう。



執筆 2015.10.31.

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