7

「掴まれよ。」
「は、はい……」
「ちゃんと腕回せ。振り落とされんぞ。」

言われたとおり両の腕を彼の腰に回し、ぎゅっと体を密着させた瞬間、バイクはぶおおんという音を上げて繁華な駅を後に走り出した。



開いた口へ牡丹餅



流れで私が送りましょうかと申し出れば、ローさんは自分が運転すると申し出てくれて、彼の運転によって帰る事となった。ローさんやっぱり免許持ってたんだな。彼の背中に抱きつきながら、存外背中あったかいんだなーとか思った。いや、これは決して下心ではない。不可抗力だ、と自分を納得させる。

「…………。」

それにしてもローさんやっぱ運転得意だなあ。ぼんやり思いながら彼の項を見た。おまけにめちゃくちゃいい匂いがする。これはなんだろう。洗剤の匂いもそうだし、多分彼の使ってるフレグランスがドンピシャなんだと思う。いい匂い過ぎて彼の体に鼻を擦り付けて深呼吸をしたいぐらいだが、そんなことを本気でやるほど命知らずではない。嬉しいような心臓が凍りつきそうなシチュエーションに困惑しつつ、早くつかないかなと祈りに近いものを感じたが、こういう時に限って信号に捕まるものだ。彼は運転中別段何かを発するわけでもない。ああ、何かやっぱ気まずいわ。イケメンを後ろから抱きしめてるのになんだか緊張で体はこわばってるし全然生きた心地がしない。

「……結構美味かったぞ。」
「はい?」
「コーヒー。」

信号が青に変わり、バイクが動き出したと同時にあのスタバのコーヒーの話か、とわかった。ああ、ちゃんと飲んでくれたんだな、と思わず顔がほころぶ。家が隣人同士という人がこうしてお互い一緒に帰るというのも随分珍しいケースに思える。前住んでいたアパートのとなりのお兄さんはいい人だったけど完全に守備範囲外だったし。あれだ、きっと私がローさんを意識しすぎているんだろう。無理もない、イケメンなんだから

「お前もよくコーヒー飲むのか。」
「はい、でもあんまり詳しくないですよ。市販の粉買ってるぐらいだし。」
「スタバはよく行くのか。」
「友達とはよく行きます。でもちゃんとした喫茶店とかの本物の高いコーヒーは飲んだことないです。」
「そうか。」
「はい。なんでコーヒーてあんなに高いんですかね、味違うんですか?」
「高いやつはそれなりにな。」
「へ、へえ。今度のお給料入ったら、私も高いコーヒー飲んでみようかなー。」
「………。」
「………。」

はい、会話終了。ここまでの会話は一分も経ってなかった。駅からマンションは五分で付くはずなのになんだかそれ以上に長い時間に感じられる。てか思ってたよりこの辺信号多くないか、と改めて思わせられたほどである。とりあえずマンションに着くと、ローさんはわざわざ地下駐車場までバイクを押してくれるらしく無言のままバイクを押してくれた。深夜を回った地下室は昼間以上に空気清浄機の無機質な音と、自分たちの足音が響く。

「ありがとうございます、わざわざここまで。」
「いや、俺こそ早く帰れたからな。」

そう言って彼はエレベーターへと歩いて行く。もちろん私もついていく。然りげ無く彼の様子を伺うも、別段変わった様子はない。今の今まで先ほど知らないふりをして(しかも裏声で)先に帰ろうとした私を咎めないのはなぜだろうか。別に気にもとめていないということか。ならいいのだが。

「みかん」
「あ、はい。」
「ベビーファイブの事なんだが、」
「ベビーファイブさんが、どう……あーあ、はい。」
「話してないから安心しろ。適当に流しておいた。」

ああ、まだそのこと覚えてくれてた上に黙っててくれたのかと思わず感動を覚えた。そういえばあれから彼女に別段追求もされてないしな。納得である。

「済みません、わがままに付き合ってもらって。」
「気にするな、最初こいつ馬鹿っつうか、頭おかしんじゃねえかと思ったけどな。」
「ははは……」
「あのバカをあそこまでかばう人間初めて見た。お前優しいんだな。」
「え……いや、優しくなんか。」

え、何この展開。と心の内で冷や汗を吹きまくる。私こそあなたがそこまで優しいお言葉をくださる人とは知りませんでしたよ?と声高に心の内で叫ぶ。私を責めるどころか褒め称えるとは…と思ったのも束の間。

「まあ、馬鹿っぽいのは本当か。」
「それはちょっと一言余計でしたね。」
「じゃあさっきの裏声はなんだったんだよ。」
「あ、あれは忘れてください!聞かなかったことに!」
「インパクトありすぎて忘れらんねえよ。なんであんな声出してたんだよ。」
「い、一身上の都合です……。」

やっぱり不審に思ってたんですねと今更気付き恐れ慄く私を他所に、14階に着くと彼は私に早く降りろと指示し私は言われたままに従いつつ平常心を保つのに必死であった。そりゃあんな裏声の不審者気にしない方がおかしいよな、と改めて思う。私だったら関わりたくないわ。私がどんな美人だったとしてもちょっといろいろ考えるわ。

「ああ、そうだ。みかん。」
「はい、なんでしょう…」
「コーヒー好きなんだよな。」
「はあ。」
「今度高いコーヒー飲ませてやるから、後で空いてる日教えろよ。」
「はい……はい?」

私が聞き返すと同時に彼は連絡待ってるぞ、じゃあな、と言って私の頭をぽんぽんと撫でてスタスタ歩いていって自身のお部屋の扉をしめた。あれ、なんか今すごい重要なことに適当な返事を返した気がする。


「(これってアレですか、もしかして、……にしてもどうしてこうなった。どっからこうなった!?)」


とりあえず、ショートメールすればいいんですかね。


執筆 2015.09.08.




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