11



こうめの家をあとにして歩いて数分、立ち止まる。ひゅうひゅうとかすかに風が吹いて、足元の木の葉が風で飛ばされていく。

「…来いよ。相手してやるから。」
「あん?あんちゃん気づいてたのか?」

こうめの家から白樺林に差し掛かる途中の道の、木陰や岩陰から、ぞろぞろと数人の影が出てくる。自分を取り囲むようにその影どもは現れると、お決まりのように自分を威嚇し始める。まあそりゃ来いといったのは自分だからそうなるだろう。相手をするとも切り出したのはこっちだ。とはいえ相手も随分舐めたようにこちらを睨め回すように見ていたのでおあいこだろう。

「お前らなんなんだ、警察が言ってた人攫いってやつか?」
「俺たちゃ海賊だ。人さらいもするがな。」
「それであの女を狙ったのか。」
「最初から狙ってはなかったが、いい屋敷を見つけたからな。金持ちの娘っ子の一人や二人いたらさらってやろうと思ったが、まあまあ思ってたより年いってたな。ま、攫うけど。」
「そうだな、アイツは高く売れるだろうな。」
「ああ。まあ、ちょうど頃合の歳だし、引き渡す前に俺たちがお楽しみしてやってもいいしな。」

木々の合間から漏れる月光に照らされて、刃物が光る。どうやら拳銃はないようだ、安心した。音が出てしまえばここからなら確実にこうめの耳に届いてしまうから。

「なんだよ黙りこくって、怖気付いたか?あんちゃん。」
「(でもここからなら白樺林で見えねえ。良かった。)いや、さあ来いよ。」

そう言っだ刹那両腕に力を込める。暗かったはずのあたりが突然明るくなり、男たちがわかりやすく動揺したのがわかった。取り敢えずこいつら丸焼きにしてそのへんに投げとけば大丈夫だろう。警察に連れてってもいいけど小遣いにもならねえだろうし。

「火拳…、」

ぼうっと炎があたりを包む。相手にあっと声を上げる隙など与えない。もうこうめは寝ているかもしれないのだから。

「…おめえらみてえのがいるから、俺はこうめに嫌われちまうんだ。」

黙ってやられればいいのだ、こんな下卑た奴らは。









「よっと。」

丸焦げになった大の男を運ぶのもなかなか難儀だ。取り敢えず息はしてるみたいだから引きずって港まで連れてくとゴミの置かれた倉庫の裏に文字通り捨て置いた。随分お似合いじゃねえか。

「ひ、ひい。」
「お前ボスか。」

ずいっと前に出ればかすかにまだ意識のある奴がいる。ちょうど良かったとばかりにそいつに近づく。

「おまえ、火拳の…!」
「いいかお前、俺がやったなんて言ってみろ、止め差しに地の果てまで追いかけるからな。俺は、火拳のエースはこの島にいない、…いいな?」

一段と低い声でそう言って凄んで見下ろせば、そいつはふるふると頷いたので、にっこり笑ってやると、取り敢えず止めにもう一発殴った。そうすればもう喋らなくなったので安心して倉庫から離れる。取り敢えずもう大丈夫だろうが、残党がいたら困るともう一度来た道を引き返した。

「(今日は随分冷えるなー)」

こうめはちゃんと暖かくして寝てるだろうか。今日は足を出していたので風邪をひいていなければいいのだが。







「……んん」

カーテンの隙間から差し込む日差しに目をしょぼしょぼさせる。今日は一段と冷えた朝で、起き上がった瞬間洋服の隙間から冷気が入り込んで思わず身震いをした。椅子に掛けておいたスキニーに足を通し、卸たての下着に手を通す。今日は冷えるからハイネックにして、祖母からもらった金のネックレスをつけた。

顔を洗い、歯を磨く。観葉植物に水をあげ、リビングのカーテンを開ける。司会には湖と、太陽に照らされた水面のうねる姿が見えた。朝を迎えたなあ、と背を伸ばし、キッチンに向かう。薬缶を温めながら、コーンポタージュの準備をする。湧いたお湯をポットに移し、あいたコンロの口に今度はフライパンを載せる。卵とベーコン、作り置きしておいたかぼちゃとごぼうとさつま芋のサラダを取り出す。

「………ん?」

思わずそこで火を止めてしまう。なんだか先程から外が騒がしい気がして、ソファのうににあったパーカーを羽織る。

「(狐かたぬきか?)」

とは思ったものの、何かそれとは違うもののような気がした。玄関をでる。物音はすぐ横の物置小屋からするらしい。この物置小屋は意外に広く、中は祖父の生前つかっていた釣り道具や背もたれが上がらなくなってしまった壊れたリクライニングの椅子、BBQセットなどのアウトドアー用品、祖母の農薬などが入っている。子供の頃はよく祖父がここで工房にして何かを作っているのを見ていた。

「(だ、誰かいるの…?)」

恐る恐る近づき見てみると、やはり扉はやや空いている。狸でも入り込んでしまったのだろうか。

「あ、おはよう!こうめ!」
「エースさん…!?」

そこにはたぬきの姿はなく、代わりに倉庫に置いてあった自転車をいじっている一人の青年の姿が見えた。物置小屋は定期的に掃除をしているし未だにガーデニングで使用しているのできれいだが、流石にここで一夜を明かそうとは思えない環境であるが、どうやらこの人は一晩中ここにいたらしい。壊れたリクライニングの椅子の上に敷かれた寝袋(これも祖父のもの)が物語っている。

「…あの、一応お聞きしますが、何をしているんですか。」
「自転車これまだ乗れるよな?」
「しばらく載ってないのでわからないですし、あなたはまさかここで一晩泊まったのですか?」
「ああ。悪いな、いろいろ込み入った事情があってな。察してくれ。」
「察せるか!」

朝から大声を上げたくないのだが思わず大声を出してしまう。低血圧なので勘弁して欲しい。このままじゃ倒れてしまう。彼はにこやかに作業台に置かれていた油を自転車にさし、空気も入れたらしくタイヤも張っている。祖母が私にくれたものであり、後ろには荷物入れもある。可愛い赤色の自転車で、まだお勤めをする前のスクール在学時代には通学に使っていたが、今は専ら歩いている。自転車だと早いが、運動不足になるのでやめたのだ。

「…取り敢えず凍死しなくて良かったですよ。」
「これぐらいの季節じゃまだ凍死しねえよ。」
「もう、今日は仕事なので遊びに付き合えないんです。朝ごはん出しますから食べたら帰ってください。」

そう言って屋敷に戻る。エースさんもそういや腹減った、と一言言うとおとなしく付いてきた。取り敢えず今日はおとなしくしていただきたい。勤務前から疲れるのはゴメン被りたい。







「あの、私もう行きますので。」
「なんだ随分急いでんな。」
「朝から誰かさんの相手してたら時間をロスしました。」

優雅に食後のコーヒーを楽しんでいたエースさんに声をかければにこやかに笑ったので急いでいても一応釘を指しておく。カバンを持ちコートを着ると急いで玄関へと向かう。もう遅刻してしまうというほどではないが、あまりのんびりもしていられない。遅刻をしても全く怒られないだろうが(例の店長とオーナーなので)、流石にそれは私自身が許せないので早めに行動をしておく。

「(今日はしのさんもお休みだし。)」
「なあ、送ってやるよ。」
「いいです。取り敢えずもう行きますからそれのんだら帰ってくださいね。」
「送るって。自転車の後ろに乗れよ。」
「はあ?結構ですよ、だいいち自転車乗れるんですか。」
「馬鹿にされちゃ困るな。まあそんな乗らねえけど大丈夫だろ。」

エースさんはコーヒーを飲み干すと、私と一緒に玄関へと向かう。本当に自転車に載せるらしい。困ったなと思わず眉間に皺が寄ってしまう。彼は倉庫に入ると早速自転車を取り出したが、私はもう無視してずんずか向かう。

「おい、待てって!」

後ろからチリンチリンと意味なく鳴らして私に並んで自転車を走らせ始めた。鬱陶しいこと極まりない。

「ほら、乗れよ!」
「ああ、ちょっと!危ないですよ!」

少し走って私の目の前に自転車を止めるとほれ、と後ろを指さして笑うエースさん。時計を見ればもういい頃合である。自転車で走ればすぐ付く上に、勤務前にお茶を一杯楽しめるぐらいの時間がお釣りになるだろう。

「…私重いですよ。」
「なんだ、そんなこと気にしてんのかよ。可愛い奴。」
「…うるさいです。」

自転車にまたがり(パンツで正解であった)、バランスをとる。しばらくためらっていたが、「つかまれよ」という彼の一言に促されて恐る恐るその腰に腕を回せば断りの言葉もないままに突然自転車は走り出した。久しぶりの感覚に思わず目をギュッと瞑って彼の背中に顔を押し付けてしまう。思いのほか彼がスピードを飛ばすからなのか、下り坂なのも相まって随分心臓に悪い。

「すげー!はえーな!」
「も、もう少しスピード落としてください…!」
「怖いならしっかり掴まっとけよ。」
「ひゃあ!」

その広い背中に顔を押し付ければもう紺色のコートは祖父の匂いではない、かすかな潮の香りと別の男性の匂いがする。恐怖によるドキドキなのか、男性と密着しているからというドキドキなのか、心拍数が上がって仕方がない。くつくつ彼が笑うたびに、私の心拍数に気がついて笑っているのではないかという懸念が私を襲う。だとすれば恥ずかしくて死にそうである。

「目閉じてねえで景色を楽しめよなあ。」
「……早いんですよ!」

うっすら目を開けて見ればいつも見ているはずの朝のキラキラした水面がいつもよりスピード早く通り過ぎていく。そのうちに気がつけば銀杏林を抜け、街に入っていく。街はまだ朝なので人通りは少ないが、入り組んだ道の多い街のこの辺りの区では男女が自転車に乗って通ることはほぼないので結構視線が痛い。きっと後で何か言われるんだろうな、と思ったので、顔がバレぬよう出来るだけ彼の背中に額を押し付けた。

「なんだよ、そんなに俺の背中が好きか。」
「違います、いろいろ込み入った事情があるんです。察してください。」
「お前が笑ってくれるんだったら察してやる。」
「意味わからないです。無理です。」

彼は至極楽しそうで、街についてからはわざとなのかスピードも落とすしなぜか遠回りなようなルートを選んで自転車をこいだ。

「その道右です、」
「あ、ミスった。」
「…わざとじゃないんですか。」
「そんなわけ無いだろー」
「棒読みじゃないですか!」

というやりとりを何度二、三度繰り返し、お互いわーきゃー行っているうちに、ようやっと裏の玄関にたどり着くと、彼は名残惜しそうに自転車を止めて私を自転車から下ろした。結局いつもどおりの時間についたので良かったが、朝から随分どっと疲れたきがする。

「な、すぐ付いたろ。」
「…もう当分自転車はいいです。」
「なんだよ、またあとでこれで迎えに来てやるよ。」
「いいです!取り敢えずちゃんと戻してくださいね。」
「へいへい。」

彼はそう言ってチリン、と一度ベルを無意味に鳴らすとニカッと笑った。

「ま、確かに歩いたほうが長く一緒にいられるからそっちのが俺もいいかもな。」
「……何の話ですか。」
「でも自転車は自転車でいいもんだな。密着する口実になるし、」
「さよなら!」
「あ」

バン!勢いよくドアを閉める。どうせそんな理由だとは思っていた。まったくどうしようもない変態半裸犯罪者である。

「(ああ、どうしよう、心臓の音聞かれてたら……)」







「(ちょっといじめすぎたかなー。可愛いからいじめたくなる。)」



執筆 2015.11.06.

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