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ここのところ色々あったせいか、昼間に思わぬ睡魔に襲われることが多くなり、あくびを噛み殺して、ちらりと視線をよこせば思わずばちりと目が合ってしまった。勤務中にまずい、そう思って手で口元を覆い、猫背気味だった背中をシャンとすれば、視線の先の彼がにこりと笑ったので思わず首をかしげてしまった。半裸のイケイケ兄ちゃんこわいと思ってたけど、案外可愛く笑うひとなんだ、とぼんやり思った。







「あ、あの人また来てるね。」
「…そう、ですね。」

昨日も、そのまた昨日も、彼は向かいパン屋さんでお買い物をしていた。半裸はもとより若くてかっこよい彼は目立つ。それは初めて見た時も思った。イケメンてやつだろうなあ、メン○クに出てそうな部類の。彼はその若々しい肉体を惜しげもなく照りつける太陽の下に晒している。若々しいことはこの世の何よりも素晴らしいことなのだと、彼は体現しているようだった。それにしても、どうにも彼の顔をどこかで見たことがある気がするのだが、一体どこで見たのか全く思い出せない。多分これだけのルックスだから、少女漫画かなんかの登場人物に似ているのかもしれないし、ここ数日で何度か目が合っている気がしているのでそのデジャブだろうか。いずれにせよ、ここ最近は心労も肉体的疲労も溜まっているので、よく思い出せないし、別に彼とは会話もしたことないのだから到底わからない。あくまで私にとってはあのイケメンは通りすがりの街人Aであるし、彼にとっても私はとある街の書店員Bなのであろう。

「この島に引っ越してきたのかなー」
「さあ…」

ガラスの向こう側で半裸のそばかすの男性はパン屋さんの娘さんと親しく会話を交わしていた。パン屋の娘さんはまんざらでもない様子で、年頃の娘らしく頬を染めている。一方、私の隣にいる本屋の娘さんであるしのさんはどうやらご機嫌麗しくない、面白くないとでも言いたそうな顔をしている。

「イケメンもこっちに来ればいいのにー。そう思わない?こうめちゃん。」
「さあ。」
「もうそればっかりー。」
「…失礼とは思いますが、あの人はあまり文学には興味なさそうに見えるので。」

体育会系ではあるが文学には興味が大いにあるふうには、申し訳ないが見えない。まあ、好青年ではある。そう思いながら、黙々と入荷されたばかりの本を重ねていく。ハードカバーのそれは、新進気鋭の女流作家のもので、あまりの人気に増刷され、このお店にも搬入されたのだ。もちろん私も読了済みである。恋愛ものはあまり好みでないと思っていたが、この作品は驚く程に私の琴線に触れた作品であり、思わず棚に積む手にも熱がこもる。もしお客様に新作の小説でオススメはどれかと聞かれたら、これをおすすめするだろう。

こうめちゃんてどんな人がタイプなの?」
「なんですか、藪から棒に。」
「だって、あのイケメンが微妙なら、こうめちゃんてどんな人をイケメンと思ってるのかなー的になってさ。」

昼下がりで人も多いが、それほど大きな街でもないのでお客さんはほとんど見知った顔のせいか、ここの商店街のお店は大概ゆるいせいかお客さんがいても店の人間同士の談笑は別段珍しくなく、浮いた話題が勤務中に飛び出すのもまあ頷ける。だがここでいうのもなんだか気が引けるし何しろ恥ずかしいではないか。そもそも好きなタイプとか、好きになった人がタイプだとかそう考えてる存外恋愛には大雑把な性格なので真面目に聞かれるとまあまあ困る。

「…うーん、好きなタイプといっても、特に限定は。それに、別にあの男性が微妙だとは言ってませんよ。」
「えー、じゃあハゲててデブで歯抜けでもオッケーなの?」
「例が悪意に満ちてますよ。強いて言うなら、外見だけなら自分よりも痩せてなくてセが小さくなければいいですよ。というよりも、あまり外見にはこだわりはありません。」
「へー。随分大人なのね。」

しのさんは私よりも三つほど年上だが、随分幼稚、いや、童心なところがあるようで、未だにここで看板娘をやりつつもいい男性に出会えないかと淡い期待を抱いているらしい。とはいえ彼女がそう期待するのも理由がある。この街は大きい街ではないものの、宿場町としてはそこそこ有名だからである。昔からこの島のこの街は貿易や漁業で栄えていて、もう少し内地に行けば首都のある大きな街だし、そこへは支流を使えば船でも行ける。首都への玄関口でもあるので、人の入は実際激しいし、古い町並みが未だに残る歴史の長い街なので、観光スポットとしても有名である。

「しのさん、あんまりぼんやりしてるとまた店長(しのさんのお母さん)に怒られますよ。」
「うーん、」
「とりあえずこっちは積み終わりましたから。」
「うーん………イケメンこっちこないかなあ。」

カウンターでため息を履くしのさんにたいして私は小さくため息を履いた。いや、悪い人ではないのだ、むしろ良くしてくれる人なのだが。とりあえずもうお客さんもそんなにいないことだしホコリ取りでもやるかと立ち上がった刹那、外を見て思わず目を見開いた。先ほど話題になった半裸の男性がこちらを見ているではないか。

「あ!こっち見てるー!」

先程まで元気のなかったしのさんも視線に気がついたらしく急に姿勢を正し、ニコニコし始めたので思わず遠い目をした。目が私とあった気がしたが、多分しのさんの挙動不審な態度が気になったんだろう。そういえば彼はこの店には来ないものの、度々こちらをじっと見ることがあった。あったというよりも、私が知る限り毎回、じっとこちらを見ている気がする。初めて見た時から、彼はこの店をぼんやり眺めているのであった。

最初は不審に思ったが、まあ、このお店は外装も内装もこの町一番古く歴史のある本屋であり、味わいある建物なので、観光がてら見ているのだろう。時折観光に来たご老体たちがこの店の外装を見ていくつかコメントくれるほどなのだから、おそらく彼もこのレトロな内装に興味があるのかもしれない。或は、実は案外本自体に興味があるのかもしれない、ぼんやり思いつつ、窓から背を向け、はたきを取りに店の奥へと向かった。しのさんは相変わらずイケメンに対してニコニコしている。

「あ、笑った!」

ちらりと再び目が合った気がした刹那、しのさんのミーハーな声が上がったので、思わず方が震える。

「(やっぱり、私を見てるのか……な?)」

いや、自意識過剰だろうと首を振った。私よりもパン屋の娘さんやしのさんの方が色っぽいし可愛いんだから。ま、もとより期待なんてしていない。今はイケメンよりも仕事仕事と、店主に怒られるしのさんを横目に裏手へと回った。


執筆 2015.10.30.

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