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「あら、可愛い柄のストールだねえ。それに今日はなんだかいつもよりこじゃれてないかい?」
「そ、そうですかね。」
「…ははーん、デートだね。」
「え、いや、その。」
「聞いたよ?旦那がね、花屋のおばちゃんとこ行ったら、おばちゃんが開口一番『こうめちゃんに彼氏が出来たんだよ!』て言ってたってね。」
「(やはりもう噂は回っていたか。)」
「ま、そのほうがいいよ。最近あんた、血色いいし。楽しんできなね!お疲れ様!」
「……お疲れ様です。」

どうしたものか、これではますますあの人は犯罪者だと言いにくくなってしまった。店長はさすがというべきか、それ以上野暮だとわかっているのか追求してこなかったが、それがかえって苦しい。最近はもう面倒で犯罪者であることもいちいち忘れてしまっている気がする。それもこれも彼が犯罪者らしからぬ笑顔だからだ。くそう、やはり私はほだされてしまっているらしい。悔しいことに。挙げ句の果てに私は何をトチ狂ったのか、今日に限っってスカートを履き、今日に限って卸たてのトレンチコートを着、今日に限ってお気に入りの花柄のストールを巻き、今日に限って髪も整えたし、化粧も地味ながらしてきた。ああ、一体何だって言うんだ。思えば私は蝶よ花よと育てられ、男性と真剣にデートに行くなどという経験は皆無であった。一応言い訳にしか聞こえぬかもしれないが、今まで何度かデートの申し込みはあったのだ。このような私にもとはいえ、この愛想のない顔と遊び心のないのが災いし、一度断った尽く二度目はなかった。

「(ああ、だからってこんな、おしゃれなんかしたら気があるのではと勘違いされるんじゃ、いや、彼に限ってそんなことは。それよりもアイツは海賊なのだから好きな女を買って夜毎抱いては捨てているのではないか、いや、あの人は最近私の家に用もないのに入り浸っているから女を買う時間はないのだし…それにそれに)」
「よう、お疲れ。」
「っ!…お、お疲れ様です。」
「チケット買っといたんだ!八時のやつ!映画館まではこっから三十分だし、空いた時間で飯食おうぜ。」
「…ええ。」

彼はなれたようにずかずか路地を歩いていく。いつもの様子と変わらない。相変わらずあのコートを着ているし、ズボンは黒、例のニット帽も忘れていない。全く変わらぬ様子出ある。変わったといえば、マフラーをまいているぐらいだ。確かに今日は冷えるとニュースクーでも載っていた。

「(もう考えるのやめにしよう。彼もいつもどおりの様子だし。)さむ、」
「そりゃさみいだろ。お前、そんな足出してたら風邪ひくぞ。なんで今日はそんな格好なんだよ。」
「………(日ごろ半裸な人には言われたくない)」
「え、なんで睨むんだよ。」
「………」
「なんだよ、また俺なんかやなこと言ったか?」
「…別に。」

やはり先程まで真剣に悩んだ私が馬鹿だったらしい。








「ああ、そこのおねえさん。」
「、はい?」

声が聞こえたので思わず振り返ればそこにはぴしりと決まった制服に星のバッチ。警察だ。それがわかった刹那、なぜだか私は冷や汗が止まらない。いや、悪いのは私ではない。後ろめたいことなど私はしていないのだが、どうにも体が硬直してしまう。私の後ろでは何故かのんきなエースさんが何だという顔を見せている。さも自分は全く関係ないとでも言いたそうな。むしろ狙われているのは自分自身という自覚がないようである。警察官もやはり気づいていないのか私が男連れであると確認すると安堵の表情を見せた。

「ああ、よかった一人じゃなかったんだね。恋人と一緒か。」
「ええ、まあ。その、どうかしたんですか?」
「いやあね、このへんに最近海賊の目撃情報というのがあってね。だから暗い路地を若い女性が一人で出歩くのを見たら注意するようにしてるんだよ。今回目撃情報のある海賊集団は人攫いをするらしくてねえ。」
「か、いぞくですか…」

思わず横目で彼を見たが、彼は相変わらず知らぬ存ぜぬといった具合。

「そうなんだ。ま、兎に角彼氏がいるならいいけどね。出来るだけ一人ではいないように、あと人通りの多い往来を歩いてね。」
「はい。」

中年の警察官はそれだけ言うと私たちが来た道を引き返していった。未だにバクバクする心臓に私はめまいがしたが、横では彼がニコニコ笑っている。

「怖い怖い、海賊だとさ。」
「…からかわないでください。どうするんですかバレてたら。」
「つけられたりしたらすぐ気がつく。寝てたって気がつくぐらいだから安心しろって。お前には怪我させたりしねえから。」
「私はあなたの仲間だと思われることが……怖い。この街にいられなくなってしまう。」

思わず後ずさる。正直失礼だとは分かっているが、思わず拒否反応が出てしまう。彼は私から視線を外し少しだけ下を向いた。ほんのわずかの間、静寂が私たちの間を包む。気まずい雰囲気の中、何かを切り出そうにも、こういう時どうすればいいかわからなくて、悪戯に過ぎていく時間に嫌気がさした時、彼は顔を上げたかと思えばいつもの調子で口を開いた。

「…安心しろ、とは言い切れないかもしれねえ。」
「………。」
「でもしそうなってもこうめのことは全くの部外者で人質ってことにする。こうめや街のやつらに迷惑は絶対かけねえ。」
「………。」
「だから、頼むからもう会わねえってのはよしてくれ。お前らは俺らを嫌うかもしれねえが、俺はこの街が好きだ。色々あっておもしれえし、この街らいい奴ばっかだし、こうめも何だかんだ優しいしよ。」
「……何だかんだは余計です。それに、別に私はあなたのことを嫌っているわけでは、ないです(たぶん)。…ただ、犯罪者だという認識をしてますが。」
「ははは、そうだな。海賊はどこいっても海賊だしな。
よし、とりあえず行こうぜ。」

彼はそう言って彼はわら私の頭を一頻り撫でると(せっかく綺麗に整っていたのに台無しになった)、ぐっと腕を引っ張った。

「(ああ、またうまく丸め込まれてしまったなあ。)」

とは思ったけれど、なぜだか私はこの足を止める勇気がなくて、罪悪感といろんな感情が入り混じる気持ちのまま、私は彼の背中を目で追うことしかできなかった。



執筆 2015.11.01.

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