18



「エース、正気かよい……」
「正気だ。生きてる。」

目の前のパイナップル頭はそう言って眉間にしわを寄せてこめかみを抑えた。マルコのこんな顔久しぶりに見るなあとぼんやり他人事のように思った。マルコはため息を吐くとそれまで縁に預けていた体を起し、俺ときちんと向き合う。

「悪いが今回ばかりはお前の味方はできねえ。」
「そうか……」
「あんまりこうは言いたくねえがよい、お前本当にちゃんと考えたのか?」
「もう眠れねえくらい。」
「その結果がこれかよい。」
「悪ィ。俺馬鹿だから。」
「…別れの挨拶したんじゃなかったのか。」
「しようとしたが、できなかった。」

どんどん顔色が顔が険しくなっていく目の前の一番隊隊長の顔に思わず笑えてくる。多分ここで笑ったら俺は確実に殺されるだろう。やべえな。ごくごくと瓶に直接口をつけて酒を飲み込む。なんだか今日は全然酔えず不思議だった。マルコもすっかり酔いがさめたらしい。もう口も付けない。

「アイツが泣くって思ったら、言えなかった。」
「…だから安易に女にちょっかい出すもんじゃねえんだよい。」
「安易じゃねえ。俺なりにいろいろ考えてから声かけたんだ。まあ動機は単純だったかもしれねえけど今は、違う。俺はあいつに惚れてるし、あいつも、」
「もうういいよい。惚気るなよい腹立つ。」

すこぶる不機嫌なパイナップルとは対照的に、後ろではわいわいがやがや楽しそうな野郎どもの声がする。一瞬、このような場所に彼女を連れてくることを想像して、思わず声が詰まってしまう。生半可な気持ちではないつもりだったけれど、もし仮に本当に連れてきて、楽しく過ごせるのだろうか。男だらけで、でも基本的に女人禁制で、むさくるしいここに、潔癖症で完璧主義者で、繊細な彼女は、果たして馴染めるか。

「諦めろよい。親父もそのことでお前が最近元気ねえの知ってるんだ、いい加減しっかりしやがれ。」
「……俺はどうすりゃいいんだ、マルコ。俺はこっから出たくねえ。でもあいつを手放したくもねえ。」
「両方なんて我侭は通らねえよい。俺たちが海賊じゃなけりゃ話は変わったかもしれねえがな。」
「…………。」

ごくごくと残りの酒を飲み干すと、マルコはカップを縁にコン、と置いた。

「…海賊だから欲しいもんは手に入れるんじゃねえのか。」

俺がそういえばマルコは今度は困ったようにまゆをハの字にした。面倒見のいい長男を困らせたくはないのだが、どうにもこのことになると俺はガキみたいに駄々をこねてしまう。

「…お前のそれはガキの駄駄にしか聞こえねえよい。」
「分かってるさ。」
「…身勝手なだだじゃなくて、俺たちが納得するような話をしてくれりゃあ、もしかしたら考えるチャンスもなくねえ。そうすりゃ親父も考えるだろうよい。」
「納得する…?」
「ああ。勝手にその子を連れてきて無理やりやるやり方じゃねえ、正攻法でこいよい。」

マルコはそう言うと俺の肩に手を乗せて、それからうるさい空気の中へと消えていった。








「…署名運動?」
「はい。こうめさんが率先して、やってくださっているのです。」

目の前の黒い服を着たシスターが微笑み混じりにそう宣った。自分の膝の上では新しくやったスケッチブックと色鉛筆を大切そうに抱きしめて喜ぶ少女。とんかんとんかん、と工事の音が静寂な教会に響いてあまり似つかわしくないが、みんなどこか嬉しそうにその工事を見ていた。
自分はこの教会の責任者に挨拶せねばと思ってうろちょろしておれば、この初老の女性に声をかけられた。この人が責任者であることは、話しているうちに気がついた。そういえばあのお墓参りに時、一度会っている。

「もうあと少しで役所に提出できると、わたくし共も大変喜んでいます。」
「そんなにあいつ、ここが好きなんだな。」
「子供の頃はよく来ていましたよ。寂しかったんでしょうね。マリア像のところに座っていつも過ごしていました。」
「…………。」
「小さい頃からあまり笑わない子でした。でも大変に賢くて、頭のいい子ですよ。冷静で、でもそれが少し行き過ぎて臆病になる時があるみたいで。」
「そうだな。」
「いつもここに来ては寄付をしてくださいます。彼女はたしかにここを、この街をあの家を愛しているのです。でも、それが時に彼女を縛り付けているのではないかと思うことがあります。」
「…………。」
「エースさん、どうかあの子と一緒にいてあげてください。そばにいてあげて。あなたといるときのあの子は怒っているように見えて、本当は喜んでいるはずですよ。あの子は感情を表に出すのが苦手なだけなのです。」
「…分かってるさ。」
「そしてできれば彼女を連れて、遠くへ行ってください。」
「いいのかよ、ここから離れちまうんだぞ。」
「いいのです。きっとそれが彼女を変えます、幸せになるでしょう。」

膝の上ではしゃいでいたはずの少女はもう疲れたのか自分の膝を枕にして寝ていた。足を投げ出して、シロツメクサがその白い小さな足にさわさわ触れている。女性の目はあくまで真っ直ぐだった。故郷が、故郷の思い出が、こうめを縛り付けているのか。そこでようやく得体の知れないこうめの影の正体を知ることができた気がした。甘美で繊細な鎖が、彼女を捉えているのだ。

「なんで俺にそんなこと話してくれたんだよ。」
「だって、あなたはあの子の恋人ではないのですか?」

まっすぐそう言われて思わず面食らう。俺の様子を見て彼女はにっこり笑った。

「そうでなくとも、あなたはこうめさんを愛しているわ。見ていればわかります。」

ふふふ、といたずらっぽく笑って、初老の女性は視線を崖の方へ移す。俺も倣って崖を見る。いい女の横顔が見えた。

「あの子の笑顔は、あの方のように美しいのですよ。」
「……見てみてえな。」
「きっとあなたになら見せてくれますよ。」









「……んん、」

ゆっくりと起き上がろうとすれば、全身がやけに痛い。 肩にブランケットがかけられている。取り上げて丸める。周りはうっすら明るくて、ようやく朝なのだとわかったが、周りはやけに静かである。

「おはようさん。」
「……サッチ。」

そう声をかければいやらしい顔をしたリーゼントはニタニタ笑った。そして量の手に持っていたマグカップの一つを俺に差し出す。俺は黙って受け取ると、口につけた。湯気が嫌にゆらゆら早朝の空気に溶けていく。

「三日後に出航だとよ。」
「……そうか。」
「今日は四番隊は買い出しで忙しくなりそうだなー。」

未だ覚醒しない頭でぼんやり横に並んでコーヒーをのむ男を見つめる。寝ぼけてんのかよ、とがしっと頭を抑えられてようやく覚醒してきて、思わず目を見開く。ああ、いまスゲエ重要な夢を見たきがする。俺のただならぬ様子にサッチはなんだ、といったように首をかしげた。

「なんだ、昨日マルコ兄ちゃんに怒られまくって可笑しくなったか。」
「違えよ、なあサッチ、紙とペンあるか?」
「お。お別れの手紙でもしたためるのか?案外女々しいな。」
「違えよ!」
「ったく、でけえ声出すなよ、寝てるやついんだぞまだ。」
「署名運動だ。」
「……は?」
「正攻法だろ?」

そういえばリーゼントは未だに理解していないのか、アホみたいな顔で首をひねった。







二番隊の奴が集められているらしい、朝食を取る傍ら小耳に挟んだ。コーヒーのおかわりを入れてくれたサッチに視線をあげて目で問い詰めれば、アイツは別に俺は知らねえよ?とでも言いたげに視線を逸らし、そして気持ちよさげに口笛を吹いた。

「(エースのやつ、何を考えてるんだよい。)」

人を愛することは別に悪いことではない。むしろ可愛末っ子が悩み苦しみ、答えを懸命に出そうとする姿は正直涙ぐましいくらい健気だったし、こちらも感動したくらいだ。俺の年齢になると、どうにも億劫になるのか、あの年齢のような恋愛はもうできない。いろいろ考えねばならないことや、責任がのしかかってあそこまで本気にはなれない。いや、エースもそれは同じ条件なんだが。

「(結局俺も臆病なだけなのかもしれねえな。)」

パンをかじり、ぼんやりと思う。俺はエースと同じくらいの時好きな女なんていたっけかな。こうして海に長く居て色々な経験をしていくうちにもう昔の記憶なんざ水平線のかなたにおいてきてしまったみたいだ。もう少し、エースと歳が近かったら、あいつの味方をしてたかもしれない。いや、今でもあいつの味方だ。でも今はそう簡単に首を振る立場でも年でもない。

「…俺も年取っちまったみてえだな。」
「勃たなくなったって?」
「ぶっ殺すぞ。」

横に立ってケタケタ笑うリーゼントに向かって膝カックン(全力バージョン)をお見舞いすればリーゼントはうめき声をあげて視界から消えた。ざまあみろ。


2015.11.04.
もうちょい続く

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