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「最近全然彼こないねー。」
「しのさん、次の箱開けますのでカッター取っていただけますか。」
こうめちゃん最近いつにもましてクールねえ。」

今日は忙しい。入荷の箱が二〇個も来たのだ。遊んでる暇はないのだが、相変わらずしのさんは別の意味でせわしないらしい。ちらりと先ほど窓の無効の向かいのパン屋さんを見たが、パン屋さんの娘さんもしのさんと同じくつまらなそうな顔をしてカウンターに座っていた。

「さあ、あの方はもう来ないのではないでしょうか。」
「えー!なんでよ!」
「さあ。」
「んもー!」

しのさんを尻目に新しい箱を開ける。そしてそのまま新作を並べていく作業を延々続けた。あまり暇だといろいろ考えてしまうのでこの忙しさはむしろありがたいくらいだった。彼、白ひげ海賊団のポートガス・D・エースさんとはもう三日あっていない。あのお墓参りから毎日毎日私に会いに来ては、その度に笑えだのなんだの言ってきたが、つい三日前から急に現れなくなった。

「(多分“ログ”が溜まったんだろうな。)」

というのが私の結論である。一応誰にも言っていなかったが、彼は海賊なのだ。しかもあの白ひげとくれば、この街どころかこの島全体がパニックになる。この島のあるこの海域は諸島でなんびゃくという小さな島があるのだから、逃げ道や船を隠すくらいのちょうど良いしまは多いので、そこに停泊させていたのだろう。そして、ログがたまったので、次の目的地にでも出航したのだろう。それでいい。結局公安に気がつかれずに済んだし、私は怪我も負わなかった。

「(本当に良かった。)」

私の平穏な毎日は再び取り戻されたのであった。近頃忙しくてほとんど本が読めなかったが、これでようやく新作を読みふけることができるだろう。

正直いい人なんじゃないかな、とは思うしそれは今も変わらないが、この三日間私は彼に合わなかったことで大いに悩み考えることができた。はじめの一日二日は正直来てくれるかな、なんて期待していたけれど、よくよく考えてみれば彼とは別に恋人ではないのだ。それに親密と聞かれれば親密でもない。昨日教会に寄った際に子供たちやシスターに彼の消息を尋ねられたときは正直胸がいたんだが、もう致し方がないのだ。彼が来なくなってしまった、もう来ないかもしれない、これが答えである。

「(本当に自分勝手な人。笑えって人にあれだけ言っておいて。結局笑わせるどころか私を悲しませて今は怒らせているんだから本末転倒だ。)」
「にゃああ」
「わあ、っくしゅん!」
「あ、猫子さん。」

商店街の巡回(散歩)から帰ってきたらしい、新しい看板娘の猫子さんが帰ってきたらしく、早速くしゃみをすれば猫子さんは満足そうに我が物顔で事務所へと帰って行った。大物集漂う動きに思わずしのさんと顔を合わせる。因みに猫子さんのお給料はカリカリと鰹節、ミネラルウォーターに猫チュ●ル、猫草らしい。

「…やっぱり私は犬派です。」
「あらーん、猫も可愛いわよ?」
「可愛いですよ、可愛いですけど、アレルギーは嫌です。」
「二人共ー、今度はこっちの箱も頼むよー。」
「「はーい」」








「……ただいまー。」

もちろん返事はない。家に入ると早々にリビングに向かい、荷物をソファに置き、洗面所でうがい手洗いをし、キッチンの方でミネラルウォーターをグラスに注いで飲む。時計を見れば七時すぎ。そろそろ夕食を作らねば遅い夕食になってしまう。買ってきた野菜をキッチンのテーブルに並べる。今日は何にしようかなそこまで思って思わず袋ごとぼんと冷蔵庫に放ってしまった。

「…やっぱ食欲ないや。」

一言ぼやいて紅茶を作るとリビングに持っていく。テーブルに置いて少し休もうとするも、寒いことに気がつく。暖炉をつけようと暖炉に向かい、そばの引き出しからマッチを取り出す。今日は一段と冷えると、地元の新聞で載っていた。湖の見えるベランダの窓からは満月が見えた。スーパームーン、というらしい。大きい。何かが起こりそうだけど、きっと何も起きない。暖炉の目の前に来るとしゃがみ込んだ。


「あの、触っても…?」
「馬鹿、火傷すんぞ。本物の火なんだからな。」
「そうですか。そうですよね。」
「ま、俺に惚れても火傷するけどなっ…」
「そういえばエースさん先ほどのワインはどこですか?」
「笑えよ!」



箱から一本マッチを手に取ると、マッチを擦ろうとした。が、手がかじかんでいるのかなぜかうまくすれない。視界もだんだんぼやけてきて、マッチをすることも困難になったとき、ポタポタと、膝の上に冷たい水滴が落ちて、履いていたジーンズに模様を描いていることに気がついた。

「…、」

生暖かな雫がとめどなく溢れて、止まらない。終いには足を崩してその場に座り込んでしまう。マッチも、手からこぼれ落ちて床にバラバラと散ってしまった。ああ、これでは暖炉がいっこうにつかないではないか。でもどうにもできない。このような感覚は祖母のお葬式のとき、少ない友人や親戚類を見送って、教会の椅子に腰をかけて一息ついた時、「ああ、これで私は本当の一人ぼっちになったんだ」と自覚したあの時以来であった。


「(笑えない、わらえないよ)」


私には無理だ。皆が皆、私をひとりぼっちにするくせに、そのくせ笑えだなんて、あんまりじゃないか。ひどすぎる。叫びたいけど叫べない。私の陳腐な自制心が働いてしまう。

(年甲斐もないしみっともない。どうせ一過性のものなんだから。感情なんて脳の余暇よ。人間はバカみたいにこれに振り回されてるだけ。)

本当に一過性のものなのか?私は今までずっとそれで苦しんできたのだ、本当にこの苦しみは一過性のものなのか?本当に私はこの先孤独から抜け出せるのか?信じられない。嘘だ。みんな嘘。

「泣くなよ。」
「泣くわよ!」
「笑えって。」
「そうしたくてもできないの!寂しくて悲しくて苦しくて!もうどうにかなりそう!!」

嗚咽混じりに叫んで、それからはたと気がつく。私は今、誰に向かって叫んだのだろう、とそこまで考えた次の瞬間、背中に衝撃が走って、そのまま倒れ込むかと思えばそれは力強い腕によって阻止される。ぎゅう、と抱きしめられているのだと理解するのに時間がかかったが、あまり恐怖を抱かなかったのは、嗅ぎなれた潮の香りに祖父のコートの香り、そして最近ようやく慣れてきた男性の香りが鼻を掠めたからかもしれない。



執筆 2015.11.28.

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