「こんにちは。」
「ああ、なんだ、お前か。」

あはは、と笑えばぶっきらぼうに「とっとと入れ」と彼女らしい言葉を掛けて私を迎え入れると、彼女、ダダンさんは迷わず一番奥の座敷席へと案内した。なんだ、と彼女はそう確かに言っていたが、何だも何も、今日は前から私の名前で貸切にされていたので、寧ろ私が来ない方が不自然なのだが、これも彼女なりのもてなし方であるとはもう十年以上付き合う人間ならばすぐに気が付く筈だ。

「…エースはいないんだな。」
「後で来ます。今日スポンサーさんとこいってるんですけど、あと三十分もすれば帰ってきますから。多分、同じころにはルフィたちも。」
「ったく、何でもいいけど、あんま羽目外して暴れてほしくねえもんだよ。…只でさえガープが来るってえのに、この上ルフィ達が来ちまったら…」

と言う具合にぶつぶつ文句を居ながらも彼女はカウンターに戻ると、つつがなく店の開店準備を始めるのであった。きびきびと的確に従業員にも指示を出しているところを見ると、どうやら今日は彼女もみんなと会えると見えて嬉しそうに見えなくもなかった。その様子をぼんやり眺めながら、差し出されたぼんやりした色の湯呑の中のお茶をすする。今日は実に暖かな日差しの日で、ここに来るまでゆっくりとお散歩をすることができた。先ほど庭に咲いていた花を生けて水にさらされた指からはササクレがいくつか出来ていた。

「…親不孝なんですかね。」
「そうだな。」

本当に無意識に紡がれた言葉を、ダダンさんは当たり前のようにそう返して黙った。思わぬ言葉に一瞬下げていた視線を上げて彼女を覗き込んだが、彼女は何食わぬ顔でお皿を洗っていた。ほかの皆さんは買い出しや、外の草むしり、下ごしらえに忙しそうだった。ここはいつも賑やかなのだが、昼間は普通のお店と変わらない。どこか嵐の前の静けさのようにどこかひっそりしていて、その目覚める時を待っているみたいだ。窓の外では夕日が差し込んでまだ裸の木々に生える新芽を照らした。テーブルの横に置かれた古びた石油ストーブから耐えず暖気が生まれて、夕日に照らされて蜃気楼みたいにぐつぐつ空気を揺らしていた。

「お前の親父、ここんとこ酒ばっか飲みやがって血圧上がって病院に通ってんだ。」
「そうですか。」
「南極行く前に一言怒鳴ってやれよ。もういい年して浴びるほど飲むんじゃねえって。」
「ひとりもんになっちゃってさみしいんですよ。」
「そんなこと言ってっから親不孝なんだよ。たったひとりの実のオヤジだろうが。娘の言うことならどんなクズでも言うこと聞くだろうよ。」
「まあ、無駄でしょうけど言ってみます。それに、大丈夫ですよ。娘の恋人思いっきり殴るくらいには元気なんですから。」
「馬鹿言え。それより、オメエもとことん男運がねえよなァ、オヤジは糖尿予備の高血圧の短期糞親父で、恋人はその遥か上を行く馬鹿で短気の糞野郎ときた。」
「あはは。」

その糞親父とつるんで、クソ野郎の面倒を見てきたのはダダンさんなんだけどなあ、とぼんやり思いながら、お茶をすすれば、持ってきたバスケットの中からにゃあ、と一声漏れてきた。ようやくこの空間に慣れてきたのか、橙色のトラの小さな毛玉はバスケットから顔を出すと、まん丸の目を二つ見せて首を振った。

「…店ん中汚すなよ。」
「大丈夫です。おトイレの躾はエースがきちんとさせましたから。」
「余計に心配だ。」

彼女はそう言いながらも繋ぎの剥いたりんごと一緒にこの子のお水を小皿に入れてくれた。文句を言いながらも面倒見がいいのだ。ガープさんがエースやルフィをこの人に託した理由は、彼女の様子を見ていればよくわかる。

「ダダンさん、お土産なにがいいですか?」
「いらねえよ、そんなもん。金ならいくらでも貰うけどな。」
「南極にはお酒はないけど、そうですね、アルゼンチンで買ってきます。本で読んだんですよ。南極へ行くにはアルゼンチン経由で行くらしいです。」
「金はスルーかよ。まあ、酒でもいいか。うんと高いやつ買ってこいよ。」
「考えておきます。」

日差しがだんだんと山の端に消えてゆくのが窓から見えた。ぐつぐつと鍋の音と一緒にトントンと包丁の音がいくつか聞こえてくる。お店の人は私を見つけるとにっこりそのガラの悪い顔をほころばせて、歯を見せた。傍から見れば本当にこに人たちはヤクザだなって毎回思うけど、せっせと下ごしらえや洗濯に炊事をする様子を見ると、とてもそうには見えないから不思議だ。ここにいる人たちは、このだだンさんの適当な管理の中で、絶妙なバランスで生きているのだ。エースはこの人たちの中でのびのびやりたい放題に育った。それが今の彼で、これからの彼の糧となる。差し出されたりんごをしばらく咀嚼して、ちらりと彼女の方を見れば、いつの間にやら下ごしらえをやめて日本酒の瓶をそのまま口につけて煽っている彼女が見えた。なんだかんだ言ってやはり彼女は心配なのだろう。この人もいい年してツンデレだから困る。でも確かに彼女の様子とおり、約束の時間はとうに過ぎている。でも珍しいことではないので私はのんびりりんごをしゃりしゃりほおばるだけだ。夕日の光が数筋、山の端から顔を出して、夜の訪れを和茶した地に告げた。カバンから一冊の本を取り出す。ペラペラページをめくり、あるページで指を止める。ページ一面に映し出されたカラー写真にはの一面には、広大な白銀の庭に、一筋の光の柱が浮き上がっている。「サンピラー」。光の柱。果たして、私も彼とこの光景を見ることができるんだろうか。

「……エースやルフィのやつ、全然来ねえな。」

私は彼女に苦笑いを返して再び窓に目を向ける。思わず目を丸くして、それから静かに笑った。

「心配いりません、」
「あぁ?」
「もう、来てますよ。」

そう言って視線で窓を指し示せば、ダダンさんは怪訝そうに眉をひそめたが、窓の外を見て呆れたようにああ、と声を漏らした。窓の向こう側では見慣れた顔三つがこちらを見て笑っているので、手を振れば、その中のそばかすが手を挙げた。


2016.06.07.

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